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柔い場所の跡






ー傷はいつまでも残り続ける、ただ見えにくくなるだけで。



「名前がいなくなった!?」
島に上陸してから一時間ほどが経過した頃にメリー号の甲板にナミの声が響く。半べそになりながら知らせに戻ってきたチョッパーがいうにはこうだ。


探検と称し上陸早々に駆けて行ったルフィ、チョッパーそして名前がたどり着いたのは島の中心部分、そこは外からでも視認できるほどに栄える言うなれば都であった。行き交う人々、そして街の賑やかな様子に心躍らせながら3人は探索をしていると段々とこの都の栄え方は何処かきな臭さを持っていることに気が付いたらしい。
薬店に行けば合法ではない薬の割合の方が多く占め、酒屋を除けば娼婦と海賊達のどんちゃん騒ぎに乱闘が行われており。極め付けは脇の路地裏に目をやるとそこには生きているのかも死んでいるのかもわからない、人であった者たちの姿が視認できたのである。
あ、ここはちょっと危ないところだと気が付いた名前とチョッパーは互いの手を握りできるだけ目立たないようにと身を寄せ合いながらルフィの後ろについて歩いていたのだが。
近くの店から乱闘騒ぎの音と銃声、そして悲鳴が幾重にも重なって聞こえてきたためにもう恐怖も限界ですと音を上げてしまう。
「せんちょ。せんちょ、もう帰ろう?」
「そうだぞルフィ、この街すんげーこえぇよ」
そう言ってチョッパーは前にいるルフィのズボンを引くが。いかにせんこのルフィという男は恐怖感といったものが人よりも少ない。大体拳を握ればなんとかなるためにこういった喧騒などにも怖いと思ったことがないためについて数分もたたないうちに帰ろうという二人に何故?と首を傾げていた。
「まだ来たばっかだぞ?」
「だって、怖い人いっぱいいるよ」
「そうか?でも名前もチョッパーもこの先のデッケー建物見たいって、言ってただろ?」
見なくていいのか?と指し示されたのは都の中心に聳え立っている一際大きく豪奢な建物だ。確かに島の外から見えたそれは、何か面白いものが入っている玩具箱のように見えて心惹かれたのは間違いない。だが、まさか街がこのような雰囲気だとは想像もしておらず。喧騒に溢れかえる中にあるそれはあまりにも不釣り合いでまるでわざと誘い込んでいるようだと思った。一度入って終えばもう二度と出てこれないそんな不気味さを感じ、名前は首を横に振る。
「行かなくていい、なんか怖い」
「んーなら一回戻るか、腹減ったし」
「うん、帰ろ帰ろ」
そこまでいうなら仕方ないかとルフィは元来た方向へ踵を返す。彼自身あの建物は気にはなっていたが、こんなにも嫌がる名前達を引きずってまで見にいくほどかといえばそうでもなかった。なら一度船に戻って空腹を満たそうと言うルフィに二人はホッと胸を撫で下ろす。
「よかった、ルフィが乗り気じゃなくて」
「よかった、おやつの時間がもうすぐで」
ルフィとは別れて自分たちだけで戻るという、生存率を自ら暴落させる事なる背に腹は変えられない最終手段を取らなくてよかったねと名前とチョッパーが歩いていると。横から飛んできた何かが目の前にいたルフィに直撃した。
「「え」」
「あ?」
そのままポーンと放り出された彼はゴム毬のように跳ねて一瞬にして二人の目の前から姿を消してしまう。
この間わずか数秒の出来事であった。
何が起きたのかわからずその場にしばし沈黙の後、名前達の絶叫が響き渡る。
「わぁぁぁぁぁ!ルフィィィィ!!」
「ぇぇええぇ!せんちょー!!」
飛んでいった方向を見るともう姿形も見えない。どうしようと慌てふためく二人はとりあえず船に戻ることにした。この選択は正しかったが、判断が遅かった。
「わぁッ!」
「名前!?」
走り出した二人の背後にはこの街に相応しい男たちが潜んでおり、そのまま今度は名前が消えしまう。麻袋に入れられた彼女を抱えて一瞬にして消えた男達の隙のない行動にチョッパーが唖然とし、つい先程まで握っていた手を見て彼は二度目の絶叫をあげるのであった。

