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何ひとつ音の聞こえない
静寂な夜

耳にするのは
己の吐息と心音


それと、
布のこすれる音のみ









「……眠れない」

 先程から寝ようと努力のしてみるものの、ゴロゴロと寝返りを打つばかりで全く寝ることが出来ない。
 バサリと布団をはねのけ、少年…ロイド・アーヴィングは呟いた。
 いつもならば、既に深い眠りに入っている時間。
 しかしながら、実際のロイドは瞳がしっかりと冴えてしまっている。
 特に眠れない理由も分からず。

「何でだ…」

 仰向けで薄暗い天井を見ながら、ロイドはそう呟いた。
 窓から入ってくる光はほんのりで。
 別に月が眩しく明るい訳でもない。
 だからこそ、ロイドには何故眠れないのかが分からなかった。

「意味わかんねぇー」

 またゴロゴロと寝返りを打ちつつ、眠れない自身に対してロイドは不満を漏らす。
 「うぁー」とか「あぁー」など、堪えきれずに呻き声を上げていると、隣で寝ていたクラトスが声を掛けてきた。

「…眠れないのか?」
「あ、クラトス…ごめん。起きちまったか」
「いや、別に構わない。しかしロイド、眠らないと明日に差し支えるぞ」

 クラトスはロイドにそう言う。
 実際、ロイドもそのことは分かってはいるのだが…。

「それがさぁ。何か、瞳冴えちゃって眠れないんだよなぁ…」
「寝る前に何か食べたり飲んだりはしなかったか?」

 頭を少々掻きながら、ロイドは言う。
 寝たいんだけど、と付け足して。
 それに対してクラトスはロイドに寝る前の飲食の有無について尋ねてきた。
 ロイドは少し考え、そう言えば…、といったようにクラトスに話す。

「しいなに『にほんちゃ』?っていうのを貰って飲んだぜ。苦いけど、甘味があるっていうの? 不思議な感じだったよ」
「日本茶…。それは少量ながらに『カフェイン』が入っているな」
「『かふぇいん』?」

 ロイドが言ったことを聞いたクラトスは、聞き慣れない専門用語らしきものを口にした。
 ロイドにはもちろん分かるはずはないので、その聞き慣れない言葉をクラトスに聞き返す。

「『カフェイン』というものは、言わば神経の興奮剤だ。それが交感神経に作用し、脳が活発化する。それによって昼間、行動している時と同じように目が冴えてしまっているのだ。日本茶や紅茶、コーヒーなどの飲み物にそれは含まれている」

「あー…、えーっと。こうかんしんけい…とやらは意味わかんねぇけど、つまりは眠れないってことなんだよな?」

 クラトスの説明についていくことのできないロイドは、掻い摘んでどうにか解釈をした。

「まあ、そういうことになる」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」

 クラトスのおかげで一応眠れない理由は分かった。
 しかし、肝心の解決策はまだ出ていない。
 ロイドは期待の眼差しでクラトスを見る。

「そうだな…。ミルク系、ホットミルクにはそういった興奮作用を落ち着ける効果がある」
「ホットミルク!そんなんでいいのか?」
「ああ」

 解決策が意外に簡単なものにロイドは喜びの声を上げた。
 しかし、その喜びの声もすぐに萎む。

「あー…、でも今ミルクって手元にないよな」

 肝心のミルクが手元にない。
 今のロイドにとって大きな痛手であった。

「そういえば、切らしていたか」
「ああ…。あー、どうしよう。せっかくクラトスが提案してくれたのにこれじゃあ……」

 しょんぼりとした声でロイドは言う。
 提案はあっさりと崩されてしまったから。
 実行しようにも、そのもの自体がないので意味がないのだ。
 うなだれるしかない。

 ロイドが「どうしよう、どうしよう」と頭を悩ませ、考えていると不意にロイドの肩に手が伸びてきた。
 そしてそのままクラトスの胸元に抱き寄せられる。

「……クラトス?」

 いきなりのクラトスの行動に内心驚きながらも、ロイドはクラトスの顔を見た。

「もう一つ」
「え?」
「ミルクがなくとももう一つ、心を落ち着けるやり方はある」

 ロイドがクラトスに対し、聞き返すような疑問の声を上げると、ゆっくりハッキリとクラトスはロイドの耳元で彼を抱き寄せたまま告げた。

「人の体温と鼓動の音」
「体温と鼓動…?」
「そうだ」

 キョトンと聞き返したロイドにクラトスは肯定の言葉を述べる。
 ロイドはロイドでよく分からない、と言ったような顔。

「ロイド、私の心臓の音を聞いてみなさい」

 ロイドはクラトスに言われるままクラトスの胸元に耳を着け、心音を聞いた。

 ドックン、ドックン。

 心臓が定期的なリズムで鳴っている。
 血の流れる音、生きている音。
 クラトスがここにいる証。
 そして肌から伝わる体温の暖かさ。

――心地良い。

 何故だか分からないけれども、懐かしさをロイドは感じていた。

「……安心するだろう?」
「ああ……」

 もう既に落ち着き眠くなってきているのか、ロイドは小さな声で呟く。
 さっきまで眠れないと言っていたのが嘘のように。
 どうしてこんなにも落ち着くのか、ロイドには分からなかった。

「落ち着く理由…それは母親の胎内にいた時のことを思い出すかららしい」
「……不思議だな」

 クラトスの言葉を聞いて、納得すると同時に不思議なものだと思った。
 記憶にはなくとも体が覚えているというのか、記憶の奥底で覚えていると言うべきか。

「ロイド」
「ん…?」

 ロイドがクラトスの胸元で微睡み始めていると、クラトスが声を掛けてきた。

「眠れない夜は、こうして私が落ち着かせてやろう」
「うん……」

――暖かい。

 微睡みながらロイドは感じる。
クラトスの鼓動、暖かさ。
 そして優しさを。
 たまには眠れない夜があってもいいな、そう思った。
 この鼓動と体温は心地良いから。

 そうして心地良い音と体温に包まれ、ロイドはようやく眠りに落ちた。




I'm not sleeping tonight.
(ああ、なんて心地良い。)



(10/01/04)
あいうえお題 配布》蘖


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