デュラララ!! | ナノ
 薄暗い錆びた部屋。コンクリートで作られたそこは、窓一つなかった。
 部屋の中心にいたのは一人の男だ。艶やかな黒髪に秀麗な顔立ち、知的な空気を放っている。
 彼はチョークのようなもので地面に模様を描く。形のいい唇は孤を描き、今にも鼻歌を歌いそうだ。
「……さて、こんなものかな」
 チョークを投げ捨てれば、カッと音をたて床を弾いた。

 青年の名は折原臨也という。
 普通の家に生まれ、普通の環境で育ったのだが、なにをどう間違えたのか、ひねくれた性格になってしまった。
 彼は人間観察をするのが好きだ。人間というものが知りたくて知りたくて堪らない。人間の喜怒哀楽というものが大好きなのだ。
 町一番の有力者となり、人間観察を続けていたのだが、それだけでは足りなかった。遂には魔術にも手を染め始めた。
 その所為で町の住民からは恐れられ、今では町外れにある森に屋敷を建て一人で住んでいる。
 とはいえ、有力者であることには変わりなく、たまに部下が書類を手に訪ねてくるので、わざわざ町外れまで向かわなくてはならないのは部下からしたら堪ったものではないだろう。
 その一方で臨也は魔術もひとしきり覚え、魔術師として禁断の儀式にも手を染めた。
 今、彼が行っているのは悪魔を召喚するための儀式だ。すべては悪魔の力を手に入れ、もっといろんな人間を見るためだ。
――……ッああ、楽しみだなあ!
 これからより様々な人間を観察できるかと思えば、歓喜に身体が震えた。
「さあ、出ておいで」
 自らの指にナイフで刃をたてる。じわりと血が滲み、ぽたりとチョークで描かれた線の上に落ちる。
 臨也の血はたった一滴だけ落ちたはずなのに、まるで溝に落ちた大量の水のように素早くチョークをなぞり、白が鮮血の赤へと染まった。それは次第に黒へと変わり、禍禍しい気配を放つ。何処からか現れた白い霧が部屋を包み込んだ。
「……お前か、私を呼んだのは」
「!」
 自分のものではない女の声が聞こえ、臨也は無意識のうちに笑みを浮かべる。
「ああ、そうだ。君が俺の契約相手になってくれるの?」
「私は違う。私はただ契約者の人間が一体どんな悪魔と適しているか判断するだけだ」
「そう、残念」
 女は声が聞こえるだけで姿は見えない。霧はより深さを増していく。
「お前は何故悪魔の力を欲する」
「答えは簡単さ。人間が好きだから。いろんな人間がみたい。そのためには悪魔の力が必要なんだ」
「……わかった。お前はどんな悪魔を望む?」
「そうだなあ。俺を楽しませてくれるようなやつがいいな。あ、単細胞なやつとかはやめてよね」
「最後に、契約の代償の話だ」
 初めて臨也の表情が変わった。そうだ、これを達成することができない限り、悪魔と契約をすることができないのだ。
「契約の代償はお前の寿命だ」
「……それは、今すぐ死ねってこと?」
「違う。お前が不老不死の身体になるということだ」
「……ハハッ、それは寧ろこちらから頼みたいくらいだ。これでもっと人間を観察できる」
「先に大切な者が死んでいく様を見るのはとても苦しいぞ」
「大丈夫、俺に大切な人なんかいないし。皆平等に愛してるから」
 笑顔でそう告げた臨也に、女は暫く無言になる。そして、諦めたように手を上へとス、と上げた。途端、霧が晴れる。現れたのは首のない女だった。何処から声を出していたのかはわからない。
「わかった。では、お前の寿命を貰おう」
 女が手を降ろせば、黒い陳から同じ黒い液体がごぶりと溢れ出してくる。臨也はぞくぞくとしながらそれを見つめた。
 それは次第に姿を変え、人のような形をしていく。息をごくりと飲み込めば、それは変化を止め、むくりと起き上がった。
「……は?」
 一体どれほどあくどい顔をしているのかと期待していたのだが、現れたのは無垢な表情をした少年だった。黒いコートの下にはそれとは真逆な白い肌が見える。
「ん……お腹すいた」
 臨也が茫然としていると、それは臨也に気付き、柔らかな笑みを浮かべる。臨也は首のない女へと非難の声をあげた。
「……ねえ、これ、なんな――」
 話している途中で唇を塞がれる。臨也の目の前には少年の顔があった。どうしてこうなるのかわからない。
 口の中の唾液を吸われ、満足したかのように離れ、舌でぺろりと唇を舐める。無垢な顔からはまるで想像もできない行為だ。
「それは淫魔だ」
「ッはあ?」
「なんでもいいんだろう?帝人、そいつが新しい主人だ」
