デュラララ!! | ナノ
 次の日も帝人は池袋へと出掛けた。目的は一つ、昨夜出会った少年、折原臨也に会うためだ。
 彼がダラーズの創始者であるという確証はないが、確かめておくに越したことはない。
 今日は来良学園が昼までだということは確認している。何処に行ったら会えるだろうとうろうろしていれば、トンと肩を叩かれた。
 振り返れば捜していた少年。笑顔を浮かべている彼に、慌てたのをばれないよう挨拶をした。
「こんにちは」
「ねえ、もしかして俺を捜してた?」
「え?」
「あれ、違うかな」
「どうして…?」
「んー。俺がダラーズの創始者だから、とか」
――…いきなり核心ついてきたな、この子。
 否定することなく両手を上げ、降参を示せば「わー、当たり?」と嬉しそうな笑顔を見せてきた。
 毒気を抜かれた、と呆れ顔になりながら、自分より少し背が高い臨也を見上げる。
「ねえ、帝人さん。今暇?よかったらうちに来ない?」
「よく知らない人を家に招いたら危険だよ」
「正臣の知り合いなんでしょ?なら大丈夫」
 何が大丈夫なんだろう、という目で見れば、早く早くと腕を引っ張られる。
 溜息を吐きながら腕を引かれていると、携帯が震えたので画面を見る。
 そこには『平和島静雄』と書かれており、名前を変更しとくの忘れたな、と思いながら、静雄からの電話は無視してポケットの中へと入れた。
「出なくていいの?」
「たいした用事じゃないだろうから」
 臨也はふーん、と意味深な笑みを浮かべ、帝人の腕をより一層強く引いた。
「…此処?」
「うん。学生の一人暮らしだし、贅沢なんて言ってられないからね」
 意外としっかりしてると思いながら、古臭いアパートとへと脚を向けた。中は外見と同じくらいボロかった。
 金目のものといえば、一つ置かれた机の上にある最新機種のパソコンくらいか。珈琲を出され、帝人はコートを畳み隣に置く。
 何型かと聞かれ、O型と返せば一緒だと喜んでいた。
 そういえば静雄さんもO型だったと頭の端の方で考える。
「珈琲飲まないの?」
「え?ああ」
 ブラックは苦いから苦手なんだよな、と思いながらも、苦学生にミルクやら言うのも気が引け、それを一口と口に含む。苦味が口いっぱいに広がり、帝人はそれをすぐに机の上へと置いた。
 携帯が震え、また静雄さんかと電源を切ろうとコートに手を伸ばせば、胸を勢いよく押され、畳に背中をぶつけた。
「痛…ッ、なにするのかな?」
「あれ?おかしいな、まだ効かない?」
「何…」
 視界がぐらりと揺れる。冷や汗をかきながらも、余裕を含んだ笑みをみせる。
「薬?よく持ってたね」
「うん!帝人さんとこういうことしたくて買ってみたんだ」
 シャツの中に手を入れられ、帝人は唇を噛み締める。
――…くそ、警戒が足りなかった。高校生とはいえ油断した。
 よく考えれば、出会った頃の静雄も高校生だ。決して舐めてはいけなかった。
 意識を鈍らせる薬らしく、目の前の臨也が三人に見える。
「可愛いなあ、帝人さんは本当に可愛い」
「…ははっ、甘楽さんは悪戯好きなんですね」
「……あ、もしかして太郎さん?帝人さんが田中太郎だったんだ!」
「ずっと君をネット上で監視してたんですけど、行動はあまりよくないですね」
「え?ずっと俺のこと見てたの?」
 うれしいな、と笑う臨也に、普通は気持ち悪がるものじゃないのか、と怪訝そうな目でみる。視点があってないらしく、臨也に「どこみてるの?」と聞かれた。
「俺は帝人さんのことを知ったのは昨日が初めて。でもさ、俺は帝人さんに一目惚れしちゃった」
「僕は子供には興味ありませんよ」
「帝人さんの方が見た目幼いのに?」
「……」
「わっ、ごめん。怒らないで」
 すりすりと頬を擦り寄せてくる臨也に、帝人は溜息しか出なかった。
――…どうして僕はこういう変なのにばっか好かれるんだろう。
 帝人は至ってノーマルなのだ。いくら美形とはいえ、同じ男に告白されても困る。
「ねえ、帝人さん。俺と一つになろうよ」
