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未知なる恋の始まり






ツェッド・オブライエンはライブラに来てからよく溜息を吐く様になった。
その理由は日常のあらゆるところにゴロゴロと乱雑に転がっている。本人の到来も相談もなく成り行きで転がり込む形となった。そこで、HLで起きる奇想天外摩訶不思議な事件を解決する日々を送るはめになったのだから無理もない。
因みにその7、8、否9割はツェッドの兄弟子が占めていた。二言三言言葉のラリーをすれば必ず一度は吐かれ。それを一番近くで見ていたレオナルドからは「ザップさんが居る日と居ない日でツェッドさんの二酸化炭素の排出量が劇的に変わる」と言わしめるほどあった。
そんなツェッド・オブライエンの二酸化炭素排出量の原因不動の一位を爆進していた兄弟子の地位を奪いとらんとする者が数日前に現れたのだ。


朝、目が覚めたツェッドは水槽から出るといつものように身支度を整える、そして部屋の扉に手をかけた。
その先に続くのは、ライブラの事務所。そこで待ち構えているであろう人物を想像し朝一番の溜息を吐く。よし、と気を取り直し、扉を潜った瞬間。弾丸のような速さで己に向かってくる影が映った。ツェッドの目の前でキキッと急ブレーキの音のが鳴るような勢いでそれは止まる。
そこに居たのは、小柄な金髪の少女だった。彼女の青い目はツェッドを見て爛々と輝いており、白い頬は薔薇色に染まっている。一言で言うならばお人形のような容姿の子供だ。
その形の良い唇が開かれると流れ出る言葉の洪水がツェッドを襲う。

「ツェッド!ツェッド・オブライエン!おはよう!今日も君は美しい青い体をしているね、その体は脱皮とかするのかい?季節によって色は変わる?もしそうならその皮を私におくれ!色が変わるなら色の変化がわかるように写真を撮らせておくれ!ねぇいいだろう?ツェッド!」
「脱皮はしません、色も変わりません。仮にそうだったとしても絶対にお断りします」
「そうかそうなのか!ツェッドは脱皮はしないし色も変わらないのだね!新しい知識だありがとう!ところでツェッド!」
「…何ですか」
「おはよう!いい朝だね!太陽は燦々と輝いて君を美しく輝かせてるね!」
「…はぁ。」
「うむむむ?だめだよツェッド!おはようと言われたらおはようと返答をしないと!コミュニケーションだよ。ラテン語のコムニカチオが語源!分かち合うこと共有することなんだよ、私と今日の朝、この空気、太陽の輝き具合、外の銃声のような喧騒をともに分かち合おう、おはよう!」
「名前、オハヨウゴザイマス」
「おはよう!ツェッド・オブライエン!今日も好きだよ!」
少女、名前はムフフと満足そうに笑う。10人が見て10人が愛らしいと言うであろうその微笑みを向けられているツェッドの眉間には皺が刻まれた。今日も一日、このテンションの名前に絡まれ続けるのかと想像し細く長い溜息を漏れていく。
日が登ると共に開始され、私室に戻るまで終わる事のない名前の言葉を浴びるのがここ最近のツェッドの日常であった。
なぜ、そのようなことになったのかそれは名前が何者なのかということから話さなければならない。
まず初めに名前は人間ではない。
だが、異界の住人というわけでもない。
名前は【人形】である。

