デュラララ!! | ナノ
「ったく、なんで先生も僕に頼むんだか…」
 桜が舞い散る季節。
 真新しい制服に身を包みながら歩く影が一つ。少年、竜ヶ峰帝人は前が見えなくなる程積み上げられた様々なプリントを運んでいた。
 持ち前の真面目そうな見た目故、入学式の行われた体育館から退場している途中に先生に呼ばれ、教室まで運ぶように言われたのだ。サボったり無視をしたりしてもよかったのだが、入学早々目をつけられるような真似はしたくない。
 そう考えている間にも、新入生のざわめきが段々と近付いてくる。
――確か、この角を曲がって真っ直ぐ行ったところが一年生の教室だったはず。
 少しぐらつきそうになったプリントを支えながら、その角を曲がった。
――アニメとか小説とか、ベタな展開ならこういうところで可愛い女の子にぶつかったりするんだよな。
 くすっ、と笑うと、角から誰かが出てくるのが見えた。が、人間そう簡単に止まれるものではない。帝人はそのままぶつかると、壁に突進したかのような衝撃を受けた。辺りにプリントが舞い、帝人は後ろに弾き飛ばされた。
「…ぁ、え?」
 背中に痛みがくると目を閉じたのだが、痛みの代わりに妙な浮遊感。
 そっと目を開ければ、帝人の身体は一人の男によって、片手で軽々と持ち上げられていた。
「…大丈夫か?」
「え、あ、ありがとうございます…」
 金髪の帝人より頭が一つ分くらい背の高い男は帝人の脚を床につかせると、その縦に長い身体を曲げ、床に散乱したプリントを拾い出す。「すみません」と謝り、帝人もそれを拾い始めた。
「これで全部だな」
「はい、すみません、助かりました」
「これ、一人で運んでたのか?」
「えと、まあ…」
「手伝う」
「へっ?」
「また誰かにぶつかったら大変だろ」
「あ、ありがとうございます」
 上級生かと思ったが、制服が帝人同様真新しい。「此処です」と脚を止めれば、静雄は帝人のプリントの上に自分の持っていたそれを置く。
「俺、隣のクラス」
「そうなんですか。あ、僕は竜ヶ峰帝人っていいます。お名前教えてもらってもいいですか?」
「あ、ああ。平和島静雄だ」
「静雄さん、でいいですか」
 静雄はこくんと小さく頷くと、帝人に別れを告げ、隣の教室へと入って行った。帝人もプリントを押さえながら自分の教室の扉を開く。
「帝人、どうしたのそのプリントの山」
「先生に押し付けられたんだよ」
「よく君一人で運んで来られたね」
 溜息を吐きながら教卓の上へと置く。新羅はいつものように好青年のように爽やかな笑みを浮かべながら「ああ」と零す。
「帝人は見た目こそ真面目だからね。裏では何してるかわからないけど」
「犯罪になるようなことはしてないよ。それよりうちの妹達の方が心配なんだよね」
「九瑠璃ちゃんと舞流ちゃんだっけ?」
「うん。女の子の考えることはわからないな」
「僕もセルティの考えていることはなんでもお見通しのつもりなんだけど、たまにわからない時があるよ」
「女性にはちょっとした隠し事があった方が魅力的だからそれでいいと思うよ」
 惚気が続きそうな新羅に、帝人はあ、と思い出した様に口を開く。
「新羅、背が高い金髪の男の人知らない?隣のクラスらしいんだけど」
「…もしかして静雄?」
「うん、その人」
「知ってるよ、静雄とは小学校一緒だったから」
「そうなんだ…」
「で、静雄がどうかしたの?」
「さっきあのプリント運ぶの手伝ってもらったんだ」
「ああ、静雄は馬鹿力だからね。車や自販機なら軽々と持ち上げられるよ」
「…え?」
 初めは帝人も冗談だと思ったのだが、新羅はあまりそういう嘘はつかない。
 飽くまで自分自身とセルティ以外にはあまり興味はない。つまり、嘘をついても意味がない。そう考えている。
