携帯で時計を確認すると、ちょうど10時をまわったところだった。こそこそと合い鍵を取り出し、音を立てずに部屋の中に入ると案の定、電気は一つもついていない。俺が居ないときは小学生並に早い時間で寝るのできっと今頃は布団の中、夢の中、だ。いつもはこんなことしないけどなんとなく暇だった俺は夜這いしようかなー、なんて軽いノリでシズちゃんの家までやってきたのだ。

足音を立てずにいつも布団が敷いてある場所に向かい、静かに布団のなかに潜り込んだ。なんとなく、今日はえらく手前の方に敷いているなとは思ったが、敷き布団なのだからたまにはそういうこともあるだろう。そっと隣にある温もりを撫でると、どうやらこちらに背中を向けているらしかった。シズちゃん…絶対驚くだろうなぁ。びっくりした顔見るの楽しみだなぁ!狙いを定めて背中に抱きつくと、もぞりと体が動いた…んだけど。なんとなく違和感を感じた。細すぎるし、なにやら匂いが違う。煙草臭くない。

「臨也さん…?」
静かに呟かれたその声にハッとする。
「か、幽くん!?」
急いで手を離そうとすると、幽くんが体をこちらに向け、俺に覆い被さってきた。

「えええ…んんんんんっ!」
大声を上げた瞬間に口を手で塞がれてしまった。一体なんだこの状況は!シズちゃんがいるであろう方向に視線を向けてみたが何の物音もしないので、たぶんまだ寝ているのだと思う。

「臨也さん」
小さい声で名前を呼ばれ、視線を戻すとぼんやりとシズちゃんによく似た顔が見えた。さすが俳優なだけあって、無表情でも綺麗な顔だ。って近い近い近い!!

「んんん!」
空いた手で顔を押し退けると眉をぴくりとも動かさず、なぜですか?と言われた。こっちがなぜですか?と問いたい。俺の口を押さえてない方で顔を掴んでいる左手を退けると、また顔を近づけてきたので右手でまた顔を押さえつける。顔が離れたので手を下ろすと、今度は耳元で、
「僕の布団に入ってきたということは、何されてもかまわないんじゃないですか?」と囁かれた。
そんなわけあるか!!間違えただけだ!じたばたと暴れると、両手を頭の上で押さえつけられた。抵抗できなくなったのをいいことに、俺の首筋に顔を埋めるとちゅっと音をたてて吸いついた。これはもしかしなくても、キスマークつけられてる…?しかも、その吸って赤くなっているであろう場所をなだめるように生暖かい舌が這う。

「んんん!」
「ん?気持ちいいでしょう?」
違う!無理矢理されて気持ちいいわけ無い!という俺の叫びはくぐもって意味のない音になっただけだった。思う存分に俺の首を蹂躙したあと、顔が下がってやっと終わったかと思いきや、服の上から胸を吸われ、予想していなかった感触につい鼻からぬけるような声をだしてしまった。一体何がしたいんだよ幽くん…。君にはかわいい彼女もいるし、そもそも俺は男だし君のお兄ちゃんの恋人だし?ノミ蟲だし、もやしだし食べてもおいしくないよ?と意味不明なことが頭の中を埋めていく。あああ、落ち着け俺。いや違うな、落ち着くべきは幽くんだ。
混乱した頭の中を片付けようと深呼吸すると急に目の前が真っ白になった。間を置いて、ああ電気がついたんだな、と気がつきホッとした。目が慣れてきて、辺りを見渡すとシズちゃんがスイッチに手をかけたまま固まっていた。それを見て俺も固まった。ぺちゃぺちゃと俺の乳首を舐めている幽くんが立てる水音が、すごい非現実的なものに思えた。それにしても、いつまでやってるんだ幽くん。

「かすかぁ…」
シズちゃんのドスの利いた声にやっと顔をあげたかと思うと、やはり無表情のままシズちゃんの方を向いた。俺の両腕を解放し、口から手を離した。ついでに上から退いてくれたらうれしいんだけどなぁ。

「どうしたの、兄さん」
「幽…いくら幽でも、臨也を好きにするのは許さねぇぞ…」
「臨也さんが、いいって言ったんだ。」
「言ってない!」
何しれっと嘘ついてるんだ…!君と俺なら、シズちゃんがどっちを信じるかなんて火を見るより明らかじゃないか!横目でシズちゃんを見ると、凄い凶悪な顔で俺を睨んでいました…。ああ、さよなら、俺。

「臨也くーん…あとで覚えとけよ」
そう言ってニヤリと笑うシズちゃんに寒気がした。俺、悪くないのに!

