×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -







暖かなあさぼらけ



金曜日の三限目が終わった後の事、この時間帯になると食べ盛りの高校生のお腹にも辛くなってくる時間帯。いつもより重いため息をお手洗いで吐く。
朝から少し体調が悪いのはわかっていたけどだんだん頭痛が酷くなってきたように思える。胃のあたりの不快感も正直あるがまだ保健室には行けない。自分に耐えろ気合だと喝を入れて教室に戻ると、同じクラスの心操がやって来た。さっきの数学でわからないところでも聞きに来たのかと思っていたら。
「轟、お前顔ヤバいぞ」
「突然の罵倒」
遂に会話の始め方忘れてしまったかと冗談めかしに言うと彼は軽く呆れたように違うと言った。
「顔色が悪いっていってるんだよ」
お前、今朝から体調良くねぇだろ。嘘とは言わせないと言いたげに私を見る目は結構怖い。心操、目つき悪いの治した方がいいよ。ヒーロー目指すならと思ったけど、兄のクラスにとんでも顔面の奴もいるから関係ないのか。そんなこと考えていると、大丈夫かと心操が保健室行けよと進めてくる。
「今行ったら確実に帰される」
「自分で自覚しているなら尚更行け、倒れられる方が困る。」
彼が言う事も解るしもっともの意見なのだが、まだ帰れない。なぜなら本日提出の課題が終わっていないのだ。二つあったうちの一つは終わっているのだけれど。もう一つがまだで、最後の仕上げの所で必要な資料を借りるため、昼休みに行こうと決めていたのだ。
「先生に言って伸ばしてもらえよ。」
「期限内に終わらせてないのは私の落ち度だし」
こんなこと減点になるようなことはしたくない。いつ特待生を外されるのかわからないので不安な芽は摘んでおくことに越したことはない。ちょっと辛いけど、風邪とかは昔から慣れっこだから我慢だってきっとできる。
「それに、午後の授業で新しい単元に入るから」
大丈夫、今日耐えれば明日は休みだから。まだ引き下がらない心操との話を無理やり断ち切って自分の席に戻ろうとした瞬間視界が歪んだ。
転びはしなかったものの近くの机に慌てて手をつく、ガタガタと思いのほか大きな音が出たようで。周りの子から大丈夫?と声をかけられた。今のでちょっとこみ上げるものがあり手で口を押える。
「轟」
背後から心操の引く声が聞こえてきた。振り返らなくても想像ができる。今彼すごい怖い顔していだろうな。
「保健室行け」



あの後、返事の代わりに頷くことしかできない私を周りの友人が手際よく保健室まで連れて行ってくれ、現在保健室のベットに寝ている。
「風邪だね」
最近はやっているんだよ、検温し終えた体温計をみてリカバリーガールがそう言った。
「この後どんどん熱が上がってくると思うから帰った方がいいね」
「はい」
彼女にそう言われてしまっては食い下がる事は出来ない。課題どうしようと思っているとリカバリーガールが自分から担任に期限を延ばすように言っておくからと言ってきた。
何でその事を知っているのかと聞くと、此処まで運んできてくれた友人たちが私の知らぬ間に彼女に話していたようだ。
「『名前は特待生の課題が終わるまで帰らないと言い張ると思うので先生よろしくお願いします。』だっていい友人を持ったね」
本当に私にはもったいなくらいの子たちだ。家の人にはもう連絡していたらしくもう少しここで休んでいるようにと指示される。
私が何と言おうと返すつもりだったんだろうなと、意外に強引な人だなと思った。
「A組の緑谷といいあんたと言い、無理する子が多いね今年の一年は」
私にお茶の入ったカップを渡しながリカバリーガールは腰を掛ける。A組の緑谷と言えば体育祭で心操や兄の焦凍と戦っていた人だ。自分は彼の様に命を削るようなことはしていないが、彼女からしたら同じようなものだ言われる。
「色々とプレッシャーがあって抱え込むのも解るけど、もう少し周りを頼ってもいいだよ。その風邪もそう言った疲れから来てるようなものだからね。」
あんたが思っている以上に周りは見ているし、認めているよ。
そう笑う彼女の顔は何処か母を彷彿させた。
【名前偉いね頑張ったね】
寝込んだ私に母いつもそういってくれてた。
あれは何時の記憶だろう。

「すいません轟名前の保護者のものです。」
ガラっと保健室の扉が開き、入って来た姉の声で我に返る。
リカバリーガールに姉と一緒にお礼を言家路につく、姉の運転する車のなか携帯を取り出して焦凍に連絡をする。
【早退する】
いちいち送る必要もないと思うが、しなかったらしなかったで後が面倒くさい。携帯を戻し、姉の病院に付いたら起こすという言葉に甘えて目をつむった。

