別段そんなつもりじゃなかった ただ、 気が付けばそれはそれは 甘い誘惑 辺りにむわっ、とした甘ったるい薫りが広がっている。 戦闘後、疲労回復の為の食事の時間。 「……青年、何作ってんの」 その甘ったるい薫りに嫌な予感をヒシヒシと感じたレイヴンは、今回調理担当になっているユーリに恐る恐る話し掛けた。 「何って、クレープ」 その返答にガン、と頭を殴られるような感覚を覚える。 そして、ああやっぱりか!という言葉がレイヴンの頭の中を過ぎ去った。 ユーリはいつか糖尿病になるだろう!?というくらいの甘党。 それだけ甘い物が大好きで、いくら食べても飽きないという割に、太っていない。 寧ろ、スレンダーな身体。それは、羨ましい程に。新陳代謝が若い分激しいのだろう、とレイヴンは思った。 そして、そんなユーリとは逆に甘い物が大嫌いなレイヴン。 しかもユーリが調理担当になる度に、ほとんど甘い物を無理矢理食べているという状態。 クレープ、プリン、シャーベット、フルーツポンチ、ケーキ…etc. 甘い物のオンパレード。甘い物責め。 レイヴンにとっては苦痛でしかなかったが、文句も言うのもなんだったので、我慢をしていた。 しかし、いい加減に胃が甘い物に対し、限界を訴えている。 そろそろ受付られない状態。甘ったるい薫りだけで吐きそうな勢いなのだ。 「おっさん、そろそろ甘くない物食べたいなぁ〜、なんて……」 「何言ってんだ、疲労回復には甘い物が一番だろ」 さりげなく限界を訴えてみたが、あえなく却下。 レイヴンとしては、甘い物を食べる度に、回復ではなく体力がごっそりと減っていっているとしか思えないのだが。 そこは好き嫌いの問題というべきか。ガクリ、とレイヴンはうなだれるしかない。 そんな会話をしている内に、クレープは出来上がり、仲間全員に手渡された。 「「 いっただきまーす!! 」」 皆がワイワイクレープを美味しそうに頬張っている中、レイヴンは手渡されたクレープを持ったまま佇んでいた。 「あれ? レイヴン、食べないの?」 そんな様子を見かねたカロルが、レイヴンに尋ねる。 レイヴンはウンザリとした顔のまま、カロルの方を振り返った。 それを見たジュディスが気が付いたようにあら、と言う。 「そう言えば、おじさまは甘い物が苦手だったわね? さっきまでは食べていたけれどもそろそろ胃が受け付けないっていう状態かしら」 「ジュディスちゃんってば、よく分かってらっしゃる〜」 ようやく分かってくれた仲間に対し、レイヴンは歓喜の声を上げた。 そして、そのまま誰かしらにクレープを押し付けようとしたのだが。 「でも、ユーリが皆の為にせっかく作ってくれたのだから、ちゃんと食べないとね? 誰かに押し付けようなんて、それはユーリに失礼だわ」 ザクリ、と刺さる言葉。 それはそれ、これはこれ、というような。 理解された上なのだから、更に辛い。しかも、見透かされている。 「あ、あはははは〜。そんな、誰かに押し付ける訳ないわよ、ジュディスちゃん。青年に失礼だもんね、うん!」 レイヴンは大袈裟に笑った。 額にはダラダラと汗が滝のように滴っている。 誰かに押し付けようというのは、誰がどう見ても明白。 仲間はそんなレイヴンを疑いの眼でジーと見ていた。「食べる気ないな、こいつ」と。 「何、おっさん。せっかく作ったクレープ食わないのか?」 その様子に気が付いたユーリがそう尋ねてきた。 「せっかく作った」という言葉が、ザクザクとレイヴンの胸に刺さっていく。 「いや…その。食べない訳じゃないのよ、食べない訳じゃ! ただ、もう甘いものが食べたくな…じゃなくて!! おっさんの胃袋的に限界というか! そう、おっさん満腹なのよ、満腹! このクレープの入る隙間すらないのよ!!」 「あら、食べたくないじゃなくて? さっき、胃が受け付けな……「のおおおおおおおおおおおっっっ!!!」 ジュディスの言葉をレイヴンは遮った。彼女のことだから、分かっていて言っているに違いないが。 渾身の力で叫んだせいでぜはぜはと息が乱れる。 「何なんだよ、おっさん」 「いえ、何でもないです……」 怪訝そうな顔でユーリが聞き返すと、レイヴンは冷や汗をダクダクと掻きながらそう返した。 何でもない訳がないのは、誰から見てもモロばれなのだが。 ユーリは小さく溜息を吐くと「…ったく」と呟き、既にレイヴンの手の中で溶けかけていたクレープにそのままカブりついていた。 「……っ?!」 ユーリの行動を予想だにしなかったレイヴンは驚き、息を呑んだ。 ユーリは気にせずレイヴンの手からクレープを食んでいる。 レイヴンはただそれを見つめていることしか出来ない。 レイヴンの体温により溶けたクリームが指から掌、袖口へとゆっくりと伝う。 それをも特に気にした様子なしにユーリは舌で舐めとった。その時に見えた朱い舌とそれを絡め取る姿はなまめかしく――。 「――っ!!」 ドクリ、と心臓が高鳴った。 「……ん、おっさんどうした? 何か顔赤いぜ?」 「――せ、青年」 何事もなかったようにレイヴンの手からクレープを食べ終わったユーリは、レイヴンが顔を真っ赤にして睨みつけていることに気付いた。 そしてその様子をじっと見ていて、ふと己が何をしでかしたかに気付いたらしい。 レイヴンに釣られるかのようにユーリも顔を一気に紅潮させる。 「あっ、いや別に!そういうつもりじゃ……おっさんっっ!?」 言い終わるか否か、というところでレイヴンはユーリの肩を抱き寄せ、耳元で小さく呟いたのだった。 It's too sweet temptation for me. (――煽った責任、後でちゃんと取ってちょうだいよね。) (11/12/20) あいうえお題 配布》蘖 |