デュラララ!! | ナノ
 ガンガンと固いものを殴ったような音が響く。その隣で子供が一人横たわっていた。その子供は呻き声を漏らすと、バタバタと脚を動かす。
「…うー」
「おかしいな、いつもこうやったら直るんだが…」
 静雄は己の力で少し歪んでしまった扇風機をぶんぶんと振る。
 夏休みの真っ只中でクーラーが故障し、仕方なく扇風機を使っていたのだが、その扇風機も壊れてしまった。とどめをさしたのは静雄なのだが。
「もういやです!セルティさんのとこ行きたいです!」
「我が儘言うんじゃねえよ。セルティと新羅の野郎は旅行中だっつってんだろ」
「暑いですー!臨也さんのとこ行きたいですー!」
「ッ馬鹿言うんじゃねえ!」
 熱冷ましに氷を使っていたのだが、それもきれてしまった今、帝人の熱を冷ますものは団扇しかない。
 パタパタと扇いでやっていたのだが、帝人は足りないらしく、もっと喚く。そうしてる方が熱くなるだけだと何故気づかないのかと静雄は溜息を吐いた。
「…そうだ、帝人。俺らも旅行行くか?」
「旅行!行きたいです!」
 先程の不機嫌とは正反対に目をキラキラと輝かせる帝人の頭を撫で、最近買ったパソコンをつける。帝人が臨也の元にこっそり遊びに行ったときに使わせてもらったらしく、帰ると欲しいといって聞かなかった。そのかわり誕生日プレゼントとお年玉は無しだと約束して。
「僕、海に行きたいです!」
「おー、ちょっと待ってろ」
 静雄は携帯こそ使うものの、パソコンを使うことはまずない。馴れない手つきで人差し指で文字を一つ一つ打っていく。たまに間違ったりとを繰り返しているうちに、帝人が意地を切らし、カタカタと馴れた手つきで打ち込んだ。
「…帝人、一日一時間のルール守ってるか?」
「え…、あ、いや、その…」
「あんまりすると視力悪くなるからやめろ。取り上げるぞ」
「い、いやです!」
 静雄の腰に掴まり、いやいやと首を横に振る帝人に口元を緩めつつ、「本当に駄目だからな」とガシガシ頭を撫でてやった。嘘をうまくつけないのが帝人の可愛いところだ。
「ぅー…」
「……駄目だな、どこも埋まってやがる」
「えー」
 足をバタバタとさせながら静雄の膝に顔を擦り寄せる帝人の頭を撫でつつ、携帯を取り出す。
「確か、トムさんが何か貰ったけどいけないから困ってるっつってたから、譲ってもらえないか聞いてみる」
「トムさん!」
 帝人が声を上げたので、首を傾げながら「そうだ」とぐりぐり撫でていれば、インターホンが鳴った。「静雄ー、いるかー?」
という声が聞こえ、ひざ枕をさせていた帝人の頭を持ち上げる。
「帝人、お前、よくわかったな」
「ふさふさが見えました!」
 ふさふさとはドレッドヘアのことを言っているのだろう。静雄はのそりと立ち上がり、玄関へと向かう。
「おっす、静雄。久しぶりの長期休暇はどうだ?」
「それが、冷房系が全滅して…」
「そりゃ大変だな。あ、そうそう。前言ってた旅館の特待券やるよ。帝人を連れていってやれ」
「あ、ありがとうございます!」
「トムさん!」
 帝人が静雄の後ろから顔をひょこと出す。トムは帝人の頭を撫でると、じゃあなと手を振る。
「もう帰るんすか?上がっていけば…」
「ちょっと用があってな。じゃあまたな、帝人」
「はい!」
 扉が閉まると、帝人はそわそわしながらトムからもらった券を見たそうにしている。静雄がそれを見せてやると、帝人はキラキラと目を輝かせ笑顔を浮かべる。
「旅館!旅館ですよお父さん!」
「でもこれ、海じゃなくて山だな…。別にいいか?」
「お父さんとなら何処でもいいです」
 えへへと屈託のない笑みで微笑む帝人に頬を染めながら、静雄は自分の前髪をくしゃりと掴む。
 特待券に書いてあった日にちは明後日だった。クーラーの修理は一週間後に予約を入れておいたので、帝人が熱中症でダウンしてしまわぬよう、扇風機だけは買っておいた。


 電車とバスに揺られながら山を登っていく。帝人はバス酔いをしてしまったのか、ぐったりとしていたが、楽しみなのは変わらないらしく、足をパタパタと動かしていた。
「帝人、もうそろそろ着くぞ」
「…!」
