デュラララ!! | ナノ
 池袋の街の真ん中で、まるで事故を起こしたかのような音が響く。砂埃が晴れると、そこには二人の青年が一方的な鬼ごっこをしていた。
「待ちやがれ帝人ッ!!」
「嫌です来ないでください!」
 背の低い少年ともとれる幼い顔立ちの青年が、それより頭一つ分は大きい青年な追われている。
 普通なら通報されてもいいのだが、それは池袋ではよく見る光景となってしまい、口を出す者は居なくなってしまった。
 追われている青年、竜ヶ峰帝人は、漆黒のコートを風に靡かせて逃げる。元々体力のない帝人は、後から追い掛けてくる人物、平和島静雄に捕まらないよう息が切れながら必死に走っていた。
 帝人は以前この池袋に住んでいたのだが、度重なる一方的な鬼ごっこに嫌気がさし、新宿へと逃げるように移り住んだ。静雄にも仕事があるので、新宿にいる間は平和だった。
 だが、情報屋という仕事は嫌いな静雄のいる池袋にまで脚を運ばなければいけない時もある。見つからないよう最善の注意をしているのだが、何故か見付かってしまう。
 昔、一度静雄に不良をけしかけたことがある。新羅の言う静雄の強大な力を見たいがためだった。
 ばれないように眺めていたのだが、静雄の野性的な勘でばれてしまい、それから毎日のように鬼ごっこが始まった。
 何度もそのことについては謝ったし、それからは手出しは何もしなかった。一度殴られて腕を折られたこともある。
 その時の恐怖心故、もう何を言われても止まれないのだ。そして、半泣きになりながら今も逃げていた。
「待てェッ!!」
「じゃあ、自販機とか、投げてこないで、ください!」
「投げねえと逃げるだろうが!!」
――ああもう言葉が通じない!
 真っ直ぐに走っていたのだが、気付けば前には壁、そして後ろには静雄という最悪の事態になってしまった。
 帝人は肩で荒い息を繰り返しているが、静雄は少し汗をかいただけだった。
「貴方は化け物ですか…ッ」
「今更だろうが」
 静雄は手に持っていた自販機を地面に置き、帝人へと一歩ずつ近づいてくる。
 帝人はどうにか逃げ道はないかと思索するが、答えが見つからない。
 こうなったら、と護身用に持っていた隠しナイフを静雄に見つからないように取り出す。背の後ろに隠し持ち、何処に刺せば止まるか刺す場所を決める。
 静雄はダンッと帝人の顔の真横に腕を付ける。それによって身体は密着し、帝人は静雄は一体何をするのかと怪訝そうな表情をした。
「やっと捕まえた」
「…本当、僕は貴方がわからないんですけど」
「あ?」
「なんで昔から、ていうか高校の時から僕を追い回すんですか。不良をけしかけて貴方に暴力を振るわせたのは謝ります。けど、もう高校の時の話でしょう?僕は貴方にあれから一度も僕の意思で貴方に暴力を振るわせようとしたことはありません」
 静雄が帝人の科白に気を取られている間にナイフを横腹に刺そうと構える。この男は車に跳ねられたり、高いところから落ちたくらいじゃ死なない。
 力いっぱい静雄の腹を刺した。だが、血が一滴も静雄の身体から出ることはなかった。
 代わりに唇に生暖かい感触、視界を太陽のような金色に妨げられる。
「…え?」
 何をされたか気付いたのは静雄が離れてから。静雄は柄にもなく頬をほんのりと紅く染めていた。
 普段は冷静な帝人の頭がパニック状態になる。
「な、んですか、嫌がらせですか。冗談きついんですけど」
「るせェ」
 今度は貪るように口づけられる。
 抵抗しようと刃を静雄に何度も突き立てたが、頑丈な彼の身体には刺さらない。邪魔だと言わんばかりにそれは素手で跳ね飛ばされ、帝人には抵抗する手段が無くなった。
 力では圧倒的に敵わない、敵うはずがない。
 口内に入り込んでくる舌に歯を立ててみたが、血の味が広がるだけで意味はなかったが、お仕置きだとでも言うのか、手首を掴まれ締め付けられた。
 くぐもった悲鳴を上げれば手は離されたが、身体は離れてくれそうにない。口づけに集中している静雄に、抜けた力を振り絞り、男の急所である部分を勢いよく蹴り上げれば、静雄はうずくまりながら離れた。
 帝人はその隙にと逃げ出す。
――本当、意味がわからない!
 少し離れた後ろの方から自分の名を叫ぶ声が聞こえ、帝人は脚の速さを上げた。
「…ん、よう」
「あ、門田さん!」
 静雄が角を曲がってくる前にワゴンに飛び込む。静雄は気づかなかったようで、そのまま通り過ぎて行った。
「す、みません…」
 後部席に飛び込んだので、狩沢と遊馬崎の膝の上に乗っている状態だ。
 帝人は静雄がいないのを確認し、慌ててそこから降りた。
「また平和島静雄に追い掛けられてたんスか?」
「シズちゃんってほんとみかプーのこと好きだよね!私、別に静帝でも帝静でもいけるから!」
「よく意味はわかりませんが。有り得ませんよ、それは…」
 目をきらきらと輝かせる彼女に首を横に振るが、一瞬、先程のキスをされたシーンが帝人の脳内で過ぎる。
――違う、あれは嫌がらせだ。ほんと、悪趣味な。
 目を伏せ、コートに付着した砂を掃う。運転席に渡草の姿が見えなかったので、代わりに門田に頭を下げる。
「すみません、もしワゴンに傷とかついてたら連絡するよう言ってください」
「ああ、…帝人」
「?」
「困った時とかは言えよ。俺も、静雄のアレはやり過ぎだと思ってんだよ」
 呆れたように呟く門田に、帝人は「ありがとうございます」と小さく囁いた。

