恋でもなければ愛でもないさ


「上様、上様」

 囁くように、しかし明確に意識の覚醒を促す柔らかな声に眉を寄せつつ瞼を薄く開ける。あ、やばい私今最高に不細工だ。
 次第に鮮明に瞳に映るのは此方を見下ろす桃色の眼、一房垂れる淡い桃の髪を掬って口元に寄せた。ぱちぱちと瞬きを幾度か繰り返し、頬を微かに染める初な様子がいじらしくて堪らない。

「今更、照れることでもないでしょう」
「それとこれとは話が別ですよ」
「そんなものですか」

 可愛いですね、そう漏らして目を瞑れば僅かにみじろぐ気配に喉を鳴らした。彼女の腿を枕に、寝転んだまま結構な時間が過ぎてしまったようだった。

「まだ御休みに?」
「いえ、」

 折角起こしてくれたのだしと、再び瞼を上げゆるりと笑んだ。我ながらだらしのない顔をしていると思う。そんな此方を見下ろしつつ柔らかく目を細めたさつきは、ゆったりとした手付きで髪を解くように撫でた。

「上様のおぐしは、艶やかで、綺麗な黒で、素敵です」

 慈しむように告げられた言葉に悪い気が起こる筈もなく、にこりと笑む彼女に釣られ微笑み返す。
 しかし正直私は、自分の髪があまり好きではなかった。無駄に長い髪は手入れも何もかも面倒で、他人に髪を触られることだも嫌だしさつきくらいにしか触らせない。この際ざっくりと短髪にしてしまいたいとすら思う。しかし世間的に、仏門に入っている訳でもない女子が髪も結わずにいるなど許されない。それも曲がりなりにも上に立つ者として、みだりに奇抜な髪型をする訳にもいかない。

「私はさつきの髪が一番好きですよ」

 顔に掛かる髪を避けながら、さつきは噛み締めるように「はい、」とだけ口にした。甘味と苦味を一色短に押し込むような表情は、それでもやはり美しいと思った。
 さつき自身、自分の髪が異端であることは充分すぎる程に理解していた。殊に、現代はそのような些事にも酷く敏感で排他的であった。己が彼女を見初めたのも、言ってみれば目立つ容姿だったということは否定できない。

 しかし、それ以上に私はどうしようもなく彼女に惹かれてしまい、見惚れてしまったのだ。

 彼女の髪がとても綺麗だった、言ってみればそれだけのことなのだ。側に置いてからも頻りに「綺麗な髪だ」と感嘆のように漏らす私に、さつきは哀しそうに顔を歪めて泣きそうな声で「有難う御座います」と返した。
 異端であることを認めるかのようなそれは、考えてみれば彼女にとって傷口を抉るようなものでしかない。

「それでも私は」

 むくりと起き上がり、真っ直ぐに彼女を見据えると白くてか細い手を取る。唐突なそれに少し目を丸くしたさつきは、時機に此方を見詰め返し、甘くはにかんだ。

「柔らかい肌も艶のある唇も笑みも歪んだ顔さえも……お前の髪も」

 かち合った潤んだ瞳はゆらゆらと揺れて、吸い込まれてしまいそうなそれから決して目は逸らさない。「うえさま」上擦った小さく咎めるような呼び掛けを無視して、引き寄せた指先に口付ける。

「全部好きだ、全部」

 いっそ可哀想なほど顔も耳も赤く染め上げた彼女は、やはりいじらしくも此方を見詰めたままであり。どうしようもなく可哀想なほど可愛いに違いない。私はそのままさつきの手を引き込み、そしてーー



「という夢を見たんだ」
「朝練遅刻の理由はそれだけか」
「どうしようまじどうしよう。アレかな、いきなりこんな夢見るなんてなんかの前触れかな?それとも何?前世とか?私とさつきちゃんは前世から結ばれる運命だったのかな?それにしてもさつきちゃんのお着物はもう本当に別嬪さんで……もう、もう……ね!いいとこで起きた自分本当殴りたい」
「ほう、僕の話が聞こえないと?」
「あ、因みに赤司は私の側室だったよまじウケる」
「言いたいことはそれだけか」

逆転大奥というやつです


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