デュラララ!! | ナノ
 燦燦と輝く太陽に向かい、大きく欠伸をすると、自分のご飯の前に袋に入ったドックフードを取り出す。いつもの皿に盛り付け、静雄は草履を履き、外へと出る。
「帝人ー」
 低いながらも澄み渡る声である者の名を呼べば、小さな足音が聞こえてくる。静雄がそちらへと目を向ければ、足元で足音と同じく小さな柴犬が尻尾を振り、おすわりをしていた。
 静雄はそれを見ると柔らかく微笑み、餌をその仔犬へと与えた。
 帝人と呼ばれた仔犬はうれしそうにがっつく。
 静雄が寝起きで若干崩れた甚平を整えている間に食べ終えたらしく、礼を言うようにツンと静雄の脚を鼻で突くと、湧き水を飲みに行った。
 静雄は皿を回収すると、社内へと戻る。
 衝突だが、帝人はただの犬ではない。見た目こそかわいらしい仔犬だが、犬は犬でも狛犬なのだ。
 静雄も金色の髪を持っているが、一応神主の仕事をやっている。これは家業であり、23歳という若さで父親を亡くしたため、長男である静雄が神社を継がなければならなかった。
 初めこそ乗り気ではなかったものの、帝人も手伝ってくれることもあり、毎日頑張っている。
 静雄が朝食を食べ終えると、帝人が寺のゴミを一カ所に集めていた。小さな身体にも所々ゴミがついている。静雄は苦笑しながらそれを取ってやった。
 散歩のついでに立ち寄る見慣れた参拝客に挨拶をするのも仕事のうちだ。帝人は他人に噛み付くことはしないので、いつも頭を撫でてもらっている。静雄も幼い頃はよく撫でてもらったものだ。
 だが、昼を過ぎると帝人はあまり表立った所には現れなくなる。
 社に入り、居間として使われている部屋に入れば、犬が座布団に行儀よく座りながらテレビを見ていた。
「あ、静雄さん。昼ご飯ですか?」
 帝人は狛犬だ。なのに、何故か夜になるにつれ、人間へと近づく。陽が暮れれば完全に人になり、陽が昇れば完全に犬となる。初めてみた時は驚いたものだ。
 朝は人間の言葉は話せないが、昼の間は犬の姿で人間の言葉を話すことが出来る。
 犬の口でどうやって人間の言葉が喋れるのかと以前気になって確認しようとしたが、嫌がる帝人に噛まれ、それは諦めた。
 静雄は他の人間より力が何百倍も強い。
 本気を出せば仔犬なんて簡単にのすことが出来るが、そうしないのは数少ない友達を失いたくないからだ。それだけでないのは確かだが。
「今日は何を食べるんですか?」
「ん…、そうだな。焼きそばにでもするか」
「うー…、玉葱入ってるじゃないですか」
「なんでお前も食う気満々なんだよ」
「一口くらいいいじゃないですか。朝はドックフードで我慢してるんです」
 帝人の食事は朝晩二回だ。朝はドックフード、夜は静雄と共にしている。
 昼は時々気分で分けてやるときがある。勿論、犬が食べていいものかをすぐ調べられるよう、犬関連の本も揃えてある。帝人は狛犬のくせに、喋ること以外、身体は完全にただの犬だ。
「違うのにしましょうよ」
「ダメだ。たしか、麺の賞味期限がやばかった」
「ちぇっ」
 拗ねたのか、伏せの体勢になり、細い両腕の間の床に顎を置いて寝る。頭を撫でてやれば、顔を背けられたが尻尾がパタパタと無意識のうちに振っていた。
 キッチンに入り、野菜を切っていると背後から視線を感じて振り返る。そこには案の定帝人がいて、伏せをしながらじいっと静雄を見上げていた。
 静雄は仕方ないなあと言わんばかりに息を吐き、キャベツの芯を分けてやった。帝人はパリパリと新鮮な音を立てて食べる。
「美味いか?」
「火を通した方が好きです」
「我が儘言うな」
 電子レンジで温めた人参を取り出すと、ちょんと脚に帝人の濡れた鼻が当たる。若干嫌な予感がしながら下をちらりと見ると、きらきらと瞳を輝かせる帝人がいた。
 静雄は視線を逸らしたが、帝人の喉がくぅん、と鳴らし、存在をアピールしてくる。
 勿論、負けたのは静雄だ。
 電子レンジで温めやすいよう小さく切っていた人参を帝人に分け与えた。
 勝利した帝人は、満足そうに尻尾を振りながら居間へと戻って行く。たしか、もうすぐ昼ドラが始まる時間だ。
 料理を作り、静雄が居間へと戻ると帝人は座布団に鼻を突っ込んでいた。
 寝てるのかと思い放置し、テレビへと視線を向ける。
 昼ドラは三角関係のドロドロとした話で、暗闇と声だけで誤魔化されているとはいえ、ちょうど行為に及んでいるシーンだった。
