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Twitterに綴った小話

注意

★名前変換なし
★嫁ではない第三者視点の話
★失恋のお話。



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恐らくこれがそうなのだろう。
 無意識に胸のあたりに触れる。合わせ目の間に入れていた物がカサりと己の存在を主張してきた。三つ折りになっているそれを取り出して開く。ほのかに白檀の香りがする桜の模様が描かれた和紙はお気に入りの物だった。
 いつかとっておきの時に使おうと決めていたそれに描かれている文字列を読み返す。
 
 ――――まだお名前を知らない貴方様へ。
 

 
 出会いは両親が営んでいる和菓子屋にお客としてあの人が暖簾を潜ってきた春の事だった。
 珍しく体調を崩してしまった母の代わりに店番をしていた私は彼の顔についた大きな傷に思わず目を見開いたのをよく覚えている。陳列してある商品に目を通している姿にもしや怖い仕事をされている方なのかとか、地上げという奴なのかと脳内でさまざまな憶測をしていると、パチリと顔を上げたその人と目があった。
 不躾に見ていたのがバレたのかと身構えていた私に彼はチャリンと数枚の硬貨を棚の上に置く。
「おはぎを二つ貰えるか」
「え、おはぎ?」
 思わずそう聞き返した私にどうしたのだと言いたげに首を傾げる。そうだここは和菓子屋だだからおはぎを買うのは当たり前のことじゃないか。慌てて直ぐに包むと伝えて棚からおはぎをふたつ取り出して紙で包み最後に持ちやすいように紐を結んだ。
 手慣れた母のようにはどうしても出来ず少し不恰好になってしまったそれを彼に渡す。受け取ったその人は直ぐに店内から出る様子はなくて。何か粗相をしたのかと、恐る恐るどうかしましたかと尋ねてみる。
「いつもいる女将さんがいないと思ってなァ」
 だから少し気になったのだと。どうやら彼は何度かうちで商品を買っているようで母とも顔見知りようだ。そう話して心配そうに眉を下げる姿に想像とは違い優しい人なのだと、先ほどまで考えていた事が申し訳なくなる。
「母は今日少し体調が良くなくて」
「季節の変わり目だからなァ、お大事にと伝えてくれ」
「お気遣いありがとうございます。伝えておきます。」
 アンタも気をつけてなと私に告げてその人は店を出て行った。棚に置かれた代金を売り上げが入っているカゴに入れる。脇に置いてある椅子に腰をかけてはぁとため息を一つついた。
 そういえばさっきの人、見た目によらず落ち着いた声をしていたな。他のお客さんとは少し違った雰囲気をしていた等気がつくと彼のことを考えている自分がいた。
 
 何となく何となくなのだが、もう一度彼に会ってみたいと思ったのだ。
 いつもと違ったそんなある春の日の事だった。
 
 
 ●
 
「いつもありがとうございます」
「また寄らせてもらうな」
「はい! お待ちしています!」
 そう言って以前よりも手慣れた様に包まれたそれをその人に渡す。あの日以降、来店してくれた彼に会うことが数度あり今では軽い会話を交わせるようになっていた。
 いつも仕事の帰りに立ち寄るのだとか。
 おはぎも好きだけども甘いものは全般好きだとか。
 そんな当たり障りのないそんな事柄たち。
 ほんのわずかな時間でかわされるその二言三言の会話が最近の楽しみになっていて、今度はいつ来るのかなと思いながら彼の持っていた料金を握りしめていた。すると店の奥から母がひょっこりと顔を覗かせる。
「いつもの人がきたの?」
「うん、さっき来てくれた。また来るって」
 そう言うと母は少し楽しそうな、嬉しそうな顔をして、それは楽しみねと目を細めた。そうだねと返すと何か含んだような笑い声をこぼしてくる。
「何、変な笑い方して」
「いやぁね、娘にも要約遅い春が来たんだなぁと思いましてね」
「は? 春?」
「気になってるんでしょう? あのお客さんのこと」
「何言ってるの! …」
 そんな訳ないでしょと続けることができなかった。何故なら私はまた一度も恋をしたことがなかったから。母の言葉が違うと言えるほどの物が私の中にはない。
 思い返すと店番をする日はいつもより丁寧に髪を結うようになっていた。
 会えた日は少し胸がこそばゆかった。
 会えない日は少し残念に思ってた。
 
