ザァァ、と大きな音を立てて雨粒が窓を打つ。今まで快晴続きだったのが嘘みたいな大雨だ。
この時期に大雨洪水警報ってどういうことだろう。今まで貯めてた水分を空が吐き出した、ってところか。

俺がシズちゃんの部屋に入った時にはまだ、太陽が雲の合間から顔を出していたんだからびっくりだ。
昨日は天気予報見てないから雨が降るなんて知らなかったので傘は持ってきていない。

俺は雨が嫌いだ。
傘をさしたら、街行く人々の顔が見えないし、お気に入りのファーがぺったんこになる。あと、いくら池袋を歩いてもシズちゃんが俺を見つけてくれない。
シズちゃんは、本当に匂いで俺を見付けだすらしい。信じられない。やっぱりアイツは化け物だ。

さて、帰りはどうしようか。傘は玄関に、にわか雨の度にシズちゃんが買ってくるらしいビニール傘が大量にあるから大丈夫。
そういえば、一体何本あるのかな。10本どころじゃなかった気がする。

暇潰しに数を確認しようと玄関に向かうと、丁度足音が聞こえてくる。扉が開いてびしょ濡れのシズちゃんが現れた。

「なんでてめぇがいるんだ」
「…なんとなく?」

最近ちょっとした休戦協定を結んでからは、しばしば俺がシズちゃんの家に(一方的に)泊まりに来てたから、あんまり驚いてはいなかった。面白くないなぁ。

靴を脱いでそのまま入ってこようとするシズちゃんを静止して、部屋の中にタオルを取りにいく。ボロアパートをこれ以上ボロくさせるつもりか。
真っ白なバスタオルを頭にバサッと投げると、何もアクションを起こさなかったシズちゃんの顔にそのまま引っ掛かる。

「何ボーッとしてるの?馬鹿なの?」
「あー…」

仕方なくバスタオルを退け、頭に置き直す。
拭いてあげようと試みたけど、背が高くてイマイチ上手く出来ない。
頭を手前に引くと、素直に下げてくれた。うん、拭きやすくなった。

「はい、終わり。靴下脱いで、ズボンも引きずらないように捲り上げて。着替え出しておくからシャワー浴びておいでよ」
「おー」

なんか、名前どおり静かになりすぎて変だ。何かあったのだろうか。
いつもなら、勝手に部屋に入ってる時点で怒鳴られるのに。
ボタボタと雫を落としながら風呂場に向かっていくのを見届けると、洗濯して、畳まずに山積みになったままの服の山からパンツとジャージを引っ張り出す。

「ここ置いとくから」
「あー…臨也」
「ん?」
「背中流してくれよ」

…こんな風に甘えられたことなんて今までないから、気持ち悪い。と言ってやったら、うるせぇ、と言われた。
シズちゃんが素直になって気持ち悪いんだから、俺だって少々素直になっても別にいいよね。

靴下を脱いでズボンの裾を捲り、寒くて着たままだったコートを脱ぐ。
無言で扉を開けると、シズちゃんがビックリしていた。やれ、っていたのシズちゃんなのにねぇ。

「頭洗った?」
「まだ」
「そう、じゃあしゃがんで」

シャンプーを手に取り、髪に指を入れる。雨に濡れた髪はギシギシと傷んだ音がした。たぶん、雨のせいじゃなくてブリーチのせいだろうけど。

「もっといいの使えばいいのに」
「シャンプーなんてどれも一緒だろ」

さすがシズちゃん、怪我を瞬間接着剤で治そうとする男。たかがシャンプーだってピンからキリまであるっていうのに。

いくら安物でも、丁寧に指を動かしていけば少しずつ髪が解れて指がスルスルと通るようになった。

この髪は元々は何色だったのだろうか。茶色?黒?根元を確認しても、最近染め直したのか綺麗な金色だった。

「俺も染めてみようかな」
「はぁ?」
「髪の毛」

こんなこと言ってみたけど、染める気はさらさら無い。自分もこの暗闇のような黒い髪が気に入っているし、何より綺麗だな、って一度だけシズちゃんが褒めてくれた。彼の口から誉め言葉が聞けたのは後にも先にもその一回だけだから、たぶん、一生、俺は髪を染められない。

「止めとけよ」
「なんで?」
「めんどくせぇぞ、ホラ、染め直すのとか」
髪の毛痛むし、プリンになったりしたら不恰好だし、とか理由をどんどん上げて止めようとする姿に笑いが込み上げる。

「うん、そうだね、止めとく。」
「おう、止めとけ」

十分綺麗になったと思ったところで、シャワーを手に取り泡を流す。
シャワーをもとの場所に戻すと、シズちゃんが立ち上がった。シャワーを出して体を暖めてるらしい。
シズちゃんが壁になってるから、水は殆ど飛んでこない。背中に流れる水を、綺麗だなぁ、なんて思いながら眺めてた。
怪物のくせに、こんなに綺麗なのはずるい。芸術作品のようで、触れるのが躊躇われる。もしかしたら、シズちゃんがこんなに綺麗なのは動物で言う警戒色なのかもしれない。毒をもつヘビや蜘蛛の色が鮮やかなように、人間離れした怪力を持つシズちゃんは、その美しさで人を遠ざける。
毒されてるね、こんな考え。今の時点でもう俺はシズちゃんに踏み込んでしまっている。既にシズちゃんの毒が回ってる。
でも、君の毒で死ねるなら本望だよ、なんて言ったら君は鼻で笑うだろうね。

そんなしょうもないことを考えていたのが災いしたのか、シズちゃんがしゃがんだのにも気付かなかった。シャワーから勢いよく噴き出す水がまさか自分にかかるとは思ってもいなかった俺は、避けられるわけもなく、頭から爪先まで、さっきのシズちゃん並みに濡れてしまった。

「あっ、わりぃ」
「別にいいけど…」




結局、シズちゃんにジャージを借りることにした。
部屋の真ん中を陣取っている炬燵に二人並んで座る。

「寒いよ」
「俺は寒くない」

そもそも、炬燵なのに暖かくないってなんだ。壊れているらしく、温度が上がる気配は感じられない。かといってエアコンをつければ、暖房設定なのに冷たい風が吹き付ける。なおかつ、ドライヤーなんて画期的なものがないせいで頭が濡れたまま。
絶対を風邪ひく。

「寒いってば」
「じゃあ帰れ」

外を見ると、雨足は全く弱まっていない。こんな中帰れ、っていうのか。酷いなシズちゃん。
ほんの少しその非情さに腹が立ったので、無理矢理こたつに体を全部押し込みシズちゃんの伸ばされた足にそっと頭を乗せる。

「拗ねるなよ」
「別に拗ねてないよ」

ハァーと、これ見よがしに大きくため息をつくと、腕を掴まれ引っ張り出された。

「もしかして、追い出すつもり?この雨の中?いいよ、別に。そのまま家の前に座り込んでやるからね。ご近所の皆さんに悪口言われればいいんだ。」
「あーうるせぇ」

炬燵から出されて脇に手を入れられたまま持ち上げられたかと思うと、そのままいつもシズちゃんが寝ている布団に連れていかれた。
敷き布団に乱雑に下ろされ、横にシズちゃんが寝転がり、毛布と布団を被る。

「いいの?俺も一緒に寝て。いつもは地べたで寝かせるくせに」
「ちょっと黙ってろ」

胸に顔を押し付けられ、しぶしぶ口を閉じる。
窓の外からは、ザアザアという音が聞こえる。雑音が雨音以外何も無いから、シズちゃんの心臓の音がとても近くに聞こえる。
血を送る音は、俺みたいに早鐘を打っていない。静かに、それこそ無愛想だと思えるくらいに、規則的に脈を打つ。
俺ばっかりドキドキしてるのか。馬鹿みたいだ。
「なんで来たんだよ」
「…」
「なぁ」
「なんとなく」

黙れって言ったくせに、なんて言ったら布団から蹴りだされるだろうから、その言葉だけは飲み込んで、先程の返答を繰り返す。

「ねぇ、シズちゃん」
たぶん、今なら口を開いても怒られないかな、と恐る恐る言葉を紡ぐ。

「今日、優しいね。何かあった?」
「別に」
「嘘だね」
あー、とかうー、とか唸って頭を掻き毟っている。ほら、やっぱり嘘だ。

「てめぇが」
「ん?」
「雨に降られてうんざりしながら帰ってきたけど、てめぇがいて、なんか甲斐甲斐しく世話してくれるから、」
「…」

「帰ったら誰かが居るっていいなぁ、嫁がいたらこんな感じだろうな、って考えたらちょっとだけ幸せになった」
「…うん」
俺は嫁じゃないんだね、と冗談めかして言うと、馬鹿かてめぇとこづかれた。

もう寒くなんてないけど、もっとシズちゃんにひっつくために、寒い、なんて嘘をつく。
今日だけは俺にも優しいシズちゃんは、ちょっとだけ力を入れて体をくっつけてくれた。どさくさに紛れて足も絡めてみたけど、振り払われることはなかった。


友人でもなく恋人でもなくただの知人でもない、微妙なバランスのこの関係は、真綿で首を締めるかのようにじわじわと俺を蝕む。

雨のせいだ。雨が降ったから、俺が君へ小さくとも幸福を与えられる存在になれた。

ごめん、嫌いなんて言って。都合の良い奴、なんて言わないで、しばらく降り続いていてよ。















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