今日もあと1時間で終わりだ。こんな時間にもなれば仕事は片付いてしまっているし、そもそも今日は示し合わせたかのように、仕事が殆どって言っていいほど入ってこなかった。

何もやることが無いというのは実に退屈だ。暇潰しに冷蔵庫の中に揃っていた小麦粉やバターや卵や生クリームやイチゴなんかでついショートケーキを作ってしまった。そして目の前には出来上がったケーキ。
年に一回作るだけといっても何回も繰り返していたら上手くなってしまうのは自明の理である。お陰様で数年前に見たものとは格段にレベルが上がっている。
ただ、チョコレートのプレートに書かれた「誕生日おめでとう(^□^)」の文字がかなり不恰好だが、まぁ素人ならこんなものだろう。おめでとうの後にシズ、まで書いて微妙に消したのがさらに見た目を悪くしてしまっているんだけど。

別に俺はシズちゃんの誕生日なんか祝ってるわけじゃあなく、たまたま暇でショートケーキが食べたかっただけ、かつ今日生まれた愛しい人間たちを祝ってるだけなのだ。 決してシズちゃんなんかを祝ってるわけじゃあない。
どうせシズちゃんは幽くんや、先輩後輩と楽しくパーティーでもしてるのだから、そんなことしてやる必要ない。

なんとなく、玄関の方に目を向けてみる。誰かが訪ねてくる気配は微塵も感じない。ドアを破壊して入ってくる化け物のことを想像してみたが、今日だけはやけにリアリティーが無かった。

呼吸をする度に流れ込んでくる甘ったるい匂いに吐き気がした。何でアイツはこんな甘いものなんて食べれるのか理解できない。プリンならなんとかまだ許せる。そんなに好きなわけじゃないけど。でもこれは絶対無理!
高校生の時、誕生日に女の子からショートケーキを貰って嬉しそうに食べていたシズちゃんの顔を思い出す。いや、もしかしてケーキを貰った事実が嬉しかったのかな?今となっては確認しようがないけど、あの笑顔は記憶の底に焼き付いていつまでも消えてくれない。

どうやら、今年もこのケーキを自分で食べなければいけないらしい。…いや、食べたいから作ったんだけど。
仕方ない、こんな甘い物の塊食べたくなんて無いけど、捨てるのは駄目だ。余ったら、明日の朝食べようか。毎年毎年…、俺マゾなのかな。

あと30分で今日が終わる。今日が終わればまた今日が来るわけだけど、28日と29日じゃあ全然違う。
今日中に俺が期待してるアイツが来るわけ無いし、俺自身呼んだ訳じゃ無いし、ヤツの野生の勘が都合よく働かないのはここ数年でよーく理解しているのだ。
俺との関係性がどう変化しようが、ヤツは俺と誕生日会をする気は無いし、俺がせっせと毎年準備して一人空しく苦手なケーキを頬張ってるのなんて知らないらしい。
なんて独り善がりで痛々しいんだろう、この癖もそろそろ止めなきゃいけない。


フォークを掴んで、端っこを突いて口に入れる。生クリームが口に広がり気分が悪くなりそうだ。急いで何も入れていないコーヒーを口に含む。苦さと甘さを均等に感じる。
なんで今年に限ってこんな大きいホールで作ったんだよ俺…。
切り分けずにブスブス差して食べているので、綺麗だったはずのケーキはどんどん形が崩れていく。

「汚いなぁ」

ケーキなんて綺麗に食べれたことがない。最後には倒れて、分離して、皿にこびりつく。見た目は綺麗だけど、耐久性だとかそういうものは全く無いのが鬱陶しい。こんな物を好んで誕生日にプレゼントする人間が理解できない。だからこそ愛しいんだけど。


「いぃぃぃぃざぁぁぁぁやぁぁぁぁ!」
黙々と食事を進めていると、玄関から物凄い音がした。
は…!?
びっくりした、まさか来るなんて!
それにしてもアイツはまたドアをぶっ壊したらしい。修理しなきゃいけない…。なんてうんざりしたのは建前で、シズちゃんが来てくれたという事実につい口角が上がってしまう。

…いや、それどころじゃあない!来てほしかったなぁ、会いたかったなぁ、なんて思った俺が悪かった。ホールケーキを一人で食べてるところとか、消したはずのシズって文字が読めるチョコのプレートなんて見せられない。
あくまでも俺は来てほしい、と願いながらも、絶対に来ない、と分かっていたからこんな馬鹿げたことをしていたんだ。
ケーキを隠そうとしたかったが、リビングに侵入してきたシズちゃんはあろうことか、真っ先に俺が持つ物を発見した。

「てめぇ、なんだそれは」
「ケーキだよ、ど、ドタチンの!」

いや、なんでドタチン?と俺も思った。まぁいい、シズちゃんの、だなんてバレなければそれでいい。
ニコニコとしながら返事すると不思議そうに見つめてくる。

「なんでそれをお前が食ってんだ?」
「色々事情があるんだよ…。もしかして殴りにきたの?でもちょっと待ってね、これ冷蔵庫になおしてくる。」

ケーキを見られないように背中と手で隠しながら、横を通りすぎてキッチンへ向かう。これで一安心、なんて思ったら大きな間違いだった。なんでだろう?シズちゃんが俺の後をついてくる。


「なんで門田の?」
「色々あるんだってば」
「今日何の日か知って「知らない!」

即答してやった。冷蔵庫の扉を開けて、ケーキを置く。普段からスカスカなので簡単に場所を取ることが出来た。これ以上型崩れしないように、とそっと置いた。

「なぁ、お前プリン好きなのか?」
「はぁ?好きじゃな…って、何覗いてんの!?」

大人しくキッチンの入り口で待ってるかと思いきや、真後ろに立って冷蔵庫を覗き込んでいる。
すっかり忘れていたが、プリンも買っていたのだ。本当に馬鹿だな俺!


「じゃあなんでプリン?」
「たまたまだよ。明日波江と食べるんだよ」
「賞味期限、今日までだぞ?」
「俺、が食べるんだよ!」
「2つも?」
「2つ食べるのっ!」

叫ぶと同時に後ろから羽交い締めにされた。
どうせ俺のためだろ、かわいいなくそっ、とか耳元で聞こえた。何が可愛いだ!別にシズちゃんのためじゃない。波江と食べたっただけだし!
そう言ってやると鼻で笑われた。シズちゃんのくせに!

「なぁ」
「なんだよ…」
「ケーキのうえの板チョコに、『シズ』って書いてあったんだが?」

なんだコイツちゃっかり見てやがる!

「違う、それはしずかちゃんのしずだよ。ほら、ド●えもんの。」
「門田のケーキじゃなかったのか?」
「っ…!」

してやったり、とニヤニヤ笑っているであろうシズちゃんに冷や汗が流れてきた。言葉攻めは俺の専売特許なのに、まさか怪物単細胞馬鹿に追い詰められるとは思ってもみなかった。
なんて返せばいい?なんて言ったら誤魔化せる?ドタチンがしずかちゃん好きなんだ、いや駄目だ。だから、しずかちゃんが、ドタチンが、

「臨也」

混乱した頭に、耳元で呼ばれ名前が明瞭に響く。こういう時にイイ声出すなんて卑怯だ、ズルい。

「何か言いたいことあるんじゃないのか?」

宥めるように優しい声で、ここ数年俺が言いたかった言葉を吐くことを促す。
横目で時計を見ると、長針と短針が重なってしまっていた。
喉が震えて、上手く声を出せるかわからない。
この馬鹿が悪いんだ、今まで会いに来る雰囲気なんて出さなかったのに突然やって来るなんて。
シズちゃんのシャツをギュッと握って、目を瞑る。



「誕生日、おめでとう」


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