嗚呼、 どうしてこうなったんだ。 漏れてくるのは溜め息ばかり。 誰か、誰でもいいから お願いだから 彼を止めて下さい 厄介者の野望 嫌な気配。 それは鳥肌が立つ程の嫌悪感。 嗚呼、また来たのか。 そう思うと同時に深い溜め息。 溜め息を吐くと幸せが逃げていく、というが、それならば一体自分はどれほどの幸せを逃したのだろうかと、武田軍真田忍隊隊長、猿飛佐助は思った。 只でさえ一癖どころか、二癖、三癖もありそうな人達に仕えているというのに、更に厄介な人に目を付けられてしまった。 その厄介者の名はというと……。 「やぁ、元気にしていたかな?」 「……」 彼の名は松永久秀。 欲しいものは奪うまで、がモットーの良い歳をしたオッサン。 まだギリギリ気に入られている段階の為、無理やり奪うまでは行ってないが、この人のことだ、時間の問題だろう…と佐助は思っている。 一応、敵同士だというのに、この松永は毎度毎度特に用がなくとも上田城へと遊びに来る。 佐助にとってはこの上ない迷惑なのだが、上司が上司だけあって最近では完全に牙を抜かれてしまっているのだ。 そう、彼が上田城に来ることは公認されてしまっている。 「………はぁ」 盛大な溜め息を佐助は吐いた。 「相変わらずつれないね、君は。私の顔を見て溜め息とは。…まあ、そこも素敵なのだがね」 “素敵”という言葉に肌が粟立つ。 ……何、気色悪いこと言ってんだっ!!、と。 一瞬、怒鳴ってやろうかと思ったが、遠方に仕えている主の姿を見た為、それはやめた。 「おお、松永殿!! 今日も来ておられたか」 ブンブンと手を振りながらこちらへと走ってくる。 「貴殿の方は相変わらずで元気そうだな」 「松永殿もお元気そうで何より!」 ニコニコ笑いながらそう言う松永とこれまた元気いっぱいに返事をする佐助の主…もとい、真田幸村。 今だからこそ、このような平和的な空気が漂っているが、初めなど、それこそ幸村は鬼の形相で松永に突っ込んでいったものだったというのに。 虎も牙を抜かれてしまえば、ただの猫。怖いどころか可愛らしいものになってしまう。 和気藹々としている姿にまたもや佐助は溜め息を吐いた。 何せ、同盟を結んでいる訳ではないのだ、松永軍とは。 ただし、これも時間の問題でいづれ結んでしまうだろうが。 同盟を結んでいない敵国とは思えない程に、上田城の人間と松永は仲が良いものだった。 ただ一人、松永を毛嫌いしている佐助だけを除けば。 「はぁ…」 またもや溜め息。 さて、これで通算いくらになったのやら。 松永が来るようになって、佐助の溜め息の度合いは格段に上がっていた。 「そうだ。今日は貴殿の好きな甘味を持ってきていたのだった。これでお茶でもしたまえよ」 そんな佐助の様子にはお構いなしに、松永は思い出したように幸村の目の前に持っていた風呂敷の包みを差し出した。 「おお、これはかたじけない! 甘味でござるか…せっかくですし、松永殿も一緒にお茶としませぬか?」 甘味、と聞いて幸村は目をキラキラと輝かせる。 そして、すぐにでも食べたいのか、松永にそのように提案を出した。 「いや、私は遠慮いたそう。せっかくの甘味だ、私と食べるよりも貴殿と貴殿の主とで賞味してくれれば良い。その方が私としてもとても有り難い」 だが、松永は首を横に振り、その申し出を断った。 そして変わりに、佐助のことを指名する。 「私は寧ろ、貴殿の部下……そこの佐助君と喋りたいのだが」 「……っ!?」 「は…、佐助とでござるか?」 突然のことに佐助は驚き、幸村は松永に聞き返す。 佐助は「何言ってんの、このオッサン!!」といったような目で松永自身を見つめた。 「部下と交流を持つことも大事なことだろう? それに君の忍者部隊の隊長さんじゃないか。交流を持つにピッタリとは思わないかね?」 「ま、まあ確かに、全員との連携を取るためには部下との交流は必要で御座るが…」 「何故、他軍である私が武田軍の下の者達と交流を持とうとしているか分からないとかかね?」 松永の言った言葉に対し、幸村は少々困ったような顔をする。 「も…申し訳ござらんが……」 幸村は松永の言葉を肯定した。 それは大変申し訳なさそうに。 「……ふむ、分からないのならば、教えてしんぜよう。簡単に言うのならば、彼を気に入ったのだよ」 「佐助を…でござるか?」 松永が言った言葉に幸村はきょとんとした顔をする。 何がそう、佐助を気に入ったのかが分からないからだ。 当の佐助はげんなりとした顔をしている。 だが、話をしている二人には瞳に入っていなかった。 「貴殿は良い部下を持っている」 「そ、そうでござるか?」 「もちろん。羨ましいほどだよ」 松永はさらに言う。 兎に角、幸村を褒め称えた。 そんな松永に気を良くした幸村は、最終的に佐助に命じ、あっさりと松永と佐助を二人きりにしてしまう。 「佐助!松永殿に失礼のないよう相手をするのだぞ!!」 「え、ちょ…旦那っっ!?」 「それでは松永殿、これにて失礼致す。甘味の方は有り難く頂戴致しまする」 佐助の制止の言葉などお構いなく、幸村はその場から退散した。 冷や汗が佐助の穴と穴から吹き出る。 この厄介者と二人きり。 「――さて」 言葉巧みに佐助と二人きりになることの出来た松永は、ゆっくりと佐助の方を見て呟いた。 びくりと佐助の身が跳ねる。 佐助自身はすぐさまこの場から離れてしまいたかった。 しかし、己が主に命令された身。 逃げることすら許されない状況。 「な…、なんでしょうか……?」 どぎまぎしながら佐助は応える。 当の松永はニコニコと笑顔だ。 逆にそれがかなり怖い。 冷や汗をだらだらと流しながら、半硬直状況で松永を見ていると、彼は口を開きこう言った。 「ようやく二人きりだ」 にこやかに笑う松永。 それが、佐助には不気味でたまらない。 「はぁ…」 「私はね、貴殿を手に入れるまで諦めないよ」 「……!!」 「それが今の私の野望だ」と笑ったまま、宣誓布告をする松永。 それは本気の目の色で……。 本当に厄介な人に目を付けられたものだ、と佐助は改めて確信をした。 厄介者の野望は己を手に入れるまで続くのだろう。 佐助は遠く空を眺めつつ、泣きたい衝動に駆られた。 佐助の心が休まる日はいつ来るのであろうか……。 Please,help me!! (可哀想な彼の人生に幸あらんことを!) (09/11/26) あいうえお題 配布》蘖 |