「…随分昔の誘い文句ですね」
「あははっ」
 一笑いした後、臨也は今までの無邪気そうな顔を一転させ、何を考えているのかわからない表情をした。
 真面目そうな雰囲気に、これ以上流しきれないと力の入らない腕で臨也を退けようとする。
「無駄無駄、ちゃんと気持ち良くするから。平和島静雄より、ね」
「…!」
「ゴーカンされたんでしょ?」
 二番煎じは気に入らないけど、と帝人の薄い胸板を嘗めながら反応を楽しむ。
 携帯のバイブ音が帝人の真横にあるコートの中から聞こえる。
 挑発をするように、「静雄さんの方が気持ち良かった」と言えば、臨也はムッとした表情で、帝人のベルトに手を掛け、ああそうだと帝人があまり動けないことを想定に置き、帝人の上から退き押し入れを探りだした。
 今うちにと震えている携帯を取り出し、『平和島静雄』と書かれていたが気にしてなどいられないと通話ボタンを押した。
 開口一番に「助けて!」と叫べば、携帯を臨也に弾かれた。
「なにやってんの…?」
「なにって、助けを求めるのは普通でしょう?」
「…まあいいや、どうせ今のだけじゃ居場所はわからないだろうし」
 臨也に核心をつかれ、舌打ちをうつ。
 そうだ、静雄とはいえこんなところにいるとわかるはずもない。
「ローション使おうと思ったけどやめた。やっぱり痛くする」
「へえ、拗ねたんですか?やっぱり餓鬼ですね」
「なんとでも言えばいいよ」
 ガチャガチャと自分のベルトを緩める。
 時間稼ぎもここまでか、とどうせなら思いっきり締め付けてやろうと力を篭めれば、扉が蹴り開けられた。
 元々ボロかったのもあるが、扉は修復不可能だと思わせる程に歪んでいた。
――まさか、え、でもなんで。
 部屋に入って来たのは間違いなく静雄で、臨也だけではなく、帝人も目を丸くしている。
 静雄は二人の格好を見、眉間に皺を寄せた後、何も言わずに帝人を俵抱きにし、文句を言おうとする臨也の額にデコピンを喰らわせ気絶させた。
「静雄さん…」
「遅れてわりい」
「いや、その、どうして僕の居場所が…?」
「…、お前を街で見掛けて、さっきの餓鬼と何処かへ行こうとしてたから、なんか気になって着いていってよ。あのアパートに着いたところでストーカーじゃねーかって気付いて戻ったんだけど、やっぱり気になって、それで何度か電話したんだ。で、やっと出たと思ったら『助けて!』って…」
 珍しく長く話す静雄に、静雄自身も混乱しているのがわかる。
「…助けてくれて、ありがとうございます」
「…別に」
 力が入らないから暴れることもできなく、暫くおとなしくしていたのだが、頭に血が上ると言えば、近くにあった昨夜酔い醒ましに使ったベンチがあり、そこに座らされた。
「その、大丈夫なのか?」
「はい、平気です。暫くしたら治りますよ」
「そうか、よかった」
 じゃあ仕事に戻る、と言い帝人の前から静雄が去っていった途端、帝人は息を勢いよく吐き出した。頬はほんのりと桃色に染まっている。
 胸がしんどくなったり、顔が熱くなるのも薬のせいだと言い聞かせ、家まで送ってもらおうとセルティにメールを送った。
――違う、僕はノーマルだ。うん。
 そう考えても、暫くは静雄のことが頭から離れなくて、帝人はセルティが迎えにき、止めようとするまで頭をベンチに何度もぶつけていた。

「キスすればいいと思うよ」
「絶対断る」
 ムカつくほど爽やかな笑みを浮かべる新羅に、帝人はふざけるなと吐き捨て、溜息を吐いた。
 あの日から、帝人が静雄に助けられた日から、帝人の思考回路はヤツに埋め尽くされていた。
――アレは一時の迷いで。あ、折原臨也の薬の効果とか。
 否定する内容ばかり思い浮かべても、事実、帝人は静雄にドキドキしてしまったのだ。
「静雄さんと一緒にしないで」
「あ、バレた?お似合いだと思うんだけどなあ」
「思うだけにしておいてね」
「とか言っちゃって、本当は静雄にヤられたのよかったんじゃ…」
「セルティさん、ちょっとお話ししたいことが!」