 エンターを押し、今までデータを打ち込んでいたファイルを保存する。
 すると、頭の中のもやもやとするものを吐き出すかのように大きな溜息が出た。
「…はあ」
「どうしたんですか?」
「え?いや、なんにもないよ」
 心配そうな表情をする助手に、帝人は苦笑を浮かべる。
 助手である園原杏里は帝人の思い人である。そんな彼女に、ずっと嫌いだった男にキスをされただなんて言える筈がない。
「じゃあ私、帰りますね」
「うん、今日もありがとう」
 タイムカードを通し、頭を軽く下げる杏里に、帝人は優しげに微笑んだ。
 そして杏里が去った後、また大きな溜息を吐く。
――…それにしても、まさかあの人にキスされるだなんて。
 昔から、帝人は静雄のことが苦手だった。
 出会ったら毎回のように追い掛けられ、当たったら間違いなく死ぬであろうモノを投げられ。今日もうまく逃げ切ったものの、あの後捕まっていたらどうなっていたのだろうか。
 帝人は想像しただけで身震いをした。
――…そもそも、どうしてキス?嫌がらせをするなら腕をもいだり喉を潰したりとか……いや、変な想像は止めよう。
 暫くは仕事であれど、池袋に行くのはやめようと心に誓い、自分が『田中太郎』というハンドルネームで管理しているチャットルームを開いた。
「……折原臨也、か」
 帝人が今一番調べている人物。
 チャット仲間であるが、彼は『甘楽』というハンドルネームで女を演じている。
 そして、今池袋でも話題のカラーギャング、ダラーズの創始者。
 帝人はダラーズができた頃からずっと彼を観察してきたのだが、彼は『甘楽』の他に『奈倉』などといったハンドルネームも語っている。
 帝人が臨也に対して驚いたことは、自殺サイトなども巡り、彼が人間観察をしたりしていることだ。中学生なのによくやるなあと思いながら、帝人はある意味関心を覚えた。
 近々、池袋にある来良学園に入学するらしく、一度会ってみようと考えている。
――でもその前にアイツがなあ…。
 静雄の自分を追い掛ける時の表情を思い出してまた身を震わせる。
 静雄対策を考えながら、帝人は名前欄に『田中太郎』と打ち込み、入室する。

田中太郎さんが入室されました
田中太郎【こんばんは】
セットン【あ、太郎さん。ばんわー】
甘楽【もー、太郎さん遅いじゃないですかっ】
田中太郎【すみません、ちょっといろいろありまして、仕事が長引いてしまったんです】

 情報屋というのは自由業だが、何もしない訳ではない。仕事はやらなければ溜まる。
――…ああ、そういえば四木さんからのメールを確認するの忘れてた。
 チャットでの会話を楽しみながらも、もう一つのノートパソコンでメールボックスを開く。何通かの依頼メールのうち、見慣れた名前をクリックする。
 そこには依頼内容が暗号の状態で書かれており、帝人はそれを解読し、左手でチャット、右手で返信という器用な真似をやってのけた。

セットン【あ、なんか仕事が入ったみたいで、私はここで】
甘楽【おつかれさまでーす】
田中太郎【こんな時間まで大変ですね】
セットン【まあ自由業ですから。ではではー】
田中太郎【はい、おやすみなさい】
セットンさんが退室されました
甘楽【おやすみなさーい】
甘楽【あ、出遅れちゃいました】
田中太郎【(笑)】
甘楽【太郎さんひどいですよぉ】
田中太郎【すみません。では私もここで】
甘楽【えー、もう解散ですか】
田中太郎【ではまた】
甘楽【お疲れさまでしたー、もうっ】
田中太郎さんが退室されました
甘楽さんが退室されました

「…甘楽さんは一体どんな表情で打ってるんだろう」
 パソコンに向かうもうすぐ高校生のネカマ男子を想像しながら苦笑し、帝人はパソコンの電源を落とす。そして、ノートパソコンの方も四木へのメールも作成できたのでそちらも送信し、シャットダウンの操作をする。
「もう寝ようかな…」
 時計の短い針を見ればとうに12を回っている。
 欠伸をし、階段を上る。部屋に入ると服を適当に脱ぎ、床に投げる。片付けるのは明日にしよう、とそのまま就寝した。



2011/2/25
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