こうやって臨也を抱くのは何度目だろうか。
もう覚えていない。
それでも、たとえこれが100回目だったとしても、俺は飽きることなく101回目を求めるだろう。

始まりのことはよく覚えていない。確か臨也が挑発してきて、それに乗っただけだった。でもその時から既に臨也に恋をしていた俺にとっては絶好のチャンスだったのだ。

「ん、んっ」
赤くなった突起に舐め上げると、気持ちよさそうに声をあげる。やっと見つけた、臨也の弱点。片ほうの手で片側を弾いたり摘んだりし、もう一方を執拗に舐め回す。
でも、ここが敏感だなんて気付いたのは本当に最近のこと。臨也の喘ぎ声は殆ど聞いたことが無い。だから、少し違う反応に気付くようになるには長い時間がかかった。いつも自分の手の親指の付け根のあたりを噛んで、声を洩らすまいとしているし、何故かクラシックを部屋にかけていた。
一度それを止めようとすれば、本気で怒られた。
ナイフの切っ先を俺の頸動脈に向け、そんな態度とは相反して「止めないで」と苦しそうに懇願してきた。
そんな臨也を見てからは、スピーカーから流れてくる音を鳴り止ませようとは思えなくなった。いくらその音が臨也の嬌声を掻き消したとしても。

「入れるぞ」
首を、分かるか分からないくらいの範囲で縦に振ったのを確認して、自分のを臨也の解れきった場所に押し付ける。

腰を動かす度に臨也が手によってくぐもった小さい声を上げる。鳴り響く音楽が邪魔をするので、さらに大きい声を出させようとしてもっと奥へと腰を進める。
揺すられるがままに、体を動かす様子にさらに熱が込み上げてしまう。


ただ悲しいことに、臨也の手が俺の首にまわることは、初めて抱いた時の一度しか無かった。
二回目からは俺に触れようともせず、右手を噛み、左手は目を覆っていた。
何度も背中に腕を回させようと試みたこともあるが、俺が手を離したと同時に元の位置に戻ってしまう。
無理矢理にでも抱き締めてほしくて、俺に掴まらないとかなりキツい体位でもやってみたが、臨也の手がセックスの最中に俺に触れることは殆ど無かったし、赤い瞳が俺を捉えることも無かった。
そんな時いつも虚しい思いが頭を掠める。
なんでコイツは俺を誘うのだろう、なんでわざわざこんな触れ合いのないセックスを求めるのだろう、と。

絶頂が近くなり、奥深くに腰を進め、そこで自分の欲を弾けさせる。
それと同時に臨也も達し、俺の腹を白く汚す。

臨也を見ると、隠した目と手の間から透明な液体が流れた。
汗だろう、と思ったのに何度も何度も同じ場所から流れてくるので、ああ、涙か、と気付いた。

「泣くなよ」
「…うっ」
「なぁ」
「ひ、っく」

静かに泣いていたのに、俺が声を掛けたら急に嗚咽が混じりはじめた。
初めて見る涙につい焦ってしまう。
仰向けに寝転がったままの臨也の体を起こし、抱き寄せる。
そういえば、こんな風に抱き締めたことなんて無かったな。細い細いとは思っていたが、まさかこんなに細いとは思わなかった。腕を回してもかなり余ってしまい、行き先の無くなった手で臨也の頭を掴んで自分の胸に押し付ける。

「なぁ、泣かないでくれよ」
「…シズちゃ、ん」
「何かしちまったか?痛かったのか?」

聞こえ辛いので、ついベットサイドにあるコンポに手を伸ばして、音楽を止めたが、臨也は何も言わなかった。

「俺が悪かった。だから、泣いてる理由を教えてくれ」
訳も分からずとりあえず謝ってしまった。

「そ、だね。シズちゃんが悪いよ」
少しだけ落ち着いた臨也がまともに声を出した。
触れた右手には血が流れている。
おい、噛み過ぎだろ。
血を拭おうと右手に触れると、静かに振り払われた。

「シズちゃん、俺、そろそろ飽きちゃったよ。」
「何に?」
「この関係に。」

その言葉は、俺にとって死刑宣告に等しかった。
震える身体でギュッと力を込めて抱き締め直すと、苦しかったのか腕の中で身動いだ。

「苦しいよ」
「我慢しろ」
「死んじゃうよ?俺」
「死なせない」
乾いた声でハハッと俺を嘲ると、よくそんなこと言えるね、と苦笑された。

「俺が、死ぬ理由は、いつでもシズちゃんだよ、きっと」
「どういうことだ」
「好きなんだよ、ずっと前から」

は?と間抜けな声を上げてしまった。脈絡も無く伝えられた言葉に、心臓がどんどん血を顔に送る。
信じられない、夢、だろうか。
俺の興奮とは対照的に、臨也は悲痛な言葉を紡ぐ。

「シズちゃんは酷い。初めて誘った時だって、何にもないような顔して俺を抱いて。でも、君は気付いて無かったかもしれないけどさ、ずっと優しい目で俺を見てたんだよ。」
臨也の細い指が、シーツに皺をつくる。

「勘違い、しそうだったよ。だから二回目は触らないようにして、見ないようにした。あと、俺が苦手なクラシックを流した。そうしないと、自分が飲み込まれそうだったんだよ。今はそうじゃなくても、いつかこうやって誰かを抱くのかな、って、そう思うだけで死ぬかと思った。誘って、抱いてくれる度に安心してたんだよ。あぁ、まだ抱いてくれるって。そして、来るか分からない次に怯えて、出来るだけ抵抗した。」

震えているのは、俺か、臨也か、わからない。
いや、二人とも、だろうか。

「シズちゃんはさぁ、死んでもいいってくらい幸せなことが100回あったら、本当に死んでもいいと思える?」
唐突に出された疑問の答えを、真剣に考えてみる。
俺だったら、たぶん、101回目の幸せを味わうために生きようとするだろう。
そう答えようとすると、俺の回答を待たずに臨也が再び口を開く。

「俺は、死んでもいいと思うよ。」

「今日、シズちゃんとセックスした回数が100になった。俺は100の死んでもいいと思える幸福を味わった。」
止まったはずの涙が一滴、白い白い頬に流れる。
「そろそろ、欲張るのは止めにするよ。」

信じられない言葉たちに気をとられて緩んでいた腕を解くと、臨也は少し離れて俺の顔を見上げ、頬に触れた。

「シズちゃん、俺を抱けるんだから、女の子ともきっと上手くいくよ。あと、例え泣いていた相手が俺だったとしても抱き締めてくれるその優しさは、きっと皆に好かれるよ。この情報料は、今までの分でチャラだから。」

赤く腫れた目と唇で、微笑むその顔はとても痛々しかった。いつもの不適な笑みは影を潜め、窺えるのは悲しみだけ。貼り付けたような笑顔は、悲しみを訴える。

「ごめんね」


そんなくだらない言葉を吐いて、俺から離れていこうとする。
その謝罪は、俺を好きだという事実へ?それとも今まで黙っていたということへ?
でも、今はどうだっていいのだ、そんなこと。
お前を手放すつもりなんて無いのだから、こんな謝罪の意味なんて無くていい。
もう一度、腰に手を回して離れようとした臨也を引き戻す。
何か言いたげに俺の名を呼んだのを無視して、想いを告げる。

「俺も好きだ。」
「…う、そだ」
「嘘じゃない、本当だ。俺はお前と一緒に何回でも死んでいい、って思えるくらいの幸福が欲しいし、100回じゃ足りねぇ。それが強欲だ、罪だっていうなら、そう言えばいい。俺がそんなのどうでもよくさせてやる。」

抱き締めた細い身体が小さく動き、まるで返事をするように背中を抱き締めてくる。
その温もりに、つい表情筋が緩んでしまう。

「俺も、まだ欲しい。少なくともあと、一回。許されるならもう一回。もし叶うのなら、何度でも。」

いつもは聞けないような弱々しい言葉に、頭を撫でて励ましてやる。

「俺が叶えてやるよ、」


101回目も、102回目も、数え切れないほど後も。





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