「喧嘩売ったりとかしたら瞬殺だよ。例え相手が何人だろうとね」
「…へえ」
――それが本当だというのなら、見てみたい。
 帝人の素直で、純粋過ぎるが故に残酷さも秘める好奇心。
 携帯を取り出し、使い捨てのメールアドレスを使って一通のメールを送る。
「…ふふっ」
「…また何か悪いこと考えてる」
 新羅はそう呟きながらも、教師が教室に入って来たこともあり、自分の机へと戻った。

 人間の肉と肉がぶつかり合う音。身体が地面へと落ちていく音。
 様々な音を奏でる舞台を帝人は大きな瞳をきらきらと輝かせながら見つめていた。
 屋上から中庭がよく見える。帝人はそこからばれないよう、じっと見つめた。
 心が高ぶるのを掌で胸を押さえながら、帝人はうっとりとした表情を隠さず息を零す。
 音が無くなったと思えば、帝人の視線の先に立っていたのはいつの間にか一人になっている。他の人間はまるでゴミのように地面に這いつくばっていた。
「…もう終わったんだ」
 つまんない、と呟けば、それが静雄の耳に入ったのか静雄がバッと帝人を見上げた。若干乗り出していたせいで身体を引くのが遅れる。
――やばい、顔見られた。
 そっと中庭を覗き込めば、既にそこには静雄の姿はなく、代わりに背後にあった扉が開く。
「…えっ」
 早過ぎる静雄の登場に、帝人の背中に冷や汗が伝う。
「…よお」
「ど、どうも…」
「…一つ聞きてえことがあるんだけどよ」
「はい…?」
「さっきの奴ら、もしかしてお前の仕業か?」
 勘はいいらしい。勘というより動物的感性かもしれないが。
 帝人は嘘をついても仕方ないと考え、首を縦に振る。すれば、静雄が掴んでいたドアノブが静雄の握力によって粉砕された。
「なんでだ…?」
「貴方の力を見てみたくて」
「そんなことのために…俺に暴力を振るわせたのか?」
「まあ、そうですね」
 静雄の声が段々怒りを堪えたものになってくる。
 新羅から聞いた静雄の性格は『沸点が低く、冷めやすい。そして、暴力が嫌い』。大体は相手を殴り飛ばせば冷めると聞いた。
 だが、帝人も殴られたくはない。おそらく中庭で倒れている不良達は、全治に暫くかかるだろう。
「俺は暴力が嫌いなんだよ…」
「はい、新羅から聞きました」
「だから俺はな、暴力を振るわさせるやつがいっちばんだいっきらいなんだよ」
 言葉に含まれる殺気に肌がぴりぴりとする。
 帝人はそろそろか、と血管が浮き上がった静雄の握りこぶしをちらと見る。
「だからよお、例え俺に殴られたとしても、文句は言えねえよなあ!」
 静雄が動きだすと共に身体をひらりと横に動かす。帝人がいたところの柵が凹んでおり、「おおっ」と思わず歓喜の声を零す。
「チッ、避けんじゃねえ!」
「避けますよ、当然じゃないですか」
 紙一重で避け、静雄が屋上の扉から離れたところでそこに向かって走る。静雄は帝人へと腕を伸ばしたが、それは空を切り、帝人はうまく逃げた。
 階段を駆け降り、廊下に置いておいた鞄を掴み、そのまま帰宅する。
「…さて、彼は一体いつに怒りが醒めるんだろうか」
 慣れた調子で家の鍵を開け、鼻歌を歌う。誰もいないと油断しながら靴を揃えていたのだが、突然腰に激しい負担がかかる。
「うわ…っ」
「おかえりー、ミカ兄!」
「帰…」
 振り向けば同じ顔が二つ。一人は満面の笑みを浮かべており、一人は無表情だ。二人共、帝人の妹で、双子である
「ただいまだけど、重いから退いてくれないかな…」
「わー、ミカ兄ひどい!女の子に重いだなんて!」
「だって、いくらなんでも二人分は重いよ」
「私達、二人で一人だもん。ね、クル姉」
 九瑠璃は首を小さく縦に振り、帝人の背中から降りる。舞流もそれに倣って降りた。
――最近、本気で妹達がわからない…。
