stardust | ナノ










「あは…は‥」


こんな事って、ありなのだろうか。
取り敢えず、"忍ちん"と呼んでしまった為軽くフルボッコに遭ってしまった私。一応病人なのに。じゃなくて。
どうも事態が飲み込めていない私に、忍ちんが私が倒れていた一部始終を話してくれた。私が知りたいのはそこではないのだけれど、一応耳を傾ける。
どうやらこの口振りからして私と忍ちんは友人みたいだ。
(つーか、もうこの時点でびっくりだよねおかしいよね)
今日一緒に本屋に行く約束をしていて、迎えに来たのに一向に出て来ない私に痺れを切らして部屋に入ったらソファーの前で私が倒れていた、と次々と忍ちんの口が紡ぐ。
それに対して、え、と小さく漏らしてしまうと、不機嫌そうに眉を顰める彼。


(あー、事情はどうであれ、心配かけたんだよね、こっちの世界の私は。)


こっちの世界の私、であっているのかはわからないし、事態も上手く飲み込めないけれど、兎に角彼に心配をかけてしまった事ははっきりとわかる。
そう自覚した瞬間、物凄い罪悪感に駆られる。悪態ついたり、不機嫌さが表情に出てしまうけれど忍ちんは優しい子なのだ。相当心配をかけただろう。


「ごめん、心配かけて。ありがとな」


ぽんぽん、と隣に座っている彼の頭を軽く撫でる。
子供扱いしているみたいで怒られるかな、とも思ったけれど、ただ謝るだけじゃあなんだか自分の気が済まなかった。
かと言って、物凄いなにかが直ぐに出来る訳でもなく、思い付いたのがこれだ。
と言うか、今の私にはこれが精一杯だった。
すると、ムッとしたように更に深く眉を顰めて睨まれた。
これはまずい。怒られる。と身構えるも、何もない。
恐る恐る視線を合わせると、はあ、と溜息をついて呆れた表情に変わる。


「お前さ、自分で叶わない恋だから幸せな姿見てるだけで十分とか言ってたクセに倒れるまで考え込むとか、バカ?」


「え‥…え?」


「本当バカ過ぎてやってらんねー」


「あ、いや、だから」


「なんであんな奴が好きなんだか…わかんねーよお前の好み」


私の顔を一瞥し、また溜息。
全くもって話が読めない。本っ当にわけがわからない。
あの忍ちんの隣に座って会話したり頭撫でたりしたのだって内心若干パニック気味なのに、好きな人、だと?
その人の事考え過ぎて倒れたとか、え?


「つか、ちゃんと飯くらい食べろよな。だから昨日飯行こうっつったのに」


はあ、ともう幾度目かの溜息。
罪悪感は募るものの、頭はパニック気味からパニック状態へと変わる。
兎に角先ずはもう一度謝らねば、と思い眉を下げてごめんと一言謝れば、右頬に忍ちんの手が添えられた。


「なんか、また痩せたな…ゆずる」


さっきの呆れた声色と違って、真剣な声で彼はそう言った。
す、と輪郭に沿って手が頬を滑って後頭部へと回される。


「え、あの、」


「あんな奴、やめとけよ」


真剣な眼差しに、思わずドキッと胸が鳴ってしまう。
然しこれは、まずい事になりそうだ。
待って、と規制しようとした右手が掴まれて、段々と顔が近付いていく。
(ややややっぱり!)
まずい。非常にこれはまずい。
これ、忍ちんとキスフラグですよね。原作以上に綺麗な顔だなんて思ってる場合じゃないですよね。
そりゃあこれ、夢見る(以下略)的なそれからするとかなり美味しい状況だけれど!も!
こ、心の準備が‥じゃなくて、これはいくらなんでもだめでしょう…!


「や、ちょ、待てって、ば」


「やだ」


開いている左手で彼の胸を押す。
然し全く動じもしなければ反応もない。みるみるうちに残り僅か、5cm、
ちらりと外していた視線を向けると、再び真剣なそれと視線が絡まる。
かあ、っと一気に頬が熱くなって、ドキドキと心拍数が上がっていく。
ああ、ヤバい。これは、


「ん、っ」


ちゅっとリップ音が響いた。
唇を合わせただけのキス。
きっと今、私の顔は真っ赤だろう。だって、物凄く頬が熱い。いつもの妄想だとか、夢オチだとかそんなんじゃない。だって、感触がリアル過ぎる。ドキドキと鼓動が早まっている心臓を落ち着かせようと深呼吸しようとすると、後頭部に回っている手がぐっと引き寄せられた。
‥次こそやばい。


「ちょ、だめ、本当やばいって!」


力一杯胸を押して引き離せば、軽く息が上がる。もう色々な意味で死にそうだ。
押されてなのか、出来なくてなのかわからないけど彼の顔がまた不機嫌なものに変わる。


「なんだよ、」


ムスッとした表情でまた睨まれる。
いや、なんだよじゃなくて…!