「ゆ、誘拐ダァあぁぁぁあー!!」



「飛んでいったルフィは放っておきましょう。」
あいつはどうにかなると事のあらましを聞いたナミは残りのメンバーを集めてそう口を開く。
「問題は名前ちゃんの方だな」
聞いた話から相手は随分と慣れておりおそらく単独犯ではないことが予想され、そこから導き出されるのは人攫いを生業にしている団体の仕業であるという事だ。
「なら早く見つけ出さないと、船に詰められて出港されたらおしまいよ」
「簡単に予想できちまうのがいやだな」
だが探そうにもこの島は大きい。
船着場も広範囲に広がっておりあたりをつけて捜索しなければかなりの時間を浪費することになるだろう。そ
「船医さん、おチビちゃんの匂いはわからないの?」
「この街、酒とかいろんな匂い混ざってて名前の匂いが消えてるんだ」
埃と酒、その他に判別しきれない不快な匂いに呑まれて、名前のチョッパーがいうにはお日様の方な穏やかな匂いはその影もないらしい。
「まずいわね……」
チョッパーの鼻が効かないとなれば二手に分かれて虱潰しに探すしかもう方法はないだろうと思ったときだ。
「おい、いなくなったもう一人は戻ってきたみたいだぜ」
ゾロがの目線の先には、街から船に戻ってくるルフィの姿あった。吹っ飛ばされた時についたのだろうか所々が煤けて汚れてはいるが。全員が思っていた通りに彼は無傷だった。
「いやぁ、参った参った。まさかあんな風に飛ぶとは思ってなかったぜ」
「ルフィお前どこまで飛ばされてたんだよ!俺スゲェ心配したんだぞ!」
「悪ぃ、チョッパー。でっけー建物の方にいっちまってよついでに何なのか見て来たんだがあんま面白いもんなさそうだった」
オークション?ていうのやってる所だってよ。ほらと駆け寄ってきたチョッパーにルフィはポケットに入れていた物を差し出す。
それは一枚のチラシだった。ファンシーなイラストで飾られた色鮮やかなチラシの内容はそのメルヘンチックな筆記体には似つかわしくない字面が並んでいる。
「これって」
「ナミさん、きっと名前ちゃんはここにいるぜ」
「ん?名前がどうしたって?」
その内容を読み焦りがましたナミ達とは違いルフィは現状が把握できずに一人首を捻った。その頬をナミの指が掴まみあげる。
「ルフィ、あんたが居たのにこうなった事についての罰はこのチラシを持ってきた事について免除してあげる!だからすぐにその建物に向かって!」
「イデデデデデデデッ!何すんだよ!」
「名前が誘拐されたの!あんたが飛ばされたすぐ後に!」
「は?誘拐!?」
「そうよ!だから早くいって!」
じゃないとあの子、出品されちゃう。その言葉と同時にルフィは船外へと蹴り出され、転がるように地面に着地した。
「もう始まってるみたいだから急いで!私たちもすぐ行くから!」
「おぉう!わかった!」
チラシ書かれていたのはオークションというタイトル。それも普通のものではない。いわゆるヒューマンショップ。
人身売買店というものだった。



「うぇぇぇぇんッ……!助けてぇ!だしてぇ!怖いよぉぉ!」
ひたすらに目の前の鉄扉を叩きつけるが応答が返ってくることはない。ヒックヒックと喉を鳴らして名前は自分のいる部屋を振り返る。小さなランタンがあるだけの窓もない部屋で彼女の首と手には重たい枷がつけられていた。
チョッパーと共にメリー号に向かって走り出した瞬間に視界が暗くなり、何とか逃げ出そうともがいた時に何か硬いもので頭を打たれて意識がなくなってしまったのだ。そして次に気がついた時にはもうこの部屋に転がされていたのである。
ここがどこだかわからない。だが名前は似たような場所に以前来たことがある。それは、名前がルフィ達に会うよりも前、BWよりも、研究施設にいた時よりもずっとずっと前の事。
こうやって体の自由を奪われたのを名前は覚えていた。
その時の恐怖が腹の底、脳内の裏に隠れていたのかじわりじわりと姿を見せて名前の中を埋め尽くしていく。
込み上げてくる吐き気のようなもの、焦燥感に大パニックに落ちてしまい名前は目の前の扉を叩くことしかできない。
「わぁぁぁあああん出してぇ!あけてぇ!!!」
怖いよ、助けてと何度も何度も叩くが自分の声以外に聞こえてくるものはない。その事がさらに名前を恐怖に孤独に感じさせていく。
そうだ、あの時もそうだった。
大好きな人達と引き離されて、ひとりぼっちになってしまった。
二度と会えなくなってしまった。
叩き続けた所為で手が痛い。
ずるずるとその場に名前はしゃがみ混んでしまう。
「ぇぇぇッ……」
また一人ぼっちになってしまった。
また大好きな人達と離れ離れになってしまった。
「いやだぁよぉ……助けて、せんちょー……」
神に願うようにそう呟いた時だった。彼女の耳が自分の声とは違う何かの音を拾う。何か壊す音と何かを呼ぶ声。
それは驚く速さでこちらに近づいて、誰が何を呼んでいるのかはっきりと名前わかった時に決して開くことのなかった扉が吹っ飛んで彼女の頭上を超えていく。
「名前ー!!どこだぁあぁぁあぁぁぁ!」
「ぜんぢょッ!」
そこにいたのは名前が助けてと願った人物。その姿を見るや否や彼女はルフィに飛びついた。
「うえぇぇぇぇん!!せんちょー!」
「こんなとこにいた!すんげー心配したんだぞ!」
「えぇぇぇぇぇぇん!!怖かったよぉぉぉぉぉ!わぁぁぁぁん!」
「ん、メリー号に帰るぞ」
きっと今頃ナミ達が彼女の枷の鍵を見つけて居るだろうと耳元でびゃあびゃあ泣いている名前をしっかりと抱き抱えてルフィはその部屋を出た。ここに来るまでに殴り飛ばして気絶させた男達を踏みつけて彼は出口に向かう。
「えぇぇぇんッ、ぜんぢょ。ぜんちょ。」
「おう」
名前が泣くのはメリー号に来てから何度も見ていた。でもこんな泣き方をして居るのは初めてで、ルフィはただひたすらにその小さな背を撫で続けながら外に出る。
「名前!」
「あぁぁあぁぁぁぁッナミぢゃん!うぇぇぇんッ!ヂョッバぁぁぁ!」
ほらもう大丈夫だぞと枷を外された名前だったが一向にルフィから降りる様子はない。
「ほら、名前もう大丈夫だから」
「ぶぇっぇぇえぇ」
尋常じゃない彼女の泣き具合に何処か怪我をして居るのではないかと確認をするが少し額にコブができているだけで他に傷は見られない。それにしては様子がおかしいと感じすぐにメリー号に戻る事にした。
その間も名前は泣き止むこともなく。
ついに吐き戻してしまい、そのままパタリと意識を失ってしまったのであった。