 帝人が座布団に鼻を突っ込み、テレビを見ないようにしてる理由を察し、静雄は珍しくニタリと笑う。
 座布団を引っぺがすと、帝人は「静雄さんのバカァ!」と叫び、ちゃぶ台の下へと潜る。
「帝人、もうCMだ」
「う…っ」
 のそのそと匍匐前進でちゃぶ台の下から出て来る帝人をひょいと抱き上げ、膝の上へと座らせる。
「なんだ、帝人。恥ずかしかったのか?」
 意地悪げに言ってやると、帝人は不満げに喉を鳴らす。
「なんでよりによってあのタイミングで来るんですか…。あんなの、ほんの十秒か二十秒なのに…」
 帝人が人間の姿だとすれば、顔が真っ赤になっていただろう。
 帝人は狛犬で、静雄より長く生きているはずなのだが、言動が子供っぽく、そういった類のものに免疫がない。
 静雄が中学生の頃、悪戯で父親のAVを帝人に無理矢理見せたら一週間口を聞いてくれなかった。それほど初な生き物なのだ、この狛犬は。
 帝人がくんくんと焼きそばを匂うので、静雄はその存在を思い出し、遅めの昼食をとった。

 神主としての仕事を終わらせると、既に夕方となっていた。
 真冬に比べれば日が暮れるのも少し遅くなった。だが、まだ冷える。
 夕方独特の冷たい風に身を震わせると、よく帝人がいるため小さな電気ストーブがつけてある居間へと向かう。
 居間には帝人の姿はなく、ストーブがつけっぱなしになっていた。静雄は「またか…」と呟き、押し入れの扉をノックする。
「帝人、此処か?」
「まだ開けちゃだめです!」
「そうか」
 静雄は帝人の訴えを無視し、押し入れを容赦なく開けた。それとともに投げ出される客人用の座布団を軽く避ける。
 まだ投げ付けようとする細い手首を捕まえ、無理矢理引きずりだすと、全裸の小柄な少年が押し入れの中から出てきた。頭には犬の耳、後ろには尻尾がついている。
「まだだめって言いました!静雄さんのバカ!」
「いいじゃねえか。何度も見てるし」
「まだ人化が中途半端なんです!」
 この人間は帝人だ。日が完全に暮れればこの犬の耳も人間のそれへと変わる。
 だが、静雄はこの中途半端な状態の帝人が好きだった。別に犬の耳が生えてるのが好きというのではなく、帝人が普通ではない、化け物だと感じられるこの瞬間が好きだった。
 静雄は昔から人より尋常なく強い力のせいで、周りの人間からは化け物といった目で見られることが多かった。実際、そう呼ばれていた。
 家族に静雄と同じ力を持つ者はいない。化け物と言われたり、嫌がられたりはされなかった。それどころか、愛されてはいた。だが、どこと無く疎外感を感じていた。家族にそんな気はなかったが、自分だけが化け物なのだ、と静雄が無意識のうちに一方的に自ら他人と線を引いていたのだろう。
 だが、帝人は違う。帝人も静雄と同じく化け物なのだ。しかも、静雄以上に。
 静雄は暫く文句を言う帝人を無視し、その耳を撫でつづけた。帝人も何を言っても無駄と理解したのか、暴れるのをやめた。こうされるのは初めてではないのだ。それに、帝人が完全に人間になると止める。
 ぐったりとしながら時間の経過を夕日を見つめながら待つ。耳に手の感触が無くなったと思えば、日は暮れ、夜になった。
 帝人がくしゅんっとくしゃみをすると、静雄は帝人が裸であることを思い出し、掛け布団を開きっぱなしの押し入れから取り出す。
 まだ寒そうな帝人の背中を撫でると、帝人はぴたっと静雄にくっついた。暖をとるつもりのようだったが、思うほど暖かくなかったようで、すりすりと身体を擦り寄せる。静雄はいたたまれなくなり、帝人の身体をぐいっと押し、電気ストーブに当たらせるようにした。
「あったかい…」
「服取ってきてやるからそこにいろよ」
「はーい」
 両手をストーブに晒し、暖めている様をちらりと見、先程一瞬だけ湧いてしまった邪心を誤魔化すように頭を振る。
――…あいつはまだまだ餓鬼だ。いや、俺より年上のはずだが……帝人のやつ、一体幾つなんだろうか。
 静雄は一度考え出すと他のことは簡単に忘れてしまう性質だ。
 部屋に行ったが何を取りに行ったか思い出せなくなり、手ぶらで居間へと戻ると、身体を暖めた帝人が静雄に飛び付き、部屋に行った目的を思い出したのだが、理性とともに吹っ飛んでしまうのだった。


2011/3/6
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