「いやいやいや、待て。早まるな。お前には教授がいるだろ!」


「だからなに。」


「う、浮気はダメだろ!」


しれっとした感じで答えられて焦った。なんだこの子は。


「お前とアイツは、別。」


はあ、ともう何度目だかわからない溜息をこぼした後に、何回言えばわかるの、と付け加えた彼の顔はとても呆れていた。
(ああもう本当に話がよめない…)
困ったような表情の私を見て再び彼の口から諦めたように溜息が漏れた。


「もういい。それより何か食えそう?」


適当に買ってきた、と後ろにあるダイニングテーブルを指差す。
視線をやれば山積みのスーパーの袋が目に入った。ううん、忍ちんらしいわ。


「…いや、今はいいや。」


「そんな事言ってるとまた倒れるぞ?」


「ううん、大丈夫。今は飯喉通りそうにないし。取り敢えず飲み物だけいただいとく」


ごめん、と言いながらうっすらとスーパーの袋から見えるスポーツドリンクを指して言えば、納得いかなそうな表情をしつつ、わかったと頷く。
笑って見せれば心なしかほっとした顔に変わった。(と、思う。)


「じゃあ、俺は帰るけど、何かあったら直ぐ連絡してこいよ。何の為の携帯かわかんねーし。」


ん、と携帯を手渡される。
ついでに電池切れてたから充電しといた。と付け加えて。
まあ、この世界の私でも携帯くらい持ってるよな、と思いながら受け取る。


「……ヒロさん?」


なんと。
受け取ったそれは現実世界でも持っていた携帯と全く同じだった。
ストラップさえも同じ。まさか。
バッと携帯を開く。待ち受けすら、同じだ。
いや、まさか。兎に角中は後で確認しよう。
取り敢えずありがとう、と声をかけようとしたら、なぜか睨まれた。


「そんなものまであいつの名前かよ、」


ちっ、と舌打ちが聞こえると小声で彼はそう言った。
私がきょとんと彼の顔を見やれば尚も不機嫌そうな顔で視線を逸らす。


「もーいい。帰る。」


「え、あ、うん、ごめん。ありがと。」


くるっとドアに向けば彼は私の言葉を背に、振り返りもせず帰ってしまった。
部屋の中がしん、と静まり返り、頭の中で彼の言葉を復唱する。


「うーん…」


どういう事だろう。もしやこちらの世界の私もヒロさんが?
いやいや、でも私の好き、は恋愛感情ではないぞ流石に。いくらなんでも、うん。
じゃあ私の好きな人とは誰なのだろうか。と色々なキャラの名前を浮かべてゆく。


(やっぱり該当者は一人か…でもなあ…)


悩みながらキッチンへと向かい、グラスを取って忍ちんが買ってきてくれたスポーツドリンクを注ぐ。


(ってゆうか、何気に食器類の場所わかるし。)


なんだかなあ、と思いながらドリンクを飲み干すと、ズキンと頭に痛みが走った。


「ったー…」


ううう、病み上がり、だもんな。
色々あったし、なんだかもう色んな事が追い付いていない。
取り敢えず情報収集は明日にしよう。そうしよう。
うん、と頷けばなぜか把握出来ている自室へと向かう。


(一人暮らし、なんだろーな。ワンルームか1Kくらいでいいのに2LDKって…。つか部屋の内装まで似てるし…)


うーん。また頭痛が酷くなりそうだ。
取り敢えず寝よ。そう思って慣れたようにベッドに潜り込む。目が覚めたら全部ゆめ、だったりして。なんて。
でも夢だったらいいような、そうじゃないような。寝る前に携帯の中、見ておけばよかったかも。
薄れる意識の中、そんな事を思いながら眠りについた。



夢現(ゆめうつつ)
─物語はまだ始まったばかり。




切るに切れなくて無駄に長く/(^o^)\
この辺りがプロローグ的なあれです。次から色々ある、予定!




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