シズちゃんと喧嘩した。そんなの日常茶飯事だし、しばらく口論でも続けていれば事態は収束するだろうと思っていたのだけど、そんな考えは甘かったらしい。

「死ね!シズちゃん!」
「うっせえ!てめぇこそ死ね!そんなに言うならてめぇとは別れる!」
「あっそ!いいよ別に。じゃあねシズちゃん。バイバイ」

シズちゃんはデリ雄が座っていたソファーを蹴飛ばすと、俺に目もくれず部屋を出ていった。

「臨也、どーすんだよ」
「別に。勝手にすればいい」
パソコンを立ち上げていつものように仕事を始める。俺は悪くないし、シズちゃんをほったらかしたままパソコンを触っていると、急にいい加減その仕事やめろ!と言ってキレだしたのはシズちゃんだし。デリ雄はセクハラはいつまでも止めないものの、シズちゃんと違って何度も言ったら仕事の邪魔はすることはなくなった。デリ雄より物分かり悪いなんてシズちゃんの頭は相当残念なものらしい。

「ふーん。俺は別にいいけどな!臨也がフリーになったら俺にもチャンスが増えるわけだし」
嬉しそうに笑うと、ボソッと「やりたい放題してもお咎めないしな」と言うのが聞こえた。バカだな、デリ雄。なんでシズちゃんが居なくなったからって何してもいいことになるんだよ。本人の意志が一番じゃないのか?
でも、まさかシズちゃんが別れる!なんて言い出すとは思わなかった。俺も勢いで勝手にしろ!なんて言ったけど、本当に出ていってしまうとは。しかも、デリ雄を残して。何度も俺がデリ雄の被害にあってからは、滅多に俺とデリ雄を二人にさせなかったのにね。
うまく纏まらない思考に、いちいちキーボードを打つ手が止まる。クソッタレな仕事といえど、俺は俺なりの責任を持ってやっている。期限の日付を思い出して、まだ猶予があること確認してパソコンの電源を落とした。

「終わりか?」
「うん…って、うわ!何だよ!」
立ち上がった瞬間に抱きつかれ、後ろに転けそうになった。なんとか持ちこたえたものの、ぐりぐりと頭に頬ずりされすごく居たたまれない。

「ちょっと、デリ雄…離せよ」
「断る。静雄もいない、臨也と二人きり、この状況で何を我慢すればいいんだよ」
「だから、本人の意志は無視なわけ!?とりあえず、晩ご飯つくるからどいて」
「俺のも?」
「え?うん」
そう言うと、珍しく素直に体を解放してくれた。真剣な顔でちょっと待ってろ、と言うものだからなんだろうと思って待っていると、ソファーのクッションの下から何かを取り出して、こっちに持ってきた。

「なに勝手に人の家に物隠してるんだよ…」
「はは、ローション忘れるような静雄と違って俺は準備に抜かりはない!」
デリ雄の言葉を無視して、手渡された袋を開くと出てきたのはヒラヒラのエプロンだった。薄いピンクで、これでもかというほどフリルがついているそれに首を傾げる。

「つけろって?」
「ああ!」
メイド服とか、女装とかを強いてくるデリ雄にしては珍しく簡単なお願いだ。こんな可愛らしいエプロンをつけようが、今この場にいるのはデリ雄だけなのだから、とくに抵抗はない。日頃受けているセクハラに比べればこんなのお安い御用だ。エプロンを着用しようとすると、腕を掴まれた。

「なに?」
「違うだろ、臨也。なんで服着たままなんだよ」
「…ああ」
なるほど、やっぱりな、なんて思ってしまうくらいコイツの変態さに慣れてしまった自分に嫌気が差した。

「やだよ。なんで裸にならなきゃなんないのさ」
「裸エプロンってのは、男のロマンだろ?静雄と一緒に臨也にメイド服着せたりして楽しむのもなかなか良かったけど、やっぱり俺の中で一番なものは俺だけのためにしてもらいてぇじゃねぇか。だから、わざわざ機会を狙ってたんだよ。ほら、脱げ」
くいくいと俺のシャツを引っ張る手にため息をついた。キラキラと目を輝かすデリ雄は、本当に可愛い。俺がデリ雄を甘やかす原因は、たぶんこれだ。

「わかった、脱ぐから。でもパンツくらい履いててもいいだろ?」
「…ああ」
一瞬黙り込んでから、期待通りの返事をしたのでホッとした。パンツまで脱ぐのは、流石の俺も恥ずかしい。デリ雄の熱視線が気になるが、その場で手際よく服を脱いでエプロンを首にかけた。あとは、後ろで蝶々結びをするだけなのだが、エプロンなんて普段はつけないからうまく出来ない。

「俺が結ぼうか?」
「ん、じゃあお願い」
後ろを向いて結んでくれるのを待っていると、腰をするりと撫でられた。…嫌な予感がする。逃げようとした瞬間、パンツをずり下げられた。太股の間で引っかけたままにされたせいで、バランスを崩して後ろに倒れ込んだ。デリ雄が支えていたお陰で尻餅をつかないで済んだけれども、そうこうしているうちにパンツを足から抜かれてしまった。

「なんで脱がすんだよ!パンツ返せ!」
「やだね」
見えないように前を片手で押さえているから、取り返そうにも片手じゃおぼつかない。

「没収ー!」と言いながら俺のパンツをスーツの胸ポケットに入れると、俺の体に手を回してただ抱きしめられた。これはもう至上最悪のセクハラ、いやレイプされるな、と覚悟していたから気が抜けた。まぁ、太股を撫で回されるくらいはいつものことだからね。

「どうしたの?」
「いや、今、臨也のこと襲えば男が廃る気がして」
「今更なに言ってるんだよ」
くすくすと笑うと、腰を持ち上げられて向かい合わせで足の上に座らされた。顔を見ると今まで見たことないくらい神妙な面持ちをしていて、ちょっとだけびっくりした。

「静雄…」
「ん?シズちゃんが何?」
「『静雄』って言う度に臨也が泣きそうな顔するから」
そう言って労るように頬を撫でられて、息を飲んだ。自分のなかで我慢していたのに、指摘されたら制御が効かなくなってしまう。追い打ちをかけるように、泣いてもいいんだぞ、なんてどっかの誰かさんによく似た声で優しく言うから、涙が止まらなくなった。本当は別れる、という言葉は辛かった。自分は冗談で言えても、シズちゃんに言われる別れの言葉は嘘でも本当でも、俺の心臓をギュッと握り潰した。素っ裸にエプロンなんて格好をしている男がわんわん泣いている光景なんて考えたくもないけど、デリ雄が頭を撫でてくれるからそんなことはどうでもよくなった。

「デリ雄が、こいびとだ、ったらよか、たのに」
「そうだな、俺だったらこんな風に泣かせねぇもんな」
「しずちゃ、好きって言ってくれない…し」
「俺の方が言ってるよな」
「別れる、なんて、俺…引き留めていいか、わからないし」
「でも、好きなんだろ?」
その一言に、ちょっと躊躇ったあと頷いた。それを見て、デリ雄はため息をつくとズボンのポケットから携帯を取り出して電話し始めた。

「おー静雄?」
『…なんだよ』
距離が近いからシズちゃんの声が漏れて聞こえる。

「俺まだ臨也の家に居るんだけど」
『…へぇ』
「臨也のこと貰っちゃってもいい?」
『…勝手にしろ』
投げやりな言葉に、収まったはずの涙がまたちょっと流れた。いつもなら、人のモン取ったら殺されても文句ねぇよな!くらい言ってくれたのになぁ。

「言ったな?言質とったからな?最後にちょっとだけ、臨也に替わってやる」
押しつけられた電話に、発する言葉を探したけどいつもの俺は何処にいったのか、何も思いつかない。なんとなく、シズちゃん、と名前を呼んでみたけど酷い涙声だった。返事も聞こえない。俺が何も話せないと分かったのか、携帯を自分の耳に戻してじゃーなーと言って電話を切ると、電源まで落としてソファーに放り投げた。そして横抱きにされ、寝室に連れていかれた。

「デリ雄、もしかして本当にヤるの?」
「バカかてめぇ、やらねーよ」
ベッドに寝かされて、さっき脱いだ服を渡された。くしゃくしゃと髪の毛をかき混ぜ、頭をぽんぽんと叩かれた。

「俺が静雄に話つけてきてやる。どうせ喋れねぇだろ?だから、ちょっとここで寝てろ。な?」
今まで見てきた変態くさい行動はなんだったのか、というくらい男らしいデリ雄をちょっとだけかっこいいと思ってしまった。ただ、ちゃんとヨリ戻ったら裸エプロンやってくれよ!と言ってきたので、やっぱりデリ雄はデリ雄だった。


目が覚めるとシズちゃんが居た。心なしかちょっと落ち込んでいて、俺が起きたのに気付くと「悪かった。」と言って抱きしめてくれた。つい勢いで言ってしまったとか、別れたくないとか、パソコンばっか触っているから腹が立ったとか。言い訳みたいな、理由みたいなものを言われて、真剣に謝られて「シズちゃんのバカ」とだけ答えた。デリ雄がどんな話をしたのかわからないけど、なんとなくいつもよりシズちゃんが優しかった。


そのあと裸エプロンで晩ご飯用意させられて、デリ雄が「独り占めしたかったのに!」と騒いで、過剰なセクハラをしてきたしパンツも返してもらってないけど、今日ばかりは見逃してあげることにした。




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