*

【早退する】
四限目の授業が終わり、昼休みになったときに携帯を見ると妹からそう連絡が来ていた。姉からも同じようなメッセージが来ており、病院に行き今は家で寝ているとのことで
【焦凍は心配しないで授業受けな】
遠回しにサボるなと釘をさす言葉でしめられていた。
そんなことはしない、と思う。前科はあるけど。
「轟君どうかした?」
何かあったのかと、携帯を見て動かない俺を見て緑谷たちが声をかけてきた。麗日曰くすごい眉間に皺が寄ってたらしい。
「妹が早退したらしいて連絡が来てた」
それだけだから気にしないでくれと緑谷達と学食へ向い昼食をとるが頭の中では名前の事を考えていた。
入学してからずっと気を張ってるみたいだったからそれで体調を崩したのかもしれない。
今日いつも一緒に学校へ行っているのに先に向かったのは、おそらく朝から具合が悪かったのだろう。俺に顔見られたら一発でばれると思ったのだろう。変だなと思っていたがこういう事だったのか。
多分今日の夜から明日の朝は熱が上がるだろうし碌に食べれたりしないだろうから、何か帰りに買っていくかそんなことを考えていると正面に座っていた麗日の視線を感じた。
「轟君名前ちゃんの事心配なんだね〜」
お箸が止まってるよ、そう指摘され全く食事が進んでいないことに気が付く。気恥ずかしく蕎麦を啜ると緑谷が少し心配そうな様子だ。
「妹さん、あまり体強くないんだよね」
大丈夫?そう眉を下げる。緑谷には名前の身体の事は体育祭のあの時に詳しく話してしまった。その話の内容からの事なんだろう。
大丈夫だ季節の変わり目とかには良く風邪をひいていたからと答え、心配してくれた事に礼を言った。
「特待生だと沢山課題もあるって、聞いたから大変なんだろうね」
「聞いただけで私なんかめまいがしたもん」
「模範的な生徒でなければならないから、プレッシャーもあるのだろう」
立派な妹さんだ。そう、あいつはすごい頑張り屋なんだ。ずっと色々抱え込んでいてそれを自分だけで何とかしようとする。だから少しは
「頼ってほしいんだけどな」
そうこぼす俺の声は三人には届かなかったようだ。


*

頭にひんやりとした感触がした。
【大丈夫、お母さんがいるよ】
母はいつもそう言って私の額に手を載せてくれた。
意識が浮上する、薬を飲んで寝ていたようだ、目を開けるとこちらを向いて座る焦凍が目に入る。ひんやりと思っていたものは彼が右手を冷やして載せていてくれたらしく、だからあれを見たのかと理解した。
「目が覚めたか」
薬持ってきた。そう横に置いていた丸盆を指して、私を起き上がらせる。
起きてわかるが大分熱が出ているようで頭がくらくらとし酷くだるい。薬を飲む前に何か食べないとと言う焦凍に食べたくないと子供じみたことを言ってしまう。
「食べねぇと薬飲めないぞ」
「でも食べたくない、体がだるい」
腕が上がらないと本当に幼稚園の子供かよと自分で自分に呆れる。きっと夢で母の夢を見たから気持ちもそっちに引っ張られているんだ。
少しの沈黙の後動いたのは兄だった。
薬と一緒に持ってきてくれていたおかゆをお椀によそい蓮華にすくって私の方に差し出した。
「口開けるだけでいい、食べさせてやる」
ホラと出されたそれを大人しく口に入れる。いつもなら絶対に断っているのにそう思いつつも自分で器を持とうとは思わない。焦凍もなぜかすごく楽しそうだからまぁいいかと思ってしまうから何時まで経っても妹離れさせられないのだ。
三分の一くらいを食べ終え、薬を飲む。
そしてまた布団に戻ると焦凍はまだ部屋から出ていくつもりがないようでその場から動かない。
「名前が寝るまで此処に居る」
嫌じゃなければ、そう私の前髪をそっと梳いた。その手が思っていたよりもずっと心地よくて嫌ではないと言ったのは、熱のせいだ。
「一人は嫌だから」
近くにいて、うとうとする意識の中そうつぶやいた言葉ははたいして口に出ていたのだろうか。

*

「名前寝た?」
薬と半分以上残ったおかゆの鍋を台所に持っていくと夕飯の支度をしていた姉がいた。俺が持ってきたおかゆの鍋を覗いて結構残してるなぁとそれを受け取った。
「あの子体崩すと全然食べないし、寝れないのよね」
今晩辺りは熱も上がるだろうから一緒に寝るかなとこぼしている姉に自分が変わる事を提案する。
「姉さん明日出かける用事あるんだろ」
自分は、明日明後日休みだから平気だと言う。彼女は少し考えているようですぐには良いとは返してくれなかった。
これはシスコン酷くするのではないのだろうかとか緑谷みたいにブツブツと何か言っているが良く聞こえない。しばらくして結論が出たようで、じゃぁお願いねと言ってくれたので良しとしよう。
【一人は嫌だから近くにいて】
あいつ今までずっとそんなこと思ってたのか。
妹は小さいころかよく風邪をひいていた。その都度母が看病していたけれど、自分に付きっきりでいるのを良しとしない親父をみて、一人で平気と言うようになった。
俺の個性の訓練が始まってからは体調が悪いのを我慢するようになり。母に寝込む自分よりも俺のほうに付いていてと言っていたのを知ったときどうしようもない思いが抑えられなかった。
自分も家族も名前の大丈夫に甘えていた。我慢すれば平気、頑張れば大丈夫そう自分で自分に暗示をかけ続け、凝り固めたあいつの心の内はそう簡単にわからない。
だから、それが今日の様にときたま一瞬でも見えた時、自分はまだ名前を救えるのかもしれないと思えるのだ。
自分の寝る支度を済ませ布団を抱えて名前の眠る部屋に向かう。
静かに戸を開けると薬が効いているのかよく眠っていた。
起こさないように静かに隣に布団を引く、横になる前に名前の額においてあるタオルを新しいものに替えてみる。
全く起きる気配のない様子なのでもしかしたらこのまま朝を迎えるのかもしれない。
「おやすみ」
そう言って、幼いころにしていた二人だけのおまじないをする。起きてたら絶対に怒られるだろうなと思いつつ目を閉じた。


荒い呼吸と止まない咳の音に目が覚める。
眠ってから数時間たったのだろうか、部屋の暗さからまだ朝は来ていないようだ。枕もとにおいてある電灯をつけると隣で寝ていた名前がぜぇぜぇと苦しそうにしている。
簡易的に測れる体温計を使うと表示が39度近くまで来ていた、とりあえず薬を飲ませるために名前を起こす。意識がハッキリしていないのか朦朧としたようで自分に寄りかからせながら薬湯を渡した。
「苦しいか?」
辛いか?と聞くとうんと答え、寒い寒いとこぼしている。彼女の布団と自分の布団に名前を抱える自分ごと包まるがまだ寒いようでぐすぐすとうなっていた。それならと彼女が火傷しない程度に左の個性を使ったところでようやく寒くなくなった様子でひとまずほっと胸をなでおろした。
そのまま横になり汗でへばりついた前髪をよけてやる。
「おかあさん」
妹がこぼした言葉に体が固まった。夢を見ているのか意識がハッキリしてないから解らないが名前は母を求めてそう泣いていた。
おかあさんとぐずぐずと涙を流す姿は幼いころとは何も変わらない。一人は嫌だ怖いと泣く姿はきっと何も変わらなくあのころからそうやって我慢して来たのだろう。
布団を握る手にそっと触れるとそこでようやく名前の目が開いた。
「しょうと?」
「お母さんじゃないけど俺が、お兄ちゃんが傍に、名前の傍にずっといるから」
だからもう泣かないでくれ。そう願ったのは彼女の為か自分の為かはわからなかった。
「焦凍がいるなら、一人じゃないね」
傍にいてね。握り返してきた手は何時も手をつないでいた時と同じで自分の物よりもずっと細くて小さかった。


*

何故双子の兄が隣で寝ているのだろう。
朝目が覚めた瞬間の疑問はそれであった。しかも昔の様に手を握っているのだちょっと良く解らない。混乱していた頭がだんだんと落ち着きを取り戻していき昨夜のことが朧気だがよみがえってくる。
「恥ずかしい」
これ以外の感想がなかった。風邪で弱っていたとは言え子供の様にぐずぐず泣くのはちょっと駄目な気がする。兄も兄で小さいころの様に慰めるし、もしかして彼の頭の中では私はまだ幼い子供なのかなと一つの不安が新たに生まれた。
とりあえずお茶を飲もうと台所に向かうために起き上がる、まだふらつくものの大分熱は下がっているようだ。立ち上がった瞬間に手が外れと焦凍はうなったがまだ夢の中のようで起きる気配がない。
「ありがとう」
そういって布団をかけなおしてから部屋を出た。
まだ朝日が昇ったばかりで姉も起きてはいなかく台所も静まり返っている。お湯を沸かそうと薬缶に水をためていると
「何をしている」
起きていたのか父親が背後から声をかけてきた。予想外のことに驚きを隠せなかったが何とかお茶のみたいからお湯をと答える。
そのまま出ていくのか、用事を済ませるのかと思っていたら座っていろと椅子を指された。その顔が有無をいわさないと言わんばかりの表情なので大人しく椅子に腰かける。
この家で一番台所が似合わないなと思いながらその後ろ姿を眺めていると父が不意に声をかけてきた。
「熱は」
「だいぶ良くなりました。」
そうかと言ってまた何かを作っている。しばらくして目の前に置かれたのは湯飲みに入った暖かな葛湯だった。
微かにユズの香りがするそれは父が作ったと言っても誰も信じないだろう。
「風邪を引くと胃腸があれている。昔からそうだ」
それを飲んだら薬を飲んで寝ろ。そう言って父は台所を出ていった。
一人残された私は湯飲みに手を伸ばし、静かに口をつける。
【昔からそうだ】
看病なんてされた事なかったのに、どうして知っているんだろう。
鳥が忙しなく泣き始める頃、部屋はユズの香りで満ちていた。

暖かい