munya | ナノ



「あいしてる」



酷く掠れた、今にも消えそうな声。
切なくも甘さを持ったその声に私の胸はどきどきと鳴って。
放課後の教室の窓から外を眺めてら、耳元でそう囁かれてきゅっと、後ろから抱き締められる。
先生の顔が肩に埋められて、先生の体温が全部伝わってきた。



「なに、どしたの」

「ん、あいしてる」

「うん、知ってる。で、どうしたの、誰か来たらどうするのー?」

「ああ、うん」



お腹に回る手に自分の手を添えて問い掛けた。でも返って来たのは、教えて欲しかった答えじゃなくて。
明らかにいつもと違う。どうしたんだろう、と顔を窺おうにも回された腕にがっちりと掴まれていて身動きがとれない。
何を問い掛けても無言のままで、仕方ないからそのままでいるとしよう。
静かになった教室の中。カァカァと鳴く鴉の鳴き声と、窓から見えるグラウンドから部活中の運動部の声が聞こえる。幸い3階の教室だから向こうからこっちが見えることはないだろうけど、見つからないかと冷や冷やする。



「銀ちゃーん?」



然し流石に、と思って名前を呼んでみる。が、また返答なし。んん、大丈夫なのかな。
でも、とくん、とくん、と身体を伝わって聞こえる先生の心臓の音が心地よくて、暫くこのままでもいいかななんて。
そう言えば最近お互い忙しくてこうして一緒に居る時間ってあまりなかったな。
会えても学校で、然も授業中。放課後も会えないし、週末も何だかんだで擦れ違い。
うわ、やばい、見つかったら大変だけど、なんか今しあわせかも。



「名前」

「ん、あ」



ひとりで幸せに浸っていると不意に名前を呼ばれた。
お、っと思って先生の顔を見ようとしたら首筋に唇が当てられた。ちゅっ、と小さく音を立てて、ちくっとした痛みと共に付けられたそれにまた唇を寄せて、ぺろりと舐められる。
久し振りの感覚に小さく声が洩れてしまった。



「やらしー声」

「…だれのせいだよ、んう」

「ん、さあな」



私の言葉を遮ってキスすれば、にやりと悪戯に笑う。むかつく。けど、好きなんだよな、この顔。
いつの間にか緩まっていた腕に気付いて、向き合うともう一度私から口付ける。すると先生は優しく微笑んでくれた。
それが嬉しくて、柄にもなくえへへ、と私も笑ってしまった。



「かわいーなァ、お前は」

「ありがと。で、どしたの、銀ちゃん。」

「銀八。」

「え?」

「銀八って呼んで」

「…銀八、」



微笑っているのに、あまりにも寂しそうな声。
どうしたのか全然判らなくて、言われた通りに名前を呼ぶしか出来なかった。
呼び捨てで呼ぶなんて慣れてないから、なんだか恥ずかしくなって自分でも頬が赤くなるのが判った。すると、先生は満足そうに笑みを浮かべて、私の腰に腕を回してまた抱き締めてきた。



「もう、なんなの銀ちゃん」

「んー」

「んー、じゃわかんないよ」

「…充電中。」

「なにを?」

「名前を」



足りてないから、って言えば先生の抱き締める腕に軽く力が入って、擦り寄ってくる。寂しかった、なんて珍しい事も言って。
先生の方が大きいから、抱き締められると私の身体は先生の身体にすっぽり収まってしまうので、擦り寄って、って言う表現はおかしいかもしれないけど。
でもその行動がなんだか猫みたいで、自然と顔が綻ぶ。よしよしと頭を撫でてやれば、んーと気持ちよさそうに声が聞こえる。
私を充電中とか寂しかったとか、可愛い事言ってくれるじゃん。
あ、だめだにやける。



「じゃあ、私も充電してやるんだから」



全然足りないもん。って呟いて腕を回せば教室なのも忘れて、キスの雨が降り注いだ。
ああもう、好きすぎる。私を抱き締めるその手も、私を見るその目も、唇も、名前を呼んでくれる声も全部全部。
先生が言うその充電が終わる前に、どうにか背伸びして耳元で囁いて、ぎゅっと抱き返した。



「銀八、愛してるよ」



今だけは此処が教室だとか、先生と生徒だとか忘れてもいいよね。
まだまだ充電、終われないから。




只今充電中







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※20080607







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