デュラララ!! | ナノ
「ん…ふぁっ、…静雄さん」
「帝人…」
 触れる唇がかさかさとしていて、少し乾燥しているのがわかる。
 帝人は、今どうしてこうやって静雄とキスをしているのかわからなかった。気付いたら此処にいて、静雄と甘い口づけをしていたのだ。
 唾液に塗れた静雄の唇を見つめていると、それが近づいてきて帝人のを塞ぐ。目を閉じ口づけを甘受していれば、静雄が甘い声で帝人と名を呼んだ。
 それとともに、帝人は夢の世界から完全に目を醒ます。
 帝人が跳び起きればいつも通りのベッドの上で、部屋に変わった様子は見られない。
 やけに汗ばんだ身体に、帝人は朝からシャワーを浴びることにした。
 暖かい湯を頭から被りながらふうと溜息を吐く。
「…それにしても、あんな夢を見るだなんて…」
 今でも覚えている、あのリアルな感触。
 前に無理矢理されたあの感触を、脳にしっかりと刻み込まれていると思えば、頭が痛くなった。
 タオルで髪をガシガシと多少乱暴に拭き、その次に身体を拭く。黒を基調としたシャツを湿った頭から被り、昨日穿いていたズボンを手に取る。
 欠伸をしていると、杏里が既に出勤してきたのか、ティーカップの擦れ合う音が聞こえる。
 帝人は一度深呼吸をし、脱衣所から出た。
「あ、おはようございます。帝人君」
「おはよう、杏里さん」
 テーブルに紅茶を置いた杏里は、帝人の分も注ぐ。帝人は杏里の隣に座ると、いれてもらった紅茶を口に含んだ。
「あの、玄関の扉ってどうかしたんですか?」
「…うん、まあ気にしないで」
 苦笑を浮かべた帝人に、あまり追及しない方がいいと察したのか、杏里はわかりましたと微笑みを浮かべた。
 帝人は杏里のこういうところを気に入っている。
 充電中の携帯が突然震え出し、帝人はそれをティーカップ片手にとり、かちかちと操作する。
 受信したメールの送り主の名前を見た瞬間、帝人はぴたりと動きを止めた。
「…ごめん、杏里さん。今日も出て来るよ。この仕事が終わったら帰っていいから」
「はい、わかりました」
「本当、ごめん」
 帝人は財布と携帯を持ち、壊れたドアノブに修理頼まないとと思いながら家を出た。
 向かう先は池袋。タクシーの中で先程のメールを見る。
 それは平和島静雄からの今日会えないかというメール。
 帝人はドキドキしながらも、はいと返した。
 待ち合わせ場所に着いたのだが、まだ静雄は到着していないようで、帝人は携帯片手にそこで待つ。
 静雄はいないと判断していたのだが、「おい」と声を掛けられ、慌てて後ろを振り向く。
「無視すんじゃねえよ」
「え、あれ、静雄さん」
 静雄はいつものバーテン服ではなく、ラフな格好をしており、一瞬静雄だとわからなかった。
「…なんだか普通の人ですね」
「どういう意味だ」
 あはは、と笑うと、静雄は少し目を丸くした後、一緒に笑った。
「今からどうするんですか?」
「…飲みにでもいくか」
「朝からですか。まあいいですけど。店開いてますかね」
「ああ、美味い焼鳥屋がある」
 焼鳥という単語に目を輝かせ、帝人は静雄の後を着いて行く。
 きちんと着いて来ているか確認するために、静雄はちらちらと後ろを振り向く。
 まるで散歩をしている途中の犬が主人の姿を確認しているかのようで、小さく笑った後、首を傾げれば静雄は顔を真っ赤にさせ、視線を前へと戻した。