「そうなのかな」
「多分ね、突然なるような物でなくて徐々になっていくような物だから」
「お母さんもそうだった?」
「そうよ、ちゃんと自覚したのはね」
 
 その時何故だからいい香りがしたの、きっとあれが初恋の香りだったのよ。
 
 
 ●
 
 確かにその時、桜のようなそんないい香りがしたのだ。
 
「どう落とし前つけてくれるんだァぁ? 餓鬼!?」
「あの、本当に申し訳ありません」
 私は今かなり危機的な状況にいる。
 ことの始まりは五月雨が多いこの頃。今日は久々の晴れ間が顔を見せていた。そのため重い買い物とかをしてしまおうと気合を入れて台車を倉庫から出して買い出しに向かったのだ。
 ここまでは良かった。
 そして、予定通りの品物を手に入れることができたし、今回は少し値切りも成功しておまけまでもらえた。
 ここまでも良かった。
 問題はここからだった。
 帰り道にあるいくつもの水溜りを避けながら進んでいると脇の道から酔っ払いが現れたのである。千鳥足のその人はよろけて私の引いていた台車にぶつかった。
 その拍子に積んでいた荷物の一つが水溜りに落ちてしまいその飛沫がその人にかかり手に持っていた酒瓶が落ちて割れてしまったのだ。
 そうして怒った酔っ払いに因縁をつけられてしまっているのだった。
 弁償できるほど既に持ち合わせはなくて、私にできることはただひたすら頭を下げることしかない。が、私の対応が気に入らないのか相手は永遠と怒鳴ってくる。
 この酔っ払い、体格なども大きいため威圧的に上から怒鳴ってきて動けないし周りの人は誰も助けてくれない。
 もうどうしたらいいのかわからなくて恐怖のあまりに泣き出しそうになっていた時。
 
「その辺りにしちゃどうだい?」
 そんな声と共にあの人が私と相手の間に入ってきたのだ。いきなり現れた彼に酔っ払いは青筋を浮かべるがそんなの全く気にしてないようで。
 淡々と相手を落ち着かせるように話をしている。そうして少しした後相手も納得したのか少し悪態をつきながらも去っていった。
「平気かァ?」
 落ちた荷物を拾ってくれた彼に安堵と一緒に込み上げてくるものをこらえて頭を下げる。
 その瞬間に一陣の風が吹いた。
 五月雨の後の土の香りと一緒に私の鼻を掠めていく香り。
 
「よく頑張ったなァ」
 
 そう言って微笑んでくれるその人に私はどうやら恋をしてしまったようだ。
 
 
● 
 
 恋というものは書物や聞いていたものよりもずっと忙しない物のようだ。
 自覚した瞬間から寝ても覚めてもあの人のことばかり考えてしまい。どうにも物事に手がつかなく。立っていても座っていても鼓動がいつもよりも早いそんな気がしている。
 いても立ってもいられずに私は筆を取ることにした。
 手紙の内容は先日助けてもらったことについてのお礼。
 そして良ければ今度お茶にでもというお誘いを綴ろうそう決めて、引き出しから取り出したのは、とっておきの紙。
 街でふらりと入った店で見つけたそれはいつか特別な時に使おうと思っていた桜の模様が入ったもので。ふわりと白檀の香りがする。
 そうして筆を走らせようとした時に気がついた。
「拝啓……まだお名前を知らない貴方様へ」
 私はまだあの人のお名前を知らなかったのだ。
「できた……。」
 こうして完成したそれを一度読み返してから三つ折りにたたむ。今度いらっしゃった時に渡してみよう。驚かれるかも知れない。困らせてしまうかも知れない。
 だけど、この胸にある感情を抑えておく事ができない。
 畳まれたそれを引き出しにしまう。ほのかに白檀の香りがするそれを見ると何故だか先ほどよりも鼓動が早くなったように思えた。
 あの人が来る曜日は決まっている。明日はちょうどその日だ。つまり勝負は明日。
「どうか届きますように」
 そう祈り布団に潜り瞼を閉じる。あと出来ることは明日を静かに待つことだけだった。
 
 ●
 
 特に何か夢を見ることはなく目が覚めた。
 鏡面に向かって、普段よりも丁寧に髪を結ってみる。
 化粧箱を開けて、普段よりも丁寧に化粧を施してみる。
 鏡面に映る自分は期待と不安が入り混じった顔をして見つめ返してきていた。
「がんばれ」
 そう檄を飛ばしてから昨日書いた文を引き出しから取り出して胸元にしまう。下から母の店を開けるという声が聞こえてきたので一つ呼吸をはいてからゆっくりと降りた。
 
 営業の最中に時折、カサリと音がするそれ。着物の上から一度撫でつつ壁にかかっている時計を見るとあの人がいつも来る時間を超えていた時を指し示していた。
 こちりこちりと変わることのなく秒針は時を刻んでいく。
 その音を聞きながらもしかして今日は来ないのかなと思い始めた頃に、暖簾の前に人影が見えた。
 暖簾を超えて入ってきた人物は今思い浮かべていた彼で慌てて居住まいを正す。
「いらっしゃ……」
 平常心と念じながら開いた口はその続きをいう事ができなかった。
 何故なら彼は今日一人ではなかったから。
 
「足元段差あるから気をつけろォ」
「ありがとう」
 彼に手を取られながら入ってきたのは優しそうな顔をした綺麗な人だった。きっとこの人は彼の大切な人なのだろう。
 だってあんなにも優しい目を向けられているんだもの。そう理解した瞬間のに喉の奥が辛く感じる。
 だめだ、泣いてはだめだ。そう何度も何度も言い聞かせてから改めて口を開く。陳列棚に近づいてきた二人を出迎える
 
「いらっしゃいませ! いつものですか?」
「それと今日はのり団子も包んでもらえるか」
「かしこまりました」
 少しお待ちください、そう言っていつものおはぎとそれからのり団子を取り出して、いつもように包み紙で包み始める。だけど今回はのり団子があるからかうまく包むことができなかった。
 久しぶりに少しだけ不恰好になってしまったそれを彼に手渡す。
「いつもありがとうございます。」
 そう言って渡す時にパチリと彼と目があった。どうしてか目が逸らせなくて。なんとか平静を装いながら、世間話をするように今日はお連れの方がいるんですねと言葉をかける。
「嗚呼、妻だ」
 彼の背後にいる女性がペコリと挨拶をしてくれた。
 なんでもお腹に子供がいてようやく安定期に入ったから散歩として、うちに来てくれたそうだ。ずっと奥さんのつわりが酷くて何も食べれなかったのだけど、うちのおはぎだけ何故か食べられたらしい。
 そうか、あんなに頻繁に三日も開けずに寄ってくれたのは奥さんに食べさせてあげるためだったのか。
「奥さん大切にされているんですね、素敵です。」
「大事な家族だからなァ……今度こそ」
 その後に紡がれた言葉が聞き取れずに聞き返すが、なんでもないと品物の代金を差し出される。それを受け取った瞬間、カサリと胸元のそれが存在を私に思い出させてきた。
 白檀の香りのそれは今の私の気持ちのようにずっしりと重たくそこにいる。
「実弥、そろそろ行かないと」
「そうだなァ、じゃあまたくるぜ」
 彼は実弥という名前なのか。それを呼ぶ機会は私には決して来ることないだろう。
 寄り添うように並んで帰っていく二人の様子は幸せという言葉以外に表すものはないくて。
 だから胸元にあるこれもうちに秘めているそれも彼に伝えてはいけないそう思ったのだ。
 
 ●
 閉店後に片付けを終えて自室に戻る。
 へたりと座り込んで、着物の合わせ目の間に入れていたそれを取り出した。
 三つ折りされているそれを開いて綴られた言の葉は届くこともなくそこにただいる。
 
 ――――まだお名前を知らない貴方さまへ
 
 恋をした瞬間、とてもいい香りがしたと母は言っていた。
 ではその恋が終わった時の香りは?
 ぽたぽたと目から降り注ぐ水によって紙の上の言葉たちは滲んで消えていく。
 消えて、消えて、滲んで一つになって、もうただの黒い海がそこにあった。白檀と墨が混じったこれが。
 恐らくこれがそうなのだろう。
 私の短い恋が終わったその香りは、
 
 ――――私は貴方に恋をしてしまいました。
 
 雨の匂いだった。