あなたの隣で息ができない



 唐突だが私は人より擬音語というものに近しい生活を送っていると思う。揶揄などではなく実際に、その発信源というのが何を隠そう隣を歩く紫原敦くんである。常にスナック菓子などを携帯し、暇さえあれば食べ続けるという色んな意味ででんじゃらすぼーい敦くん!な彼なのだけれど、畜生なんでそんな食ってて太らねーの。あぁ全部縦の成長に回ってるんですねわかります、羨ましいぜ全く。話が反れてしまった、つまり何が言いたいのかっていうと、常にお菓子をばりばりもぐもぐしている敦くんの隣にいたら当然咀嚼して嚥下するまでの音がBGMとばかりに続く訳ですが、今日はそれがいつにも増して酷い。殆んど断続的なそれはいつもならば気にしないようなことだけれど、今日という日。そしてその手に持つお菓子の内容が問題だったりする。彼のウイングスパンを以ってしても抱え込みきれない量の、主にチョコレート類のお菓子たちは本日の彼の戦利品である。
 彼のお菓子好きは周知の通りであり、そんな彼に義理チョコだとか友チョコだとか言ってチョコレートを渡してくる子は結構いたりする。時々どう見ても本命だろってのが混ざってるけど、私が隣にいる中勇気を持って渡したのだから多少は目を瞑ろうと思う。当然のようにいい気分はしないので渡す所を見るとか出来れば遠慮したい。それにチョコ渡す中にえ?なんで私までいるのまじ空気読めないわ、みたいなのは御免だったからさり気無く離れようとしたら敦くんにしっかり捕まえられるし。正直訳分かんなかったしビビッたけど、でも彼の考えに私が至らないことは哀しいかなよくあることだったりする。ヤキモチ妬かせたいんですかね、この子は。もしそれが目的だったとしたらええ、大成功もいいとこですよ!それでも……幸せそうにチョコ食べてる敦くん見たらそんなんふっとんじゃうけど、ざまあ。

 取り敢えず、そんな乙女たちの葛藤の末の頑張りならまだいいんだ。でもね、あの……氷室先輩からのチョコの方が女子力高そうってどういうことなんですかね。市販品のそれは先程敦くんが直接渡されたものだ。先輩も先輩で大層おモテになられるので大量のチョコレートが紙袋二つ分程はあったのではないだろうか。人から貰ったものを人に渡すのはモラルに欠けるとの紳士っぷりを発揮して大量のチョコレートを頂くことは出来なかったものの、さらっと別のものを差し出す氷室先輩マジじぇんとるまん、流石すぎる。という流れで敦くんに渡ったそれはなんともまあ品のあるというのか、センスのあるとでもいうのか。兎に角確実に私の用意したブツよりも確実に女子力高い(ここが重要)。まさか、ヤキモチの範囲が男性の先輩にまで及ぶだなんて誰が予測したでしょうか。
 そんな私なりの乙女思考をぐるんぐるん巡らせつつじっとりと彼を見上げると眠たそうな瞳とかち合った。常に微妙に伏せられた目蓋の所為なのか睫毛が相当長く見える、すごくえろいですご馳走様です。早速とばかりに氷室先輩からのチョコを口に詰めて此方を見下ろしてくる。少し首を傾けるのが常なのは彼の高身長故なのか、正直すごく可愛いです。黙ったまま見据える私を不審に思ったのか、「これはオレのだからあげないよー」と手に持った可愛らしい箱を庇うように遠ざける。子供の様な発想と言動に身悶えつつも「取ったりしないよー」と返せば、安心したようにまた食べ進める。どうも彼と会話を交わすとつられて緩い語感になってしまう。気持ちが安らぐという意味ではかなり有り難いというか、だから好きだなあとか思ったりするんだけど。

 突然思いついたように「あ」と落ちてきた声に反射的に隣を見上げれば、これまたよく分からない顔をした敦くんが見下ろして来ていて。先程とは違って上機嫌気味な様子にはてと少し思考を巡らせてみる。しかし、大量のお菓子のお陰くらいしか見当が付かない。やはり少し頭を垂れるように傾く彼に此方もつられるように首を傾げる。「ゆずきちんにはこっちだしー」と緩く漏らしてゆったりと近付く距離に此方のペースを奪われた今、反応がいつもの数倍は遅れた。数拍遅れて唇に残る感触と甘さにやっと理解が追い付いた頃には、彼は数メートル先まで進んでしまっていた。熱冷ましに頬っぺたにぺたりと掌をくっつけて、さかさかと進んで行く彼に小走りで駆け寄る。緩む頬を抑えられない私は単純ですけど何か、と開き直れる位には只今幸せですので。


title by 獣

ネタ提供ありがとうございました!
2013/2/14



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