「とりあえず幽、臨也の上から降りろ」
幽くんは何もいわずに立ち上がると、シズちゃんの方を向いて「兄さん。小さい頃に兄さんのものは俺のもの、俺の物は兄さんのものっていったよね」と言った。えぇー…。そういう理論で俺を襲ったのかと思うと頭が痛い。シズちゃんもシズちゃんで、唇を噛みしめて悔しそうな顔をしている。なんなんだこの兄弟…大丈夫か?

「それは…でも、臨也は駄目だ!今まで散々俺の彼女喰ってきただろ?それは全部許してやる。だから臨也だけは駄目だ!」
俺はシズちゃんの発言に打ちのめされた。俺を思ってくれているのはよく分かった。でもさ、今まで幽くんに彼女寝取られてきたってことは、シズちゃん彼女いたの?しかも今の言い方じゃいっぱい居たよね?おっと、びっくりしすぎて目から塩辛い液体が。

「ほら、臨也さん泣いちゃったじゃないか。」
なにがホラ、だ!幽くん頭大丈夫なの!?腹が立ったので、滲む視界で頭の下にあった枕を投げた。

「…大丈夫?兄さん。」
「臨也ぁ…」
…やばい、シズちゃんに当たった。
どすどすと音をたてて俺に近づくと、襟元を掴んで持ち上げられた。

「あぁん?なんだ臨也。俺が嫌いか?幽のほうがいいのか?」
「ちがうし!シズちゃんの方がいい…じゃなくて、シズちゃんじゃないと駄目なんだよ馬鹿!死ねよ馬鹿!馬鹿!」
青筋を浮かべた顔にむかって悪態をつくと、目にも留まらぬ勢いで抱きしめられた。シズちゃんの胸板に当たった瞬間に、俺がぐぇっと呻いたのは無視された。

「よかったじゃないか、兄さん。凄く愛されてるみたいだね」
なんだ、その俺のおかげでわかってよかったじゃないか的なニュアンスは!シズちゃんもシズちゃんでおう、なんて照れながら言っているのが頭上で聞こえた。イライラしてナイフを腹に刺すと隣で幽くんが「イザデレだよ」と言うと「おう」と言いながら俺の頭をさらに胸に押しつけた。


「じゃあね兄さん、臨也さん。」
「じゃあな」
ばたん、と扉が閉まるのを横目に見ながらシズちゃんの布団に頭まで潜り込む。俺たちの邪魔をしたくないから、と先ほどの行動とは矛盾した言葉を残して幽くんは去っていった。

「おいノミ、いやミノ蟲。布団の中で丸まってないで出てこい」
「イヤだよ」
布団の端を握っておくという俺のささやかな抵抗も空しく、問答無用で掛け布団を奪われた。何をするのかと思ったら、俺の横に添って寝転がるとまた布団を被った。

「なんで今日来たんだよ」
「別に…」
会いたかった、とは口が裂けても言わない。でも、勘がいいこいつは俺の態度を見て気づいたらしく、優しく抱きしめてきた。俺も抱きしめ返し、シズちゃんの感触を確かめる。やっぱりシズちゃんの方が筋肉があって細いだけじゃなく、抱き心地がいい。煙草の匂いが混じった独特の匂いを、肺一杯に吸い込む。

「おい」
「ん?」
「このキスマークなんだ」
「あー幽くんが。それよりも、電気消して寝ようよ。俺もう眠い」
シズちゃんから離れて明かりを消しにいこうとすると、布団の中に引っ張り戻された。

「おい、やられたの乳首だけじゃないのか?」
「あー首も舐められたかな」
「は!?臨也くんよぉ、無防備すぎるんじゃないのか?」
「なんだよ、そっちは彼女いたくせに」
「ああ!?それは関係ないだろうが!」
「関係あるし!馬鹿!」
すねをおもいっきり蹴ると首に軽く歯を当てられ、怖くて動けなくなった。シズちゃんに噛まれたら血を見ることになる。ぎゅっと腕に力を入れると、歯を離してくれた。

「まぁ、お互い様だろ?と、いうわけで」
俺から腕を離し、起きあがると電気を消して戻ってきた。

「お望みどおり、抱いてやる」
…夜這いにきたこと、見抜かれていたのか。獣みたいな色をしているであろうシズちゃんの瞳は影になって見えなかった。


今日は色々ショッキングだったが、俺は「幽くんは危ない」という事実だけを覚えておくことにした。









―――――
幽は何がしたかったのか→お兄さんが好むものが気になっただけ。
ごめんなさい…これが私の全力の平和島サンドです…
幽くんがぷっちん壊れ気味というより、壊れていらっしゃいますね。すみません。
リクエストありがとうございました!
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