 帝人と呼ばれた少年――いや、淫魔は臨也の顔をじっと見つめ、「ごちそうさまでした」と微笑んだ。小馬鹿にされた気分になる。
「ふざけないでよ。悪いけど、もっとまともな奴に変えてくれる?」
「契約を解消したいのか?別に構わないが、その場合はこちらが受け取ったお前の寿命を返すことはできない。もう一度契約するというのなら、お前は死ぬ」
「……ッ最悪だ」
 なんでもいいと言ったのは確かに自分だ。失言だったと今更後悔する。
「じゃあな、帝人。私はそろそろ行く」
「はい、セルティさん」
 帝人が頭を下げれば陳とともに女は消えていった。残ったのは青年と少年だけだ。
「……折原臨也さん、ですか」
「なんで俺の名前……」
「僕は他人の体液を摂取するとその人の個人情報が読み取れるんです」
「……へえ」
――なんだ、結構使えるじゃないか。
 人間観察には他人の情報が不可欠だ。無意識に口元を緩めれば、帝人は首を傾げる。真っ黒な髪を撫でてやった。
――最悪かとは思ってたけど、これはいい玩具を手に入れたな。
 飽くまで帝人はいい道具だ。淫魔だというのなら、人間観察の一環として誰かを誘惑させてそれを観察するのもいい。
 そう思っていたのだが、帝人は臨也に身体を擦り寄せると、黒い服に手を掛けはじめた。臨也は戸惑いつつその手を掴む。
「なにやってるの」
「ご飯です。キスじゃ全然足りません」
「は?ふざけないでよ。ちょっと待ってな。誰か適当に見繕ってやるから」
 臨也は顔だけはいい。
 それに釣られて近寄ってきた馬鹿な女たちが山ほどいるのだ。だが、帝人は首を横に振る。
「ダメです。契約者とじゃないとお腹が膨れないんです」
「知らないよ。俺は絶対嫌だからね」
「じゃあなんで僕と契約したんですか!」
 性欲を満たすのなら男より女がいいと考えるのは当然のことだろう。臨也だって別に好きで帝人と契約した訳ではない。
 彼は幼い顔をしているが、どうしても女には見えなかった。
「う、ごはん……」
 ぐう、と帝人の腹が鳴った。余程飢えているのか。
「……はぁ、わかった。じゃあ舐めるだけなら許可してあげる」
「!はい!」
 笑顔で臨也の下半身を寛がせる。正直言って臨也は苦笑しか出来なかった。
 さらけ出された自身に帝人の小さな口がくわえ込む。ちゅっと尖端に口づけ、まるでアイスを味わうように舐める。
――……ッへえ、結構いいんじゃないの。
 荒くなりつつある呼吸を息を飲み込むことで誤魔化す。
 さすが淫魔ということはある。臨也は経験豊富な方だ。実際女達に舐めさせたことは何度だってある。だが、これはそれらとは比べものにならないほどに気持ち良かった。
 唾液が触れたところがまるで媚薬を飲んだかのように熱い。
「ん、先走り……」
 一滴も逃さないと言わんばかりに吸い、尿道に舌を捩込んでくる。それはさすがに頭を叩いた。
「臨也さんはここの筋が好きなんですね……」
 舌先でれろ、と舐められ、臨也は笑いながら帝人の後頭を掴む。
「あんまり下らないことばっか言ってると飲ませてあげないよ?」
「ふぁっ、臨也さんごめんなさい」
 とろんとした目で見上げ、懇願するかのように舌を出す。
「ほら、飲みな」
 許可をもらい、帝人が喜んで尖端をくわえ込んだところで溜まっていた精液を口の中へと吐き出した。苦いであろう精液を美味しそうに飲み干す。
「ん、んんっ」
 少し呻いた後、蕩けきった表情で最後の一滴まで舐めとり、ぷはっと口を離した。
「お腹いっぱいになった?」
「……まだほしいれす」
 再度臨也のそれを銜えようと口を開いた帝人、臨也は慌てて額を押し制した。
「一回だけだよ」
「うー……。でも、臨也さんの精液おいしかったです」
 彼の舌に感じているのはどんな味なのだろうと思う。やはり味覚からして違うのだろう。
「これから君のご飯は朝だけ、フェラくらいは許してあげるよ」
「ええっ、一回だけですか?」
「俺はそんなに盛んじゃないんでね」
 帝人は不満そうな表情をしている。「ふーん、いらないの」と言えば、慌てて首を振った。

「……ん、ふ」
 ぴちゃぴちゃという音が薄暗い部屋に響く。少年の甘い声と、男の息の詰まらせる音がする。
「は、……出すよ」
「ふぁい」
 口内に勢いよく吐き出され、飲み込む。朝の恒例となったことだ。
「……おはよう」
「おはよう、ございます……」
 朝の挨拶をする前に帝人の一際変わった食事が行われる。