そのまま島に居るわけにもいかずに出港をしたメリー号はゆったりと陽が落ちつつある海上を進んでいた。
「多分トラウマなんだよ」
診察を終えて戻ってきたチョッパーが発した言葉に全員がなるほど納得がいった。名前が歩んできた経緯を知らないものはいない。BWに捕まっていた以前の事も何となくであるが予想はついている。
今回の件でおそらくその時の恐怖が呼び起こされてしまったのだろう。
「前にも同じ事を体験してるから思い出しちまったわけか……可哀想に」
「だが、この船にいる以上は今回のようなこと二度とないとは限らねぇ、乗ると決めたのはあいつだ」
「だけどそう簡単にどうにかできる物じゃないよ」
病気ではないから薬もない、見えない傷だから包帯は巻けない。ただ時間がゆっくりとそれを薄れさせるしかない。
「名前どうしてる?」
「部屋で寝てるわ」
ちょっと見てくるとルフィはそのままキッチンを出た。無理に起こしちゃダメだぞと言うチョッパーに軽く手をあげて返事をして女子の部屋に向かう。
中にはいると名前は自分の布団の中でぷぅぷぅと鼻が詰まったような寝息をたてていた。その寝顔は安らかなものではなく、目には涙の跡が見て取れ、眉間には皺が寄っている。時折唸り声もあげる彼女の頭をルフィが撫でると眠りが浅かったのか、名前は目を覚ました。
「せんちょ……」
「悪い、起こしたか?」
「うぅん……」
名前はかぶりを振り、怖い夢見てたとルフィにこぼした。
暗くて、ひとりぼっちになる夢。大好きな人達と離れ離れになる夢。
たった一人でたくさん泣いて、叫んでいるそんな怖くて寂しい夢を見ていたと鼻を啜る。
「そうか、そりゃ怖ぇ夢だったな」
「うん」
「でもな名前には俺がいるだろ?」
自分だけではないナミ、ゾロ、サンジ、ウソップ。チョッパーにロビンと指折り数える。
「名前には強ぇ仲間がたくさん居るんだ」
「うん」
「ならもう大丈夫だ一人ぼっちになんかなりゃしねぇよ」
今日みたいな事があっても絶対に俺が見つけてやるからとルフィは名前の小さな頭を撫でる。
「本当?」
「おう」
「絶対に?」
「あったりまえだろ」
彼の返答を聞く度に名前の中で恐怖が少しずつ消えていくような気がした。
「怖い夢もう見ない?」
「もし見たら夢の中で俺を呼べよぶっ飛ばしに行ってやるから」
「えへへ、せんちょーすごい」
そんなこと本当にできる確証はないがきっと彼なら、ルフィなら夢の中でもきっと助けに来てくれるそんな気がした。
今日みたいにきっと呼んだらきてくれる。
だからきっともう大丈夫なのかもしれない。

「せんちょ、寝るまで頭よしよしして」
「しょーがねーな」

そうやってトロトロと瞼を閉じる名前の頭を撫でる。その寝顔は先ほどとは違い少し穏やかなものになっていた。

ー傷はいつまでも残り続ける、ただ見えにくくなるだけで。

生きて居る限りずっとそれはそこにある。