はるか昔、知恵の象徴とされたソロモンは人形を6体生み出す。
神より与えられた森羅万象の知識を収める為に作られた機械人形。ソロモンは万物の知識を6つにわけ各人形達の中に入れ、自我を持たせた。
人形達は自分たちのことを兄弟姉妹とし、互いで互いに名前をつけてまるで人間のような飯事遊びをしながらソロモンのそばにいたと言われている。ちなみに、名前は彼女曰く末の妹らしい。
しかし、機械人形達はソロモンの死後紀元前922年イスラエル王国が南北に分裂する際に忽然と歴史の表舞台から姿を消してしまう。
神の元に帰ったのかそれとも異界に落ちたのか、はたまた別の何かのところにあるのか、6体の機械人形達の行方は誰も知らない。そしていつしか、空想の物として語り継がれるようになる。
それが、通称【ソロモンの落とし仔】と言われる知識保管庫の歴史だった。その伝説の物が数日前にこのHLで発見された。
異界の住人が行う闇オークションをいつもの様に何件かのビルや道路を破壊させて無事摘発した時の事だ。薬、兵器、古文書、冒涜的な何かを召喚する物だったり、召喚された物だったりと吐き気を催す邪悪しかない物たちでひしめき合っている部屋の片隅に置かれていた寂れた木箱。
出品名簿に目を通してたクラウス、スティーブンはその名を二度見した。そして木箱に【ソロモンノオトシゴ】とマジックで書かれた文字に再び二度見をする。伝説中の伝説と言われている物が雑に保管されているのだから無理もないだろう。
念のためにレオナルドが中を視るとそこにはぎちぎちに詰まった知識という情報や数字の羅列が詰まっていた。なんかすんげー物が中にあるとレオナルドは目頭を抑える。曰く、あまりにも圧縮されている情報の量が多いので数秒で眼精疲労待ったなしと言うことだ。
「レオナルドがそう見えるなら、本物で間違い無いだろう」
「問題は、この落とし仔をどうすべきかと言う所だが、牙狩り本部に渡すのが一番だと僕は思う」
「同感だ、スティーブン」
この世の6分の1の情報が保管されている人形を何が数秒後には起きるかわからないHLに置いておくにはあまりにも危険すぎる。そう判断した2人が本部に連絡しようとした時、目の前でガタンと木箱が動き出した。
「誰か出してー」
B級ホラー映画の再現かのようにガタンバタンと動き出す木箱から聞こえてきたのは幼い声。その声に一番近くにいたツェッドが蓋を恐る恐る開くと中にいた名前パチリと目があう。
彼女はツェッドを見つめると頬を染めて彼の手を取った。
「わぁ、とてもとても綺麗ね!初めまして、君のお名前を教えて!私は名前,ソロモンが作った機械人形!」
「え?」
「私、君に一目惚れしたみたい!」
「は????」
完全に起動をした名前はツェッドから離れようとせず、自分をHLに置く様にして欲しい。おとなしくしているし、なんならライブラの手伝いとやらもしてやると自らを材料にクラウス達に交渉を持ちかけたのだ。断るならどうなるかわかるか?我、知識保管庫ぞ?悪い人のところ行ったら困るでしょ?我、世の6分の1の知識あるものぞ?
言葉にせずとも伝わる言葉にスティーブンは本部に連絡しようとした携帯をしまう。ライブラは猿の手も借りたいほど業務が多い。1人の可愛い部下がちょっと苦労するだけでいいなら断る理由はない。
「クラウス、僕からキバ狩りには連絡をしておく」
「すぐに、彼女の部屋などを手配しよう」
クラウスは未だにツェッドの腕に引っ付いている名前に手を差し出す。

「ようこそライブラへ」

この時はまだ誰も名前のツェッドへの怒涛のラブコールが四六時中行われるなんて想像もしておらず、新しい戦力だと言うくらいにしか考えていなかった。



名前から見える世界は文字と数字の羅列である。例えば食べ物なら、使われている食材やカロリーなどが見えるし、建物を見れば素材や階数、違法建築であるかそうでないかが視認できる。音を聞けばなんの声なのか音のなのかが一瞬で解析ができてしまう。全ての物の【解】がわかるそれがソロモンの落とし仔達だ。己に保管されていない知識は目を閉じて兄弟に呼びかければ手に入る事ができるがそれは兄妹の中でしか知らない秘密だった。
名前はライブラに保護された時に他の兄妹はいない事を聞かされ、慌てて彼らに呼びかけると返事の数は誰も減ってはいなかった。

『兄さん姉さん今どこにいるの?』
『わからない』『同じく』『同意』『同じく』『上に同文』
『なんでわからないの?』
『我々に保管されいる』『知識の中では』『わからない場所』『知識が足りない』『上に同文』
『どうしたらいい?』
『我々に足りない』『知識を』『情報を』『集めてほしい』『上に同文』
『頑張る、だから待ってて』
『ありがとう』『可愛い妹』『気をつけて』『無理はしないで』『上に同文』

