「なぁ新羅」
「なんだい?」
「何で処女は尊ばれて童貞は蔑まれるんだ?」
隣で、臨也がコーヒーを吹き出しやがった。
あー、掃除しないとセルティに怒られる。横目で睨んでみたけど、口の周りをコーヒー塗れにしたまま静雄を見つめていた。
「な、っに聞いてんのシズちゃん」
「それはね、一度も侵入を許したことのない砦は頼もしく、一度も侵入に成功しない兵は頼りないからさ。」
僕らの愛の巣を汚した臨也の言葉なんてスルーに限る。
静雄はほぅ、とか言いながら顎に手を当てて考えている。
正気に戻ったらしい臨也は僕の視線を気にしながらいそいそと床に溢した液体を拭きはじめた。
いや、まさか君が床を拭いてくれるとは思わなかったけどね(動揺しているらしい)、まず自分の口の周りを拭こうか。床拭いたところでそんなんじゃ垂れるよ。

「ちょっと臨也、汚れてる」
ティッシュを取って手を臨也の顔を拭こうと伸ばす。
「ん、ありがと」
されるがままになってる臨也は、いつもと比べると猫みたいで可愛い。セルティには負けるけど!いつもこんなんなら平和でいいのになぁ。

今度はバリッ、と音がした。その方向を見ると今度は静雄がグラスを握り潰してやがる…。
艱難辛苦だよ…。

「なぁ、新羅」
「なんだい…?」
「もしその兵が、その砦に侵入することに価値を見出だせ無かった、ってだけならどうなんだ?」

ちょっと待て静雄。
君は臨也と付き合ってるんだよね?
まぁ同性同士なんてのはよくある話だし、そんなのはどうでもいい。
臨也はよく僕に相談してくる(むしろ聞かされてる)から、知りたくもない友人同士の恋愛事情を事細かに知っている。
1週間に最低一回は家まで来て「ご飯作ったら食べてくれたんだけど、毒入ってたらどうしたんだろうね!本当馬鹿!」「なんか抱き締めてきたんだけど、骨ミシミシ言ってた。ヒビ入ってないか検査して」「ちょ、手つないじゃった!単細胞が移ったらどうしよう新羅ぁぁ!」「化け物とキスしちゃったんだけど、アイツ本当手加減無しだよね。唇腫れてるんだけど」とか、本人は無意識かも知れないが惚気ダダ漏れの愚痴を聞かされている。
その内容を聞くかぎり彼らはまだセックスはしていなかったはずだ。
臨也のことだから、そんなことしようものなら「切れ痔になったらどうするつもりだよ、あの化け物。」とか言うはずだ。

だから、今の「俺はヤりたい相手がいないから童貞なんだ」発言はちょっと…。
嫌い、殺す、なんて愚痴を溢したりしていたものの、何やら嬉しそうな雰囲気や言葉の端々から「シズちゃんスキスキ!」なオーラを感じ取っていたので、流石の臨也もこれは堪えるんじゃあないのか。

恐る恐る静雄の方から臨也の方に視線を戻す。

え、涙目?
「臨也?」
想像以上である。僕が綺麗に拭いたはずの頬に透明な水が流れる。
「だいじょ」
うぶ?という前に臨也が勢いよく立ち上がって最後まで言葉を出せなかった。

「ほんっと、シズちゃんって馬鹿だよねぇ。そんな風に考えてるからいつまでも童貞なんだよ!怪物なんだから選り好みしてないでチャンスがあればやるべきだったんだよ!いっぱいチャンスあったじゃないか!君なんて一生童貞でいろ!死ぬまで右手とお友達でいろ!んで、しね!」

ヒュッ、と空を切る音が聞こえて静雄が座ってるソファーの背もたれにナイフが刺さった。
あれ、お気に入りだったのに!
どうやったのか知らないが、涙をいつの間にか拭い去り、デフォルトのニヤニヤ顔を貼りつけていた臨也はそれだけ叫ぶと部屋から飛び出していった。
どうやら数十秒の間に立ち直ったらしい。流石臨也とでも言うべきか、愛しい相手にあんなこと言われているのにこんな態度が取れるなんて、反吐が出る。

「コラ待て臨也!意味わかんねぇんだよ!何でキレてんだよ!」
これまた場違いな台詞を言って静雄も凄い勢いで出ていった。

あぁ、はた迷惑な奴らだな…。
とりあえず割れたグラスを片付けて、ソファーに刺さったナイフを抜く。
大丈夫かな、彼らは。

あぁ、もうあの二人の事を考えるのは止めよう、そろそろ愛しのセルティが帰ってくるんだから!

しばらく部屋を綺麗にすることに勤しんでいると、玄関が開く音がした。

「セールティィ…ぃい!?」
急いで玄関に向かうと、忘れようとしたはずの友人(ただし片方だけ)がいた。

「臨也、なんでまた来たの?静雄は?振り切れたの?」
「……」
顔を俯けたままで、表情が伺えない。

「新羅ァァァァァ!!」
様子を見ようと近づいたら、抱きつかれた。
しかも嗚咽まじりで、たまに鼻水を啜っている。肩口が濡れていくのを見て、反吐が出るなんて言って悪かったなぁ、と思った。

「よくあの追っ手振り切れたね」
「階段の、影に、隠れてた、だけ、っぅ」
「大丈夫?」
「だいじょ、ぶ、じゃ、ないっ!」
「…だろうね。とりあえずリビングに行こう。セルティに勘違いされたら嫌だしね」

リビングに連れて行って、暖かいココアを出した。
かなり熱いのにそれを一気飲みして、ふぅ、と息をついた。
涙も引っ込んでいて、落ち着いてきたらしい。
ああ、よかった、なんて思ったのに、そこからが大変だった。
「アイツ絶対殺す、新羅いいクスリない?本当に死ねばいい、そんなに童貞がいいなら俺がシズちゃんのイチモツむしり取ってやる、その後に俺がケツ掘ってやる、んでから絶望して死ねばいい!俺は穴差し出すって言ったのにそれを、何のことだ?って顔してスルーした挙げ句、仮にも恋人である俺の前で「ヤりたい奴がいない」ってどういうことだよ、俺じゃダメなのか、そうか、あー何か腹立ってきた。男で悪かったな!女じゃなくて悪かったな!もっかい聞くけどあの化け物殺せるクスリない?無いの?そう、わかった、ちょっと刺してくるわ。」と、さっきの涙からうって変わってとてもいい笑顔で、こんなことを言い放った。あり得ない、やっぱりこいつも化け物だよ。

「落ち着こうか」
「落ち着いてるよ、俺は」
「あー…、まぁいっか。ところで君は静雄が童貞なのは確認済みなの?男と関係あったことは?」
「シズちゃんは童貞だし、俺が初めての恋人だよ。」
「じゃあさ、もしかしたら、彼が男同士じゃセックスは出来ないって思い込んでる、とは考え無かったの?」

まさに、目から鱗って顔をしていた。

「あのさ。」
「なんだよ」
「馬鹿だね、君も」
「五月蠅い」

たった一言で、臨也は一瞬で冷静さを取り戻した。
恋は盲目、なんてよく言ったもんだ。顔を真っ赤にして照れている。


「ありがとう新羅」
「どういたしまして」



まぁ、静雄が嫉妬でグラスを割ったことに気付いてる僕にとっては、この時点で後の予想はだいたいついていたけどね。
やっぱり臨也は、「切れ痔になったんだけど!あんなデカいの入れたらこうなるよね、そりゃあ!化け物め。」という台詞を聞かせてくれたよ。
これから先もこんなことが続くのかな、と思うと少しゾッとした。
セルティに癒してもらうしかない。












―――――
シズちゃんはたぶんアナルセックスとか知らないと思うよ。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -