高校生臨也と先生静雄
バレタインの話



第二数学準備室、と書いてある部屋の扉をコンコン、と叩く。なんで数学科に準備室?とか、なんで第二なの、二つあるの?と、この部屋の主とも言うべきヤツに聞いたことはあったのだが、知らねぇと突き放されたことを思い出した。

しばらくすると、面倒くさそうに、どうぞ、と言う声が聞こえて来て、その声を合図に扉をそっと引いた。

「平和島センセー」
後ろ手に扉を閉めて名前を呼ぶ。すると、教師らしからぬ金色の頭がコッチを向いた。

「あぁ?またお前か、折原クン。」
「酷いね、分からないとこ教えてもらいながらたまに雑談してるだけだってのに。それでも教師?前から思ってたけど、センセーはよく先生になれたよね。」
「…喧嘩なら買うぞ。それに『たまに』の位置が違う。」

綺麗な顔を歪めて俺を睨んでくる表情なんて、見慣れたものだ。冗談だよ、と言うと持ち上げた拳を下ろしてくれた。キレやすい、だなんて言ったりするけど、シズちゃんは大人だ。子供っぽいからかいには、反応はするけど本気でキレたりはしない。そんな所に、俺はなんとなくもどかしさを感じる。


シズちゃん、もとい平和島静雄先生は来神高校の数学教師だ。今年が初めてらしいのだが、妙に貫禄があって彼の書く数式は消すのが勿体ないくらい綺麗だった。
世間一般で言うイケメンに分類されるルックスにより、かなり生徒に人気がある。
でも化け物じみた力からか人付き合いが苦手らしく、よく一人でいるのを見かけた。

そして俺は、よく似合った金髪も、彼が書く数式も、毎日のように放課後、この部屋を訪れる俺を邪険にしないところも、みんなが疎ましがる怪力も、この人の全てが好きだった。


「ねぇセンセー」
「なんだ」
「これあげるよ」

綺麗にラッピングされた箱を差し出すと、眉を寄せられた。
椅子を手繰りよせて座り、机をちらりと見ると、カレンダーの2月13日までに×がついている。意外とマメなんだよね、この人。

「なに企んでやがる」
「やだなぁ、何も考えてなんかないよ。前に甘いもの好きだって言ってたからね。いつものお礼。あ、美味しかったら成績上乗せよろしくね?」

怪訝そうに俺の顔を窺うと、渡した箱を机の端の方においた。ストーブの熱気の向こう側でユラユラと揺らいだ箱の影が、まるで蜃気楼のようだった。

「ま、ありがたく貰っておく。成績の件は却下だが。お前から何か貰うなんて、今までトラブル以外無かったからな。それに特に意味なんて無さそうだし。」

どうせいつもの気まぐれだろ?というニュアンスを含んだその言葉に、少し体の奥が傷んだ。意味はある、本当はシズちゃんが好きだと、愛してると叫んでしまいたかった。でもそんなことすれば優しい彼はきっと気を遣う。こんな軽い関係でいられるわけがない。
そもそも日常から軽口叩いてる人間から貰うチョコレートを、誰が本命だなんて思うのだろうか。

「女の子からは貰わなかったの?」
「全部断った。」
「なに、本命に義理立てでもしてるの?俺はお前のしかいらねぇんだ!とか?何それ笑えるんだけど」

かまをかけたつもりだったのに、図星だったらしい。顔を赤くして頬を掻く図は、まさに恋する人間の顔だった。

「で、貰えなかったらどうするの?見込みはあるわけ?」
「ない。たぶん貰えねぇ。」
「馬鹿なの?いや馬鹿だろ。」

うるせぇ、と小さく言うとあっちを向いてしまった。

彼にあんな顔をさせるのは誰なんだろう。俺じゃ駄目なのだろうか。シズちゃんの好意のベクトルは俺とは正反対の方向を向いている。ただ、その方向を逆にしてくれればいいのだ。「アイシテル。」これだけで、この文字の羅列を言葉にするだけでいいのだ。そしたら俺は彼が望むように愛してあげられるのに。
愛に飢えているのは俺だってそうだ。だからこそ、俺はシズちゃんからの愛を渇望する。

シズちゃんは俺の恋に気付かない。ただ純粋な好意を認めているだけ。
なんだかんだいってシズちゃんは、この放課後の逢瀬を人間と触れ合える時間として楽しみにしているのを俺は知っている。そして、シズちゃんのその感情を利用する。
俺が彼の楽しみに水を差すような真似はしてはいけない。そんなことをすればこの気持ちにだってサヨナラだ。
決して何も伝えてはならない、悟られてはならないと理性が警鐘を鳴らす。


「おい」
いつの間にか琥珀色の瞳がこっちを見ている。綺麗な色だ、まるで月のような。美しさも、俺が一生触れることが出来ないことも、その二つはよく似ていた。

「なんで泣いてるんだよ」
「いや、俺は一生月には上陸できないのかな、と思ったら泣けてきたんだよ」
「なんだそりゃ」

呆れた様な顔をすると、胸ポケットから煙草を出して咥え、火を着けた。白い煙が細く天井に向かって昇る。

「行ってるじゃねぇか、月」
「え?」
「アームストロングが。お前なら行けるんじゃねぇの?」

そういって優しく頬を撫でる手に、さらに涙が流れる。うん、そうかもね、という言葉は心の裏側にしまっておいた。


先ほど手渡した箱が目に入る。あれだけストーブに近かったら、中身はきっと原型を留めていないだろう。
どろどろに溶け切ったチョコレートは、俺の恋によく似ていたのかもしれない。







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気が早すぎた。(本日1月18日)
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