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影も暗さもない朝






プライベッターにて掲載した「初夜」の次の日の話。


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雨粒が屋根を叩く音がし意識が浮上するのを感じる。
いつもと違う天井や部屋の香りがした。自分の屋敷でもましてや任務先で世話になる藤の家の雰囲気とも違う。
よくある民宿だ、何故と思ったが昨日の出来事が脳裏をかすめる。
あぁ自分はこいつと、そう隣に手を伸ばすが求めていた温もりはなく手は空を切った。
そこでようやく瞼を開く。宿の者が用意した少し大きめの布団には自分しかおらず、彼女の夏風の姿はなかった。
「あぁ?」
起き上がり見回すが、夜が明けたばかりの仄暗い部屋に彼女の気配はない。
隣の部屋も確かめたがそこには自分の着てきた隊服しかなかった。
まさか、逃げた?機転の利く賢いやつだ。ましてや元柱、自分に悟られることのなく去る事なんて造作もないだろう。
いや待て、なぜこの期に及んで逃げる必要がある。昨日話したことがすべてじゃなかったのか、気が付かれることのなく墓場まで持っていかれそうだった秘密。
【貴方をお慕いしております。】
そう震えるように紡がれた自分への言葉。あれ意外に何か隠していることがあったのか。冗談じゃない、自分がお前に吐いたあれを聞いていなかったのか、
何が何でも逃がしたくない一心で出てしまったそんな夏風へ向けた煮詰めたようにドロリとした感情。あれは己が墓場に持っていこうとした思いの一つである。
それを聞いてお前は答えたのではないのか、だから自分に体を預けてくれたのではないか。
覚醒しきれてない頭がぐるぐると同じような考えを繰り返す。
少しして宿の主人に聞くのが早いと思い至り、廊下への戸に手を伸ばした。しかし、自分が手をかけるよりも先に扉が開く。今まさに探し求めていた人物がそこにはいた。
「あ」
夏風は起きていると思っていなかったのか、自分を見て少し眼を丸くしている。
「どこに行ってたァ」
「湯あみに」
此処温泉が湧いているから朝から入れるらしくて、そう言う彼女の髪はしっとりと濡れており湯あみをしていたのは事実のようだった。なんでこんな早くにと思っていると、言いたいことが分かったのか夏風は手に持っていた手拭いを弄る。
「昨日、あのまま気を失ったみたいだから…その、汗とか色々」
流したくて、そう俯いた顔は少し赤かった。そうだ、昨日彼女があのまま意識を飛ばした後自分も軽い処理を済ませて眠りについたのだ。その返答にそうかと返事を返す事しかできない。
「不死川も入ってくれば?」
広くていいお湯だったよ、そう感想を述べる夏風の頬に触れる。そのまま顎に指を滑らせついっと持ち上げ口を寄せた。重なる瞬間に瞼を閉じる彼女を見て、昨夜はあんなにがちがちだったのにと笑いがこみあげる。
昨夜の名残でこみ上げてきそうな感情を抑え、ゆっくりとはなれた。
「後でな」
そう彼女の濡れた唇を親指で名残惜く撫でながら告げ、部屋の扉をしめる。
自分の傍から消えた訳ではなかったのだと、安堵のため息をついた。


部屋に戻った夏風は窓の近くに腰を下ろし、雨が降っているのをただぼんやりと眺めている。折角湯で温まっただろうに、冷えるぞと言うが羽織を着る様子もない。彼女の背後に座り腕を腹の辺りに回すとそのままポスリと背中を預けてきた。
お互い何も話さずしばらく外の風景を見ていると、不意に夏風が雨が怖いと口を開く。
「怖い?」
「怖いし、嫌いだった。いつもいつも嫌な記憶しかない」


酷く降る日は必ず、嫌な事が起きるの。




子供の時からずっと雨は嫌いだ。
母親が家で客を取っていて、終わるまで弟と外で過ごしていたのだけど、雨の日はそれが無理でいつも押し入れの中で布団にくるまってたんだ。
狭い家だったから、獣のような母親と客の声が全部聞こえてくるの。
私は弟の両耳を塞いでたから全部聞こえて嫌だった。
家を叩く雨の音も、こもる匂いも、聞こえてくる音、感じる何もかもが気持ち悪かった。
客が帰った後あの人が言うんだ、聞かれているといつもより燃えるって嫌な顔して笑うんだ、雨も悪くないって。
だから嫌いになった。

あの人に男に売られそうになった時も雨だった。
あの家を出た時も、弟が死んだ時も雨だった。
鬼殺隊に入って、あの男に誘われた時も、
柱を降りた時も、いつも雨が降っていた気がする。
怖い、次はどんな頃が起こるのかって怯えるのが嫌だった。
自分の無力を感じるのが嫌だった。
だから雨は怖い

「怖くてたまらなかった」




そう吐露され続ける夏風の言葉は恐らく誰も聞いたことのない心の内だ。
今、己は夏風の酷く柔い所に触れているのだ思う。治る事がなく痛み続けている彼女の傷を見ているのだ。
自分の腕の中にいる夏風が酷く小さく感じ、包む腕に力が入る。
これが本来の姿なのだ、酷く優しく、脆く傷つきやすい
本当なら自分の弟と同じく、鬼と関わる事のない場所で生きているべき人間だった。
誰も彼女を守る者がいなかった。
だから夏風はここまで来てしまったのだ。
じくじくと血が流れ続けている傷を抱えて、自分の首に刃を当てながら歩き続けてきた。
「今も怖いか?」
どうしたらいいと聞きたいところをこらえそう問いかける。
夏風は視線を雨から自分に移すと微かに微笑んだ。
「もう、そんなに怖くない。」
多分翡翠を身籠った時から、一人じゃないって思ったんだと思う。だってあの子、ほとんど私に似ているけどやっぱりどこか君を感じるの。
蝶屋敷に預けている自分の子供である赤子を思い出す。夏風に似た男児。そのおかげで今の今まで誰も父親がわからなかった。
自分だって「あんたにそっくりじゃねぇか」と吼える嘴平や匂いや音が似ているという我妻達の言葉でようやく、もしやと疑問に感じるくらいにしかわからないほど自分には似ていないと思うが、彼女からしたらそうではないようだ。
「産んだ日も雨だった。でも翡翠初めて抱いた時に丁度晴れ間がさして虹が見えた。あの時生まれて初めて雨も悪くないって思った。」
きっと、きっとね。自分の頬に夏風の手が伸びてくる。少し冷たくなっていて、やはり冷えてしまったようだ。その手に自分の手を重ねる。


一人で雨を怖がる私は死んだんだ、
君が殺してくれたんだ。





「ありがとう、実弥」


そう重なった夏風からの初めての接吻は少し辿々しくて、酷く愛しかった