「う、嘘!冗談だから!」
 溜息を吐くと、新羅は思い出した様に、人差し指をぴっと立てた。
 帝人が怪訝そうな表情で見つめていれば、口を開く。
「そういえば、静雄の記憶、もうそろそろ戻るから」
「…は?」
「だって、普通に考えて人間の一部の記憶を消すだなんて不可能だろ?まあ一時の間消すことは可能なんだけどさ」
「待って。ということは?」
「静雄に学生時代からの帝人に対する記憶が戻るってこと。ちなみに記憶が消えてからの分もちゃんと残ってるから」
 帝人はそこまで聞き、肩をがっくりと落とす。
――最近は大人しくて、本当に楽だったのに…。
 新羅がニヤニヤとしているのが腹立たしくて、鳩尾目掛けて一発殴る。
「もう一度消すことって出来ないの?」
「やってもいいけど、今度は静雄の人格変わっちゃうかもね」
「今回も変わってたじゃん」
「いやいや、帝人がいないときの静雄はいつもあんな感じだよ」
「…そうなの?」
「でも今度は狂暴になるかも。帝人はまた好かれるだろうから、今度は自分の意思で帝人を襲いに行くかもね」
「縁起でもないこと言わないで」
「それでも消す?」
「……今のままでいい」
 なんだかんだ言って、帝人って静雄のこと好きだよねと言われ、次は顔面目掛けて殴る。
 だがそれはセルティの伸ばした影で避けられ、舌打ちをすると、新羅に「帝人怖い」と言う言葉を投げられ、自業自得だと吐き捨てた。

「全く…」
 杏里も帰り、一人パソコンに情報を打ち込む作業をしつつ、チャットをしている。
 甘楽が内緒モードで何やら話してくるが無視だ。そうした方が、自分のためにも臨也の為にもなる。
 うんうん、と一人納得しつつ、ミルクティーを口に含んだ。
 うとうとし始め、欠伸を一つ吐き、退室の挨拶をしチャットを閉じる。
 パソコンをスリープ状態にしたところでガギギという普段なら聞き慣れない音がし、たっと立ち上がる。
 それは玄関の方からし、帝人は落ち着いて引き出しの中のナイフを取る。
 暗闇の中から現れたのは静雄で、安堵とともに、焦りを覚える。
「…もしかして、もう記憶が戻ったんですか?」
「…よくわかったな」
「記憶の無い貴方はこんな不法侵入の仕方をしないと思うので」
「わかんねえぞ、あの時も一応俺だ」
「…で、何の御用ですか?依頼…なわけないですよね」
「ああ、お前に言いたいことがあってな」
 何もしねえからそれ仕舞え、と言われ、警戒心を抱きながら、机の上にナイフを置く。
 静雄が一歩ずつ近づいてくると、身体がびくりと跳ねる。
 怖くない、と言ったら嘘になる。じわじわと一度骨を折られた時の記憶が蘇ってくる。
 手が震えるのを背後に隠し、静雄をキッと睨んだ。だが、静雄は帝人の予想にもしていなかったことをした。
「悪い」
「…は?」
 静雄がしたのは頭を下げるという相手に謝るときに使うもの。静雄からそんなことをされたのは初めてで、帝人は唖然とする。
「あとさ、俺やっぱお前のこと好きだ」
「え、ちょっ」
「付き合ってくれってまでとは言わねえけど、そうやって逃げるのやめてくれねえか?強姦した俺が言えることじゃねえけど」
「あ…うん…」
「ドア、悪かったな。絶対開けてくれねえと思ってよ。これ修理代、足りなかったら言え」
「…うん」
 机に投げるように置かれた封筒を見、帝人は未だ現状をよく理解出来ずにいた。
 じゃあな、と帰ろうとした静雄をどうにか呼び止める。
「あの、」
「なんだ?」
「頭とかぶつけてませんよね…?」
「俺は至って正常だが」
「…そうですよね、すみません」
「また連絡する」
 こくんと首を縦に振れば、静雄は優しく笑みを浮かべる。
 苦しいまでに跳ねる心臓に、これは本当に惚れてしまったのかと五月蝿いほどに鳴り響くそれをグーで殴った。
 だが、それは鳴り止むことはなく、激しく主張を繰り返した。


2011/3/2
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