例え俺たちが俗にいうセフレとかいう妙な関係であったとしても、俺としては人ラブ!で、シズちゃんヘイト!なわけで、セックスは気まぐれのお遊びに過ぎないし、別にシズちゃん好きとか愛してるとか俺だけを見てとか言うつもりもないし思ってるつもりも無かったんだけど、

「シ、ズちゃん…?」
俺の口から漏れた小さな呼び掛けは夜の池袋の喧騒に溶けて消えた。


たまたま仕事で池袋来訪。ついでに趣味の人間観察。新宿もいいけど、池袋はもっといい。来良の子たちや罪歌や黄巾賊やダラーズ、デュラハン、そしてシズちゃん。
いろんな"オモチャ"もとい手駒がそこらじゅうに転がっている。
何も知らずにこの町を歩く人間も片足突っ込んで痛い目見てる人間も愛に騒ぐ人間も全て俺は愛している。
だから、今網膜に焼き付く光景だって、例え片方が俺のダイッキライな怪物でも、愛しい人間の営みのはずだ。

たまたま覗いた細い曲がり角。シズちゃんは短い黒髪の女を抱き締めていた。腰に手を回し、頭を軽く抱き抱えていた。それはもう愛しそうに。

あれは誰だ?そんな人間差し向けたか?いや、していない。じゃあ茜ちゃん?違う、アイツらか?いや二人揃ってないから違う、波江さん?そんなわけがない―――。

その光景を見つめたまま散らかった思考を必死にまとめていると、シズちゃんが顔を上げた。

「!?」
笑っていた。シズちゃんがこっちをみて笑ったのだ。
その獰猛で静かな目は確かに俺を捉えていて、それを見た瞬間その場から逃げ出した。





あの夜からシズちゃんとは会っていない。といっても、1週間くらい会わないのはよくあったし、毎日のように会うときもあれば3週間以上会わないときもあった。そう考えれば特段、変ってわけでも無かった。
いつもシズちゃんからの連絡やらお宅訪問で俺達は体繋げたり、殆どそれしかしてなかったけど、たまにはご飯を一緒に食べたり。
セフレと言っても恋人の真似事と言っても差し支えないことをしていた。
それを楽しみにしていたとは認めたくはないけど、俺はシズちゃんが尋ねてきてくれたら嬉しかった。
気が付いたら、次くるのはいつだろうと考えていた。俺からは連絡しないのが暗黙の了解だったから、来てくれるかなんて全然わからなかったけど。

でも今は違う。会うのが恐かった。最後に見たあの目を、あの表情を思い出す度に戦慄を覚える。
もしかしたら今日来るかも、もしかしたら二度と来ないかも。
そんな思考を無限に繰り返して1週間を過ごした。


ベットに入ってパソコンで掲示板巡ったり地道にしょうもない嘘か本当か分からないような情報を集める。
【平和島静雄がまた自販機投げた】【平和島静雄がチンピラに絡まれてた】【平和島静雄が10人一気に昏倒させてた】

画面を見てため息をつく。
シズちゃんの情報ばっかりだ。いつもと何も変わらない。

似たような文字が並ぶ画面を見つめていると、玄関から音がする。

―――シズちゃんだ
こんな時間に鍵使って入ってくる奴なんてシズちゃん以外にいるわけがない。
来てくれたとホッとする自分と来てしまったとゾッとする自分が頭の中で同居して、少しだけ吐き気がした。

足音が近づいてくる。
柄にもなく焦って、パソコンを乱雑にサイドテーブルに置いてしまった。

小さな音を立てて扉が開く。

「おい臨也」
少しだけトーンを抑えたその声は俺が寝てるかもしれないことを気遣ってだったのだろうか?

「何?どうしたの?なんで俺に用があるの?」
「はぁ?何言ってんだてめぇ」

本当に分からないって顔しているシズちゃんに俺が困惑した。

「シズちゃんこそ何言ってるのさ。前見たよ、かわいー女の子と抱きあってるの見たよ?良かったね。これで君の嫌いな折原臨也とセックスしなくたって、相手してくれる子が見つかったじゃないか!あ、でも俺にするみたいに手荒にしちゃだめだよ。俺はまだ頑丈だからさ、青アザとか骨折れたりで済むけど女の子にそんなことしちゃ死んじゃうよ?犯罪者になりたくなきゃ気をつけることだね、それと、「あ」
「は?」

思わず間抜けな声で聞き返してしまった。たぶん顔も相当間抜けだろう。何か納得した顔をしてそういえば…。とか小声で言っている。もしかして忘れていたのか?
怪訝に様子を窺っていると、突然にいつもの凶暴な顔をした。

「てめぇ他に言うことねぇのか。」
「どういうこと?」
「俺はお前とちゃんと恋人として付き合ってるつもりだったんだが、どうやらてめえは違ったみたいだなぁ!?普通恋人なら『浮気はだめだよ』っていう言葉が出てくるはずだよなぁ!?いざやくんよぉ!」

なんだそれは!
初耳だ!心臓止まりそうだ。寝耳に水どころの騒ぎではない。
そもそもこの関係は始まりもよくわからないぐらいで、シズちゃんがそんな風に俺らの関係を考えていたなんて知らない。

「意味が分からないんだけど!俺は君とそんな話した覚えも無いしそんな関係になったこともなる気もない!よくてセフレだっただろ!?そもそも君は俺のこと嫌いなんだろ?」
「ホントにクソだな!キスしてヤッたらもう恋人だろうが!少なくとも俺はな!」

どこの夢見る青少年だ。流石折り紙つきの純情ボーイだ。セフレという可能性だってあるのに、そんなのわかるわけがない。
呆れ過ぎて言葉もでない

…沈黙が痛い。
なんとなくフローリングの木目を見つめてやり過ごす。
すると急にシズちゃんがベットに乗り上げて来た。
なんだろうと思って顔を上げると、凄い勢いで両肩を掴まれた。骨が軋むくらいに掴まれて、かなり痛い。目の前にはシズちゃんの顔しかなくなった。



「俺は臨也が好きだ!」
「はあっ!?」

またもびっくりした。突然過ぎる。しかもキレ気味で告白とか流石シズちゃんだ。こいつ俺のこと大嫌いたったんじゃなかったのか?

「俺は嫌いだ。」
あ、青筋が増えた。

「あのなぁ臨也くんよぉ、俺が女抱き締めてるの見てどう思ったんだ?」
「シズちゃん彼女できたのか、って。そしたらたぶん関係切られるな、と思うとシズちゃん生意気だなとか、絶対殺してやりたいなとか、凄い寂しかったし悲しかった。」
絞りだすように声を出して、ここ最近ずっと考えていたことを吐き出した。
シズちゃんの顔から青筋がちょっと減った。

「…いくつか聞き捨てならねぇことがあったが、今回は見逃してやる。で、つまりお前は俺が好きなんだろ?」
「違う」
また青筋が増えた。なんて表情豊かな青筋だろう、とかオーバーフローした頭の端っこで冷静に考えた。

「俺はシズちゃんが嫌いで、殺したいほど大嫌いで、だけどセックスしたくて触れたくてキスしたくて抱き締めてほしくて、でもそれを他の人間にやられたくないってだけだ!」

早口でそう叫んでやると、シズちゃんの顔が一瞬緩んで見えなくなった。

「…なんで抱き締めてくるんだよ。」
「お前、本当に素直じゃないよな。それ好きって言うんじゃねぇのか?」


ぴたりとパズルがはまった気がした。人外の化け物に人間の感情を分からされるとは思いもよらなかった。
俺が何年も前から抱き続けてた矛盾だらの感情は総じて「好き」というのだろうか。
俺を見てくれないもどかしさにキレて振り回したナイフも、シズちゃんがひょいぱくされて何処かのお姉さんに俺より先に童貞じゃなくなってチンピラどもを当社比1.5倍ふっかけた時も、この感情がそんなものだとは考えたことも無かった。
でも、俺の人間観察によるデータを頭の中で洗いざらい探ってみると、俺はまさに平和島静雄に「恋」をしていた。

恐る恐るシズちゃんの腰に手を回す。口では何も言わなかったけど、態度で分かってくれればいい。

「気付かせるために女の子使うとかシズちゃんも意外と策士だね。」
「おう。で、どうなんだ」
やはりこの単細胞は態度とか遠回りなことじゃ気付かないらしい。いや、確信が欲しいのか?心なしか目の前に餌を置かれた犬のように目が輝いている気がする。

「好き…かもしれない」
「あぁん!?」
「一般的にこれは恋でも俺は納得しないからね!でも何かスッキリした!」
「…まぁいいか。というわけで、」
「何?」
「ちょうどベットの上だし、臨也くんが俺とやりたいとか言ってたことをしようじゃねぇか」
「ちょ、急に変なとこ触んな!しね!」


池袋の夜も新宿の夜も同じように平等に過ぎていく。
だとしたら、シズちゃんといつもと違う甘ったるい空気の中で過ごすのも悪くない。



―――――
シズちゃんが臨也に見つかった瞬間笑ってたのはなぜ?
A.「まさかマジであそこ通ってあの道のぞくとは思ってなかった。普段はめる側の奴がまんまとはめられてショック受けてるのがクソ面白かったし可愛かった。とりあえずあのオッサンすげぇな」とのことです。
あのおっさん=九〇九屋


かなり改変。
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