 店は個室になっており、部屋のど真ん中に机、そしてその机の真ん中に網が置いてあり、覗き込めば暖められた炭が見えた。
 酒を注文しようとすると、年齢確認を求められ、苦笑を浮かべながら免許証を取り出すと、静雄はくっくっと声を殺しながら笑っていた。
 それにキッと睨み付けるが、静雄はそれをスルーし、自分の分を頼んだ。
 火の通っていない状態の焼鳥が運び込まれ、焼いている間、ライチ味の酎ハイを少しずつ口に含む。朝から酒を飲むのは久しぶりだと思いながら、ぐいっと全て飲み干した。
 おかわりを頼むと、焼けたぞ、と味噌だれ焼鳥を皿の上に置かれ、帝人は有り難くそれを頬張る。
 ああ、やっぱりこれだなあと親父臭いことを考えながら、運ばれてきた酎ハイを飲み、ふうと一息吐いた。
「で、用件はなんですか」
「?」
「だから、わざわざ僕を池袋まで呼び寄せたんですから、何か用があったんでしょう?」
「…逢いたかったから」
「はあ?」
「お前に逢いたかったから、じゃ駄目か?」
 真っ直ぐな眼で言われ、帝人はバッと目を逸らす。頬に手を添えられ、静雄の顔が近づく。
 帝人は夢の内容を思い出して目をぐっと閉じれば、暖かい唇の代わりにさらりとした紙の感触がし、目をうっすらと開ける。
「ん、とれた」
「え…?」
「いや、口の横に味噌付いてたから」
「あ、ああ。ありがとうございます」
「…期待した?」
「へっ?!」
「冗談だ」
 意地の悪そうな表情を浮かべた静雄に、帝人は声を裏返させた。無意識に頬に朱が入り、もう酔ったのかと言われ、首を勢いよく横に振る。
――…僕って、遊馬崎さんや狩沢さん風に言うと、ギャップ萌えだったりするのかな。
 昔と打って変わっての優しい言動。
 昨夜、静雄が帰ってから新羅に電話して、静雄の言動の違いについて聞いてみれば、
『優しく接すれば帝人も普通に喋ってくれたから』
らしい。
――そもそも僕は追い掛けられるから静雄さんが苦手なわけであって、普通にしてればそりゃあ普通の態度をみせるのに。
 それについて気付くために記憶を無くすって、どれだけ馬鹿なんだろうと思いながら、帝人は焼鳥を引き続き頬張った。
 帝人は酒は弱くはないが強い方でもない。段々と視界が鈍くなり、頭がふらふらとする。
 襲い来る眠気と闘っていると、静雄が大丈夫かと尋ねてくる。返事をしようとしたが、舌が縺れて言葉が紡げない。
 静雄は呆れながら、帝人の頭をぽんぽんと撫でる。
 いつもならやめろと拒絶するところなのだが、それが変に心地よくて、瞼が閉じそうになる。
 帝人がちらりと静雄の方を見れば、その唇がやけに目に入り、机越しにそれに噛み付いた。それとともに、意識が完全に飛ぶ。
 意識を失う瞬間、静雄の林檎のように真っ赤になった顔が目に入った。

 目が醒めればベッドに寝かされていた。寝転んだまま目をさ迷わせれば、真っ先に目に入ったのは太陽のような金髪。
 鼻につくヤニの匂いに、此処が静雄の家だということに気付く。
 だが帝人はそれよりも、今の現状について混乱していた。
 帝人は服を着ているが、静雄は上半身裸。そして、帝人は静雄に腕枕をされている。
――もしかして、またあんな過ちを…?!
 走る頭痛に、頭を押さえていれば、静雄が目を醒ます。目が合えば、静雄はぽっと頬をほんのりと赤らめた。
――なんだその反応は…!
 まるで付き合ったばかりの中学生のような初な反応に、帝人もどう反応を返せばいいのかわからない。
「あの…」
「なんだ?」
「僕…、酔っている間、貴方と何かしましたか…?」
「……」
 静雄はただ無言で頬を赤らめ、目を逸らしている。帝人の頭に嫌な予感が駆け巡る。
――何、僕静雄さんと寝たの?やっちゃったの?ていうか僕本当に静雄さんのこと好きなのかな、これ酒の勢いとはいえ責任とるべきなのあああああ。
 頭痛と混乱で思考回路がままならない。
 帝人が口を開いたときに出た言葉は、「付き合いましょう」というものだった。
 静雄は口をつぐんだ後、目を子供のようにきらきらと輝かせる。
「…ッいいのか?」
「酒の勢いとはいえやっちゃったんです。前のはアレですけど、今回は完全に僕の責任です」
「やったって…?…ああ、キスか」
「…は?」
「?だって、お前キスしてきただろ?店で」
「……」
――…もしかして、何かしたってキスだったりする?え、じゃあ僕はそれで付き合いましょうとか言っちゃったのか。ていうか静雄さんもキスくらいで頬赤らめるなよ紛らわしいんだよ強姦してきたやつがキス一つで真っ赤になんなよ!
 段々心の中の口調が汚くなりながらも頭の中を整理する。
 つまり、自分の勘違いで告白のようなものをしてしまい、お付き合いということになってしまったのだ。
 今からでも取り消そうと静雄の方を見れば、「これからよろしくな」と心底幸せそうな表情で微笑みかけられ、帝人は頬をほんのりと赤らめ、何も言えなくなった。
 静雄は、微笑みを浮かべたまま、今から仕事だからと去っていった。
 その際、静雄は帝人に部屋の合鍵を渡し、「いつでも来ていいから」と告げた。
 帝人は静雄の部屋に取り残され、深い溜息を吐く。
――…拒絶、できなかった。
彼のことを思い出すだけで胸が苦しくなる。
 それはまるで、帝人が杏里に以前抱いていた恋慕の念と同じモノで、帝人は再度溜息を吐いた。
「…帰ろう」
 早く帰ってシャワーを浴びたい。早速合鍵で鍵を締め、静雄のアパートを後にする。
 夕方を過ぎ、少し暗くなった空にはほんのりとだが星が見える。
 それを眺めて歩いていると、黒髪の見覚えのある子供が目に入ったが、帝人は物知らぬ顔で歩く。
 隣を通り過ぎようとすると、「ねえ」と声を掛けられた。帝人は心底面倒臭そうな表情をして振り返る。
「…なんですか」
「平和島静雄と付き合い始めたって本当?」
「はッ?!」
 思わずなんで知っているんだ、という表情をしてしまう。
 情報屋という仕事もあり、普段はあまり表情を表に出さないようにしているのだが、今回の科白には思ったことをすぐに顔にだしてしまった。
 臨也は「やっぱり」と呟くと、帝人をじっと見つめる。
「どうして知っているんですか」
「平和島静雄に彼女が出来たって噂になってるよ。あ、帝人さんだってことは流れてないけど。本人が嬉しそうに上司に言ってたのを通行人が盗み聞きしてそれが出回ってる感じ。明日にはネット中の噂になるんじゃない?」
「…そう、でも臨也君はよく僕が静雄さんのそれだってわかりましたね」
「あんなやつのこと好きになるって帝人さんしか思い浮かばなかったから」
 何処か不満げに言う臨也に、帝人は教えてくれてありがとうございますと頭を撫でる。
「…なんで普通に接してくれるの?」
「と、言いますと?」
「だって俺、帝人さんのこと強姦しようとしたんだよ。チャットでも内緒モード無視するし」
「…わざわざ僕を探してくれた子供を無視する程、非情じゃないですよ」
 じんわりと汗の滲んだ頬をハンカチで拭ってやる。だが、臨也はまだ不満そうな表情を見せている。
「臨也君?」
「…俺、結構本気で帝人さんのこと好きだったのに」
「…ごめんね」
「…帝人さんのばか」
 ふんっ、と帝人に背を向け、そのまますたすたと歩いていく。
 本当、子供だなあと苦笑を浮かべ、帝人はその背中を見送った後、通り掛かったタクシーに乗り込み、自宅兼事務所へと向かった。


2011/3/2
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