名前が目を覚ましてからはや数日が経過した。HLは毎日騒々しい喧騒が街を包み込み名前の知らない出来事も少なくはなかった。
一日を終え床に着く前に必ず兄弟達との会話を行い、新しく手に入れた知識を共有しあう。名前は毎日新しい情報を見つけてくるがその中に彼らを見つける手がかりはなかった。
その日もいつもと同じに情報の共有をしているとある兄弟が不意に『ツェッドとはどんな者だ?』と問いかけてくる。
『何々?』『会話の中によく出る』『気になったのか』『ツェッドの事が好きなのかい?』『マジでえ、マ?』『キャァ!』『恋バナ恋バナ』『兄ちゃん認めない』『kwsk、kwsk』
『ツェッドは青くて綺麗でクールで知的な人なんだ大好き』
『人間?異界人?』『告った?告った?』『兄ちゃん寂しい』『青春、青春』
『毎日好きって言ってる』
『返事はもらった?』
姉の言葉に名前は首を横に振る。ツェッドは名前の大好きに答えてくれたことはない。いつもはぁとため息をつくか、そうなんですかと言うだけだ。言葉が足りないのかと毎日言葉にして伝えるが返ってくる反応に変化はない。
しょぼくれた名前の様子に騒がしかっや兄姉は静かになった。静かになった脳内で一つ上の兄の声がする。
『名前、恋をしたいの?愛したいの?』
『どう言うこと?』
『恋はするものだ、一方通行でもいいけど、愛は育むものだ互いを想い合わないとできない。ツェッドを愛したいなら、ちゃんと彼の気持ちも聞いた方がいい。』
『ツェッドの気持ち』
『名前からもらう情報から彼の様子が見えた、僕は少し困っているように感じた。彼に嫌われたくないだろう?』
『嫌だ!』
『なら、少しだけ好意を伝えるのを抑えてみよう。それとちゃんと聞いてごらん。きっといい方向に行くと思う』
いつも短調な兄がこんなにも饒舌に言葉を告げる。
愛したいなら、相手の気持ちを知らないと。愛とはなんなのか、恋とはなんなのかそれの知識はもちろん名前の中にもあった。
だが兄に言われるまでそれがすっかり抜けていたように思え、自分に恥ずかしくなってしまう。
『嫌われてたらどうしよう』
『大丈夫』『名前は可愛いから』『そんな事ない』『兄ちゃん応援してる』『新しい何かがきっとわかるよ』
『『『『『おやすみ』』』』』



ツェッドはその日もいつものように身支度を整え、意を決して扉を潜る。そして弾丸のように飛び込んでくる名前に身構えるが今日は待てどもその衝撃はない。あたりを見回すと彼女ソファーに腰をかけテレビでカートゥーンネットワークを見ていた。名前は気配に気がついたのか、視線を3人組の少女が飛び回る画面から彼に移す。
「おはよう、ツェッド」
「え、あ、おはようございます」
「今日も頑張ろうね」
「そうですね」
名前の大きな瞳はまた再びテレビの方に戻っていくのを見てツェッドは言いようもない焦燥が体を駆け巡った。理由はわからない、それが何かもわからない。言いようのないそれにツェッドは胸のあたりを撫でる。
一方名前は人間で言うなれば心臓の部分に当たるパーツが弾け飛びそうなほど稼働していた。いつもよりもスマートにツェッドと会話ができているのだと、本当ならばクッションを抱えて床に転げ回りたい衝動を抑えるのに必死で背後の彼がどのような様子なのか全く気がついていない。
今日はこのまま兄の助言に従いツェッドへの告白を少しだけ抑えようそれでおやすみをいう時に一度だけ大好きと言ってみようと静かに拳を握る。
ここで誤算だったのは彼女の少しが少しでなかった事だ。そうして始まった1日は誰が見ても2人の様子はおかしく、普段ツェッドにべったりな名前は彼を視界に入れようとしない。ツェッドはツェッドでいつもよりもため息の数が多かった。
「あのツェッドさん」
「なんでしょうレオくん」
「名前と喧嘩とかしたんスか?」
グシャと手に持っていたハンバーガーがひしゃげ、ポタポタと紙の隙間からソースが溢れる。
「おい、陰毛頭そんな野暮なこと聞いてやんなって」
「ザップさんは何か知ってるんですか?」
「なんも知らねーけど、魚類がなびかねぇから諦めたんだろ、どうせ今頃新しい魚類系を見つけてよろしくやってんじゃネェの?あのぬいぐるみにそんな機能がついてるかしらねぇけどな」
「ホントあんたってデリカシーもクソもないっすね、ツェッドさん気にしない方がいいですよこんな人の言うこと」
ツェッドの脳内では兄弟子の言葉が反響し続けていた。飽きられた。自分は名前に飽きられた?あの砂糖が溶けそうな声で紡がれる言葉を他の誰かが聞いている?自分ものより小さく細い手が他の誰かの手を握っているのか?想像しただけで、なぜか吐き気が込み上げてくる。
すごく、それはすごく。