 他の家の女の子もこんな感じなのだろうか、と苦笑を浮かべる。
「僕、今から部屋に閉じこもるから」
「えー、ミカ兄って引きこもり予備軍?」
「違うから。調べ物があるだけ」
 調べるのは平和島静雄について。どうしてあんな力を使えるようになったか、興味がある。
 二人に「これでお菓子でも買っておいで」と財布から千円札を取り出す。舞流は大喜びといった様子で九瑠璃の腕を引きながら出掛けて行った。
「…よし、厄介払いは成功」
 邪魔するなと言っても邪魔してくるのがあの二人だ。
 帝人は床に落ちた鞄を拾うと、自分の部屋に入り、鍵を閉めた。
 スタンバイにしておいたパソコンのエンターを一度押し、起動させる。
「…平和島静雄、か」
 静雄のキレた時の形相を思い出し、名前負けしてるなあと苦笑する。
「朝、手伝ってもらった時は大人しそうに見えたんだけどなあ…」
 くるくると椅子で回っていると、少し酔ってきたので動きを止めた。

「待ちやがれッ」
「絶対に嫌です!!」
 次の日から一方的な強制鬼ごっこが始まった。
 一週間程それが続き、一度静雄が「止まったら許す」という言葉を発したので止まってみた。
 だが静雄は一瞬戸惑った後、帝人を一発殴った。帝人の体は軽々と飛ばされ、左腕を骨折した。
 その次の日、もうさすがに追い掛けられないだろうと思っていたのだが、その予想とは反して静雄は追い掛けてきた。
「逃げんなッ」
「だって止まったら殴るじゃないですかっ」
「もう殴らねえよ!」
「そんな言葉もう信じられませんッ」
 元々走るのは遅い方だったのだが、毎日走っていると速くなってきて、今では静雄から逃げ切れる程だ。といっても、体力面はあまり変わっていないのだが。
 だから帝人はいつも逃げ込むところを決めている。
「門田さんっ、匿ってください!」
「あー…、その、静雄。帝人は一応怪我人だからあんま無理させんな」
「そうだそうだ!」
「帝人、こっちにこい」
「ヤだから逃げてるんです!」
 じりじりと寄って来る静雄に、帝人もじりじりと引く。門田は溜息を吐き、髪をくしゃりと掻く。
「…仲良くしろよ」
「僕は仲良くしたいですよ!でもこの人は追い掛けてくるんです!」
「元々はお前のせいだろ!」
「だから殴られて骨折ったじゃないですかっ、それで許してください!」
 自分の周りを帝人と静雄が距離をとりながら回る。門田は溜息しか出なかった。
 結局卒業するまでその関係は続いた。否、卒業してからもだ。
 そのせいで帝人は池袋を逃げ出すようにして出ることになった。まあそのお陰で助手である杏里と知り合うことができたのだが。

 肩を揺すられ、意識が覚醒する。
 帝人は書類を胸の上に置いたまま、ソファで眠ってしまっていたらしい。杏里が心配そうな表情を浮かべながら帝人の顔を覗き込んでいた。
「…夢、か」
「え?」
「いや、ちょっと懐かしい夢を見てたんだ」
「最近疲れているようですけど、大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。でも今はちょっと眠いから上で寝ることにするよ。杏里さんも自由に帰っていいから」
「はい、おやすみなさい」
 階段を上り、柔らかなベッドへとなだれ込む。
 静雄に抱かれた後、彼の匂いがついてそうで、帰った後、シーツとマットレスは即処分した。おかげでふかふかだ。
「……はぁ」
 息を深く吐き、布団の中で丸くなる。
 今度の夢は静雄が出てきませんように、と願ったのだが、夢の中で静雄がいつまでも自分を追い掛けてくるというのを見てしまい、起きた時に激しい頭痛に襲われた。


2011/2/28
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