 くたりとしていた帝人だったが、静雄の言葉に反応示したのか、ぼすぼすと前の座席を蹴るので静雄はその足を掴んでやめさせた。
 旅館に非常に関心を示していた帝人だったが、バス酔いが抜けきれない身体ではふらふらとしていたので、おんぶをしてやった。帝人は細い腕で静雄の首に腕を回す。
 フロントに特待券を見せれば、「田中さんの知り合いの方ですね。連絡はいただいております」と言われ、肯定する。
 部屋に案内され、座椅子に帝人を座らせ、机の上に置いてあった団扇で扇いでやる。クーラーをつけると、涼しげな風が漂う。
「帝人、なんかジュース買ってくるな。何が飲みたい?」
「ここあ…」
「ん、わかった」
 頭を撫で、落ち着かせると部屋を出、ここに案内される途中で見かけた自販機に向かって歩く。
「あ、ねえねえ。ゆまっち、ここ、秘湯あるんだって!」
「…?」
 なんだか聞いたことのある声、あだ名に静雄は嫌な予感がし、声がした方をこっそりと見る。
 そこには、自販機の前で屯すいつものワゴン組がいた。静雄は何も見なかったふりをしようとしたが、彼らは自販機の前にいるのだ。ココアを買うには彼らの前に姿を現さなくてはならない。
 どうするべきかと迷っていると、くい、と服の袖を引かれる。
「お父さん、どうしたんですか?」
「なっ帝人、お前、歩いて大丈夫なのか?」
「大分楽になりました」
 にぱっと笑う帝人にホッとしていると、背後から「みかプー?」という声が聞こえ、びくっと肩を揺らす。
「狩沢さん!」
「やっぱり!お姉さんはショタっこは見逃さないからね!」
「なんだそれ…」
 静雄は帝人を担ぐと、彼らとは逆方向に走る。二人で癒されるために此処まで来たのに、邪魔されてたまるかというのが本音である。
「お父さんっ、どこ行くんですか?」
「あ?えっと、近くに川があるそうだからな、水遊びでもすっか」
「わあい!」
 旅館を出ると、そのまま道に沿って山を少し下る。此処なら大丈夫だろうと思うと、そこには川で魚を捕っているセルティと新羅がいて、静雄は急旋回した。
「お父さん!川そっちじゃないです!」
「きょ、今日は川はお休みだ!」
「川にもお休みがあるんですか?!」
「あ、ああ、そうだ」
 セルティや新羅にならべつにいいかもしれないと思ったのだが、此処で合流すると、これからはずっと一緒に行動することに成り兼ねない。彼らも帝人を激愛しているのだ。新羅の方はセルティと家族ごっこをしたいだけだろうが。
「先に温泉に入るか。露天風呂があるぞ」
「温泉!露天風呂!」
 テンションが上がった帝人によしと思いながら、帝人を担いでいる手に力を籠める。
 脱衣所につくと、帝人の服をひょいと脱がし、自分の服に手をかける。帝人は先にトタトタと走っていく。
「さすがに空いてますね」
「帝人、走んじゃねえぞ」
「ッ…やああああ!」
「ッ帝人?!」
 帝人の叫び声に、静雄はパンツ一丁で浴場に入る。
「あはは、帝人君、奇遇だねえ」
「臨也さんっ、くすぐっ、たい、です!」
「うんうん、帝人君の肌はすべすべだね」
 浴場では臨也が帝人を捕まえ、頬擦りしていた。なんで手前もいるんだという感情と、誰の許可を得て帝人に頬擦りをしているんだという感情が交差する。気付けば静雄は感情のまま臨也に殴り掛かった。臨也は紙一重で避ける。
「あっぶないなあ、シズちゃん。帝人君に当たったらどうするの?」
「るせえ!なんで手前がいるんだよ!」
「ハッ、そんなのちょっと調べればわかるんだよ。あー、帝人君可愛いなあ」
「むにゅー」
 帝人は嫌そうな表情で臨也の頭を押しのけようとする。臨也は逆に調子にのり、肌を舐めたりする。
 さすがに静雄の堪忍袋の緒が切れた。声を荒げながら、臨也に殴り掛かる。静雄の険相に、臨也もやばいと察したのか、帝人に逃げるよう告げ、臨戦体勢に入る。
 ボロボロに壊された浴場に、旅館を追い出され、その億単位の修理費は臨也の家に帝人を遊びに行かせることを約束とし、臨也が払うことになった。


2011/4/7
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