 身なりを整え、カーテンを開けると朝の眩しい陽射しが降り注ぐ。眩しそうに目を細めたところで帝人の腹が鳴る音が聞こえた。だが、臨也は聞こえないフリだ。
――……全然足りない。
 じとりとした目で見つめる。臨也は射精した後の独特の虚脱感にベッドの上に座りながら一息吐いている。
「臨也さん」
「駄目」
「う、僕まだ何も言ってないです」
「君の言いたいことは大体わかってるよ。服を脱ぐのも駄目だし、これ以上の行為も駄目だ」
「むぅ……」
 帝人は元々、長く黒いコートを一枚着ていただけで、他は何も身につけていなかった。
 それをたまたま書類を渡しに来た部下である波江に見られ、ショタコン野郎と蔑んだ目で見られたのだ。そんな趣味はない臨也は言い掛かりだと自分の服を着させた。
 だが、帝人はそれが不服らしく、目を離せば脱ぐので気が気ではなかった。
「俺には仕事があるんだ。俺の邪魔にならない程度になら好きなことをしてくれて構わないよ」
「あ……ッ」
 このまま此処にいたら危ないと思ったのか、部屋を出て行ってしまった。
「……はあ、家に帰りたい」
 契約をすればその代償としてご飯をたくさんもらえると思っていた。
 魔界では人間の精液は店で普通に売っていたし、人間のものでなくとも適当に悪魔の誰かを誘惑すればその悪魔から精液をもらうことができた。
――契約しちゃったらその人のしかお腹膨れないもんなあ……。
 臨也のベッドにぼふんっと飛び込む。無駄に柔らかいのに腹が立つ。
 空腹を訴える腹を撫で、ふかふかのベッドの上で猫のように丸まった。
 悪魔なので浄化されるより他に死ぬことはないが、苦痛ではある。死にそうなのに死ねない、まさに生き地獄だ。
 丸めていた足を伸ばし、マットを蹴る。だが、余計に腹が減りそうで止めた。
「……そうだ、」
 何かを思い付いたのか、顔を勢いよく上げ、覚束ないあしどりで部屋を出る。
――……おなかすいた、ごは、ん。
 階段を降りて行くと下にいた臨也と目が合う。しかし、それはすぐに興味がなさげに逸らされ、書類へと向いた。
 帝人もそれに対して何も言わず、スと手を挙げる。その瞬間、臨也の身体がガタンと揺れた。もちろん帝人が何かをしたのだ。
「……なんのつもり?」
「ちょっとした誘惑です」
 臨也の息遣いは次第に荒くなり、熱いのかシャツの釦をもどかしげに外す。
「今すぐやめないと追い出すよ」
「無理です。それに、貴方はもうまともに動けないでしょう?それに、これは僕のナカに臨也さんの精液をたっぷり出さないと治りませんよ」
「な……ッ」
 まるで媚薬を飲まされたようだ。指一つ動かしただけで下半身へと熱が集まる。椅子に座る臨也の上に乗り掛かり、至近距離で笑う。
「いただきます」
 深海のように碧く暗い瞳が細められる。だが、その身体は臨也の方へとぱたりと倒れた。
 ただでさえ空腹で力が出ないというのに魔力を使ったからだ。
「……ッふざけんなよ」
 帝人を抱かなければ戻らないというのにこれでは夜ばいをしているみたいじゃないか。
 舌打ちをし、帝人の服へとかける。不可抗力とは思いつつも、白い四肢に喉が鳴る。
――ッくそ、全部こいつの変な力の所為だ!
 苛立ちをぶつけるように慣らすことなく挿入する。だが、それは既に解れきっており、とても柔らかかった。
 帝人の力の効果も加わり、早くイけそうだなと思っていた矢先に、ガタンという音を聞いた。この屋敷には臨也と帝人の二人しか住んでいないはずだ。もし訪れるとしたらただ一人。
「な、波江」
「……」
 これまでにないほど蔑みの目で眠っている少年を襲う臨也を見下している。
「違うんだよ、これは、」
「なにが違うのよこのショタコン野郎」
 新しい書類の束を臨也へと投げ付け、そのまま去って行く。
 熱い身体とは裏腹に萎えていく。だが、騒がしくなり起きてしまったのか、目を丸くしている帝人と目が合った。
「臨也さん!やっと僕を抱いてくれる気になったんですね!」
「君がそうなるように仕向けたんだろ」
「それでも嬉しいです」
 きゅっと締め付けられ、前屈みになる。憎たらしげに見上げれば、欲情に目尻を赤くした帝人が見える。
「今からは僕が気持ちよくしてあげますからね」
 微笑む帝人にぞくりとしつつ、もうどうにでもなれと目を閉じた。

2011/10/28
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -