シズちゃん×いざにゃん
いざにゃんが暴挙に出ます






飼い猫と喧嘩した、と言えばみんなが「お菓子あげて機嫌とればいい」と言うと思う。俺もそうしたいのは山々だし、そんな簡単に機嫌がとれるのなら苦労はしない。なぜなら、うちの猫はわがままで気まぐれで頑固で、なにより言葉を喋るのだから。臨也と言う名前は自分から名乗ってきたし、猫といっても見た目は人間に近い。頭に猫耳、しっぽ、鋭い爪、舌がざらざらしている以外は見た目も中身も完璧に人間なのである。


きっかけは些細なことだった。テレビのチャンネルのことだったか、その日の晩ご飯の魚に臨也の苦手な目がついたままだったか。いつものように喧嘩して、俺のことを「化け物!」と罵るから、「お前の方がよっぽど化け物だろうが!!」と言ったら、拗ねてソファーの上で丸まっている。いつもは喧嘩しても、すぐに「飽きちゃった」と言ってカーペットの上で丸まったり、俺の膝に頭を置いてすり寄ってきたりするのに珍しい。

様子を窺うと、尻尾は垂れ下がり耳もへにゃっとしている。臨也は感情を顔には出さないが、尻尾や耳を見ていればだいたい何を考えているのか分かる。嬉しいときは耳がピクピクと動くし、怒ったときは毛が逆立つ。そんな風にいままで観察してわかってきたのだが、今回の反応は前例が無いからイマイチよく分からない。拗ねてるのか、もしかすると怒っているのか?
でも、俺は謝る気は無い。そもそも俺がキレるのはコイツが挑発してくるからであって、機嫌が悪くなったとしても自業自得だ。

晩飯の片づけを終えて臨也が居るソファーの反対側に腰を下ろす。テレビをつけようとリモコンを掴むと、ゆらゆらと揺れる黒い塊が目に入る。臨也の尻尾が所在なさげに揺れているのだが、正直うっとうしい。チッと舌打ちすると、一瞬静止したあとに、ぱたりと音を立ててソファーの背もたれに落ちてさっきのように動かなくなった。俺に謝れ、とでも言っているかのようでさらにイライラする。俺が折れたらそれでいい話だが、俺だって頑固なので謝罪なんてしてやらない。


時計を見てそろそろ寝るか…と思ってテレビを消そうとリモコンに手を伸ばした瞬間に、臨也が突然跳び起きた。どたどたと音を立ててキッチンに向かうと、なにやらガタガタと暴れている…のか?キッチンを覗くと戸棚の引き出しが上から順にひっくり返されていて、びっくりした。喧嘩していたことも忘れて、何してんだ、と声をかけると臨也の手が止まった。

「ハサミが無い。」

ハサミ?キッチンバサミを探しているのだろうか?まだ臨也が開けていない引き出しを開けてハサミを取り出す。臨也が俺の手から奪う前に背中に隠すと、すごい目付きで睨まれた。

「貸せよ、それ」
「断る。これ持って暴れられたら困るからな。何に使うんだ?」
「切るんだよ」

なにを?という意味をこめて首を傾げると、臨也が俺から目を逸らした。今日は本当に様子がおかしい。耳を二三度ぴくぴくと動かすと信じられないことを言い出した。

「耳と、尻尾」
「…え?…はああああああ!?」

ほら、言ったんだからよこせよ!と俺からハサミを奪おうとする臨也から必死で守る。ついに頭おかしくなったのか?臨也の手の届かないところにハサミを置いて、暴れる臨也の腰を掴んで持ち上げると、そのままリビングに向かいソファーに腰を下ろす。

「なんで急にそんなこと言い出すんだ?」
「別にいいだろ!ほら、離せよ!」
膝の上で俺の腕から逃げようと足掻くので、落ち着けようとするのだが、なかなか静かになってくれない。人間よりも鋭い爪で引っかかれ、ついまた舌打ちをしてしまった。すると途端に臨也が大人しくなった。ごめん、と言いながら引っかかれて血が滲んでいるであろう頬をぺろぺろと舐められる。今までナイフで切りつけても謝ってこなかった奴に、無意識にやってしまった小さいひっかき傷で何度も謝られるというのは調子が狂う。ごめん、ごめん、と何度も言いながら縋るようにシャツを握られ、皺になっちまうとは思ったが、何も言わずに抱きしめてやった。

「ごめん」
「もういい、俺は頑丈だし。で、なんで耳とか尻尾切るとか言い出したんだよ。」
「…化け物だから」
こいつには珍しく、言い澱みながら吐かれた言葉に呆然とした。化け物だから?しばらく黙考し、思い当たる言葉を思い出した。

「俺がてめぇのこと化け物って言ったからか?」
臨也は何も言わなかったが、尻尾が大きく揺れたのでたぶん合っているのだろう。まさか、俺のそんな一言でここまで思い切った行動をするとは思わなかった。猫耳だからといって、痛覚が無いわけではない。耳や尻尾なんて敏感なところを麻酔なしで切るとなったら相当な覚悟が必要だろう。俺の何気ない一言でそんだけ傷つけてしまったのかと猛省するとともに、臨也は俺のことよっぽど好きなんだな、なんて思ってしまった。何だこれ、恥ずかしい。

「お前だって俺のこと化け物って言うじゃねぇか」
照れ隠しにまた意地の悪いことを言ってしまった。体を強ばらせたので、髪を梳くように撫でてやるとぼそぼそと臨也が俺の肩に額をあてて喋りだした。

「だって、シズちゃん化け物だし。でも、人間だし。シズちゃんは化け物でも人間だから逃げ場はあるけど、俺は本当の化け物だから。」
「…」
「耳切って、尻尾切って、爪も駄目なら剥がして、それで人間になれるなら俺はどれだけ痛くてもそうする。だって、シズちゃんにまで化け物なんて言われたら俺はどうしていいか分からない。…自業自得だけどさ。」
「わりぃ」

ぱたぱたと落ち着きなくクッションを叩く尻尾を見ながら、頭を撫で、毛に覆われて柔らかい耳にキスをする。すると、ぐりぐりと頭を肩口に押しつけてのどを鳴らす。いくら怪我をしてまで見た目を変えたところで中身は臨也なのだ。俺が化け物なんて言ってしまったのは売り言葉に買い言葉であって、俺は臨也が好きなのであって。

「そのままでいろよ」
口下手な俺は上手く何も言えないので、そう言ってさらに強く、細い体を潰してしまわないように抱きしめる。

黒い尻尾が返事をするように俺の手を撫でた。






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