「ツェッドさんも名前の事ちゃんと好きなんですね」
「え?僕が?」
「まぁ、困ってはいたけど嫌がってはいなかったですよね?だからそうなのかなって」
確かに困ってはいた。あんなにも滝のような愛の言葉を与えられ、どう答えればいいのかわからなかった。だから、端的にしか返事ができなかった。でも、嫌ではなかった。
そうか、あの子の事を
「僕は好きなんですね」
「ツェッドさんってもっと好きな相手にはスマートかと思ったんすけどそうじゃなかったのが意外っす。」
「僕も驚いてます、多分初めてのことなので知識がなかったんです。」
ツェッドの手から流れていたソースはトレーの上で小さな水溜りとなっていた。



エマージェンシーエマージェンシー、兄さん姉さん助けてください。呼びかに返事は返ってくる。
『ツェッド、部屋、呼ばれた。話ある。』
『マ?マ?』『行くしかない』『身だしなみはチェックしとけ』『がんばれ』『上に同意』
『頑張る』
脳内の兄姉達の声援を受けギクシャクとオイルが刺さっていないブリキのような歩みでツェッドの部屋の前に向かい恐る恐るその扉を叩くと中からどうぞという声が聞こえてくる。
ゆっくりと扉を開け中に入るとそこには大きな水槽があり彼はそこにいた。最低限の衣服を身につけた彼の体は普段は隠されたところも今は見えている。その手も足もエラの部分までもがあらわになっており。その姿は本当に
「綺麗。なんで君はこんなに美しいの?どこから見ても死角がないくらいに完璧だよ!」
「綺麗て思ってくれるんですか?」
「もちろん!」
「名前,僕の事どう思っていますか?」
どうしてそんなことを聞くのかわからなかった。毎日毎日告げていたのに。水槽に手を触れる、水の冷たさが硝子を通して伝わってくる。
「好き。大好き。」
持ってる言葉で伝えられないくらいに。それくらいに君は美しくて、綺麗で大好き。水槽に触れている手に影が差す。硝子越しにツェッドが手を合わせていて、目の前にはツェッドがいた。
「僕以外の人に綺麗って言わないでください。好きって言わないでください」
「そんなこと絶対に言わないよ」
「じゃあ、なんで今日は一度も言ってくれないんですか?」
「言い過ぎるのはよくないって、ツェッドが困ってるって兄さんが」
あ、これは秘密だったと口を塞ぐがもう遅い。お兄さん?と首を捻る彼に秘密にしていた兄妹たちの事、昨日の会話の事を彼に告げると。ツェッドは盛大なため息を吐いた。
泡となったそれが上の方に登って弾ける。
「確かに困惑はしました。けど…嫌じゃなかったです。ただどう答えればいいのかわからなかっただけで」
「本当?」
「本当です。」
「私のこと嫌いじゃない?」
「嫌いじゃないです……その、逆です。貴方と同じです」
逆、反対。嫌いの反対。それは好意。ツェッドは私を嫌ってない。ということは、つまり。そういう事だ。
私はツェッドが好き。
ツェッドは私と同じ。
「ツェッド、好き。」
「はい」
「ツェッドは?」
「同じです」
「ちゃんと言ってほしい」
「…僕も名前が好きです」
リンゴンリンゴン。チャペルの鐘が鳴る。速報速報、兄さん姉さん完全勝利だ。我々の勝利だ。脳内に流れるのは有名なあの曲。全力で歌う兄姉の声に思わず吹き出してしまう。水槽の彼がどうしたのだと聞くので、兄姉達が祝福していると告げてあげると。ツェッドは気恥ずかしそうに頬をかく。
「ツェッドはいつから好きになってくれたの?」
「言わないといけないですか?」
「私は言ったもん、教えて欲しい」

「あの日、あの蓋を開けた時からです。」

あのお兄さんと感覚共有とかは
それはないよ、話しかけると答えてくれるだけだよ
そうなんですね。
だからチューもこっそり出来るよ!