「ねぇ、シズちゃん」
「あ?」

金髪でイケメンでスタイルもいいコイツは許しがたいことに頭までいい。シズちゃんは半年ほど前に親が連れてきた家庭教師だ。俺が目指している大学の2回生で、あの俳優の羽島幽平の兄である、ぐらいしか情報は持っていない。俺の情報網を持ってすれば、彼の過去とか彼女の有無だってサクッと分かる。でも、そうしたくは無かった。悔しいことに、俺はシズちゃんに恋をしてしまったのだ。

初めて会ったのは、高3の4月になってすぐのこと。親がどこの大学に行きたいのか、と聞いてくるから名前の知れた大学の名前を口にすると、その大学から家庭教師を連れてきた。それが、平和島静雄。
初めて見たときからかっこいいとは思っていたが、1ヶ月も経たないうちにノンケな自分が男に恋をするとは思っていなかった。

「ここの答えは?」
「0」
「途中計算は?」
「そこに載ってるだろ」
難しい問題も聞けば絶対答えが返ってくるし、間違えたことなんてほとんどなかった。今の問題も、星が5つもついているのに簡単に答えて見せた。でも、解き方を教えて、と請えば問題集の答えを指さす。そんな家庭教師でいいのか、と言われるかも知れないけど、俺が本当に分からない時はちゃんと教えてくれる。最初は、聞けば何でも教えてくれたが、慣れてきてからは俺が分かっている、というのを野生の勘で察知して、そういう問題は適当に受け流される。本当に人間なんだろうか、コイツ。

「ケチ」
「解答見れば分かるんだから、俺は必要ないだろ」
そう言って、また片手に持ったままの参考書に目を戻す。いい給料払ってるんだからちょっとくらい俺に時間割いてもいいんじゃないの?と思う。でも、じゃあ他をあたれなんて言い出しそうだから黙って解答に目を通す。
本当は分からない問題なんてあんまり無い。その場で分からなくても、答えを見ればだいたい理解できる。それをシズちゃんも分かってるから何も言わない。実は、教えてくれるときの距離の近さとか、シャーペンを握る手とか、煙草と洗剤が混じったようなシズちゃんの匂いとか、それを感じたくていちいち聞いてる、っていうことは彼は知らないんだろうけど。

「次はこれ解け。終わったら言え」
問題集のページを指示され、どんどん解いていく。

大問1、2が終わり、3に差し掛かろうとしたとき。チラッとシズちゃんの方を横目で見た。すると、俺のベッドにもたれ掛かり、参考書を開いたままで眠る姿が見えた。珍しいな、いや、初めて見た。
音を立てないように近づき、顔をのぞき込む。いつもの眉間に皺が寄った悪人面じゃなくて、俺と同い年と言ってもいいくらいあどけない寝顔だった。口は半開きだし、弛緩しきった顔はお世辞にもイケメンとは言えない。でもかなり深い眠りに落ちているのは確かだ。これはチャンス!
ペンを筆箱から取り出して、瞼に目を書き、口の周りに髭、ついで眉毛を繋いで、仕上げに赤ペンでほっぺたに赤いぐるぐるを書いた。ちなみに、水性ペンで書いたのは気遣いとかじゃなくて、汚れが落ちなくてイライラしたシズちゃんが暴れて家を壊されでもしたら困るからだ。

…自分で言うのもなんだけど、これは傑作!携帯を取り出して写真を撮り、待ち受けにしてやった。ざまぁみろシズちゃん!こんなところで無防備に爆睡してるからだ!声を出さないようにお腹を抱えて笑ったけど、まだ起きない。
一通り笑ったあと、改めてシズちゃんの顔を見る。長い睫が間抜けな落書きをされた頬に影を落とす。でも、やっぱり真っ黒になった口周りが笑いを誘う。だけど、どんな顔でもシズちゃんが好きだよ、と乙女的かつどうしようもないもしものことを考える思考回路に少し吐き気がする。それを紛らわすように思い切って赤い唇に自分の唇を重ねた。

…やってしまった!!
バレていないかと冷や冷やした。まだ起きないシズちゃんを見てホッとする。全く、なにやってんだ俺は。勉強に戻った後も、乾燥してたけど、柔らかかったな、とか考えては髪の毛をぐちゃぐちゃにしながら頭を振った。恥ずかしい、恥ずかしいよ俺!


その後、何度も葛藤しながらもなんとか言われたページを終わらして、シズちゃんの肩を揺する。恥ずかしさを紛らわそうとしてかけた毛布の下から、ん、という声が聞こえて、バサっとシズちゃんが顔を出した。

「起きた?」
「終わったのか?」
「シズちゃんが間抜け面晒しながらグースカ寝てる間に終わったし。」

眠そうに目を細めながら机までやってくると、上から順番に目を通して間違っていないか確認し、明日までにここ、とページを指さした。被せていた毛布を片づけようとすると、制止され手から毛布を奪われた。

「ちょっと、なおしたいんだけどそれ」
「俺が畳む。学校の宿題でもやっとけ」
小さい声で、ありがとな、と聞こえて顔に血が上った。なんかいいことしたみたいに思われていて、また恥ずかしくなった。


「じゃあ、また明日」
「バイバイ、シズちゃん」
玄関まで見送り、扉が閉まると同時に吹き出した。

おいおいおいおい!!顔そのまんまだよ!そんな変な落書きされた顔でかっこよくじゃあ、また明日。なんて言われてもネタでしかないよ!言わなきゃ気づかないなんて分かっていたけど、やっぱり面白い!もしバレたら絶対怒るだろうなぁ!帰り道もご近所のみなさんにきっと笑われる。
まぁ、シズちゃんのかっこよさなんて俺だけが知っていればいい、まで思ったところで本当に自分に呆れた。
素敵で無敵な18歳の高校生な情報屋の折原臨也が、大学生の男に現を抜かしている?中学生みたいな恋をしている?新羅あたりが聞いたら指さして笑われるだろうなぁ。

とりあえず、明日イタズラに気付いたシズちゃんをどう誤魔化して、どう家を守ろうか考えた。でも結局、シズちゃんのヤツが家に帰ってから顔を洗うまで鏡を見なかったらしく気付かなかったため、事なきを得た…んだけど、それじゃ退屈だから昨日の写真を待ち受けにしているところをさりげなく見せたら、ベッドを投げられそうになった。

「臨也くんよぉ、昨日顔に落書きしたのは10000067歩譲って許してやる。だからそれを消せ!じゃないと殺す!」
「生徒に向かって物騒だなぁ。ほら、消したからベッドは定位置に戻してよ」
「…普段からそんな風に素直にしとけ!」

きちんとベッドを降ろしたのを見て、つい口角が上がる。馬鹿だなぁ、シズちゃん。とっくにパソコンに転送して保存してる。もちろん、消されたら困るから黙ってるけど、ね。













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さりげなく続く予定です。でも長編とかにしたら書き切る自信無いから、とりあえず短編に置いときます。シズちゃんが家庭教師とか…東大行けるだろ(声的な意味で)
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