俺は負けず嫌いだ。テストだって、なんだって、一番よりよいものはない。オンリーワンよりナンバーワンだ。下から見上げるよりも、上から見る方が気分がいい。そう信じていた。そんな俺のポリシーはとある怪物によって打ち砕かれた。そいつは誰よりも強い力を持った唯一の怪物だった。悔しくて誰にも言わないし、本人にもいう予定はないが、そんな彼のことを嫌いという事実よりも彼をかっこいいと思い、憧れる気持ちのほうが強かった。彼には及ばない、そう思ってしまったことは人生最大の汚点である。それから、俺は寂しく悲しいひとりぼっちの怪獣の天敵になることを誓った。そして俺はその怪獣を憎んだ。


「ああ、やだなぁ、こんな格好悪いとこ見せるなんて」
「喋るなっつってんだろ!」
「俺が喋らないと気持ち悪リィとか言うくせにねぇ」
ごほっ、と血の混じった咳をすると、黙らないと殺す、と言われた。

偶然だった。俺がちょっと飲み過ぎて気持ちいい気分で歩いているときに、たまたま俺に恨みをもつ奴が襲ってきて、たまたまナイフの持ち合わせが無くて、たまたまボコボコに殴られていた。そんな時にたまたま仕事帰りのシズちゃんが通りすがって、ヒーローよろしく俺を救出しだしたってわけだ。偶然も偶然。これだけ偶然が重なると実に気味が悪い。そして、現在、俺はシズちゃんの背中の上にいる。

「あいつらにまじって俺を潰しとけばよかったのに」
「…」
「そうしたら、俺が死んじゃってもあいつらのせいにして、手を汚さずに俺を消せたかもしれないのに」
「…黙れ」
黙るかわりに、目の前で揺れて、俺の鼻をくすぐる金髪に顔をおしつけた。今日は真夏日だったから、男物のシャンプーの匂いに混じって汗の匂いがする。そのまま下に顔を下ろして肩あたりに頭をぐりぐり押しつけると、服汚れるからやめろ、という言葉とともに俺を支えてる手で尻をたたかれた。

「お尻たたくとかシズちゃん変態ー」
「うるせぇ、血つくと洗うの面倒なんだよ。ていうか黙れ。」
シズちゃんがさっきから「黙れ」を連発するのは気のせいじゃない。俺が死にかけだから、ドラマとかマンガでよくあるタイプの「黙れ」なのか、死にかけの人間に「死ね」はよくないと思っての「黙れ」なのかはよくわからない。ちなみに、死にかけというのはシズちゃんの認識であって、事実ではない。口から血が出てるのは口の中が切れてるからであって、内蔵がやられてるわけではない。助け出された一瞬、俺の足がおぼつかなかったのは殴られすぎて意識がやばいのではなく、地面に転がっていたところを急に起こされたから立ち眩みをおこしただけである。立ち眩みをおこして派手に胸の中に飛び込んでしまった俺に舌打ちを一つすると、シズちゃんは俺をおんぶして歩きだした。

「いい夜だね。この季節の夜は昼とうってかわってひんやりした風が吹く。それに今日は雲がないから星が見える。ほらシズちゃん、あれ金星じゃない?」
「うぜぇ…。今、上向いたらてめぇが背中から地面に落ちることになるけどいいのか?ああ?」
「んー、痛いのはごめんだなぁ。それにしても月が綺麗だよ。満月じゃないけど、明るくてすごい綺麗。」
ひたすら月の美しさを力説していると、またもや舌打ちをしたシズちゃんが俺の体を自分の体の前にもってきた。単なる抱っこである。…が、とても恥ずかしい。

「そんなに綺麗か?」
「うん、綺麗。でもあれは太陽光の反射の光なんだけどね。」
「…月の地面って鏡でできてるのか?」
「…うん、だいたいそんなかんじ」
ちょっとシズちゃんのことが面倒になった。単細胞だし馬鹿だとは思っていたけどここまで馬鹿とは…。あんな力持ってるんだから、有効活用すればいいのに、脳味噌を持ち合わせていないとか残念すぎる。理屈が通じないんじゃなくてこいつにはそもそも理屈がないんだろう。これだからシズちゃんのこと嫌いなんだよ。

「そういえば、今日は太陽の上を金星が通るとか言ってたな」
「そうだね、あれを次見れるのは百数年後とからしいね」
「そうなのか!?あー、見損なった。見ればよかった。」
「残念だね。100年後ならさすがに君も俺も死んでるよ。」
そう言いながらもちょっとだけ首を傾げる。シズちゃんは本当に死ぬのだろうか?この見た目のまま何百年も生きたり…、はしないな。それこそ本物の化け物だ。デュラハンみたいなタイプの化け物は俺にとってはどうでもいい。

「…見てぇな」
「まぁ無理だね。たとえ君の体が老衰で今から100年以上後に死ぬと設定されていても、老衰するまでに俺が君の息の根を止めるから。」
「てめぇが死ね」
あ、死ねって言った。あと、俺の腰と尻の境目あたりを支えてる手に力が籠もった。やめてほしい、本当の意味で腰が砕ける!抗戦という意味で耳に息をふーってしてみたら、さらに力がこもったのでやめた。顔を肩に置くとやめろとうるさいので、仕方なしに(あくまでも仕方なく)頬と頬とをあわせるように顔を寄せた。

「シズちゃんほっぺたサラサラだね」
「うぜぇ、黙れ」
「髭ちゃんと剃ってるんだ」
「幽がエチケットだって言ってたからな」
こいつの常識は弟で構成されている。弟の方もなかなかにぶっ飛んでて面白い人間だけど、こういうところはしっかり教えるのか。シズちゃんが人間らしくあるためには幽くんは必要にして欠かせないようだ。シズちゃんのほっぺただろうがなんだろうが、気持ちのいいものは好きだ。この機会に存分に頬ずりしておくことにする。もちろん意図的だとバレないようにだ。

こうしてひっついていると、シズちゃんの心臓の音が分かる。こいつも生きてるのか、これが俺が奪いたくてたまらない命か、と思うとゾクゾクした。俺はそんな愛しくて憎くて殺してやりたい化け物の腕の中にいる。体を預けている。どんなスリル満点のゲームより面白くて怖い状況だ。勘違いされちゃ困るので言っておくと、こんなことは滅多にない。むしろ初めてのケースだ。さて、今後のためにもこの男に聞いておかなければならないことが一つある。

「なんで、俺をたすけたの?」
「黙れっつってるだろ」
「教えてよ」
体を離して、顔を見た。この状況になってから初めてシズちゃんの顔を見たが、なんというか、なんとも言えない顔だった。麦茶を飲んだつもりがそうめんのつゆだった。そんな顔をしている。

「もしも、もしもの話だ。てめーがあんなとこで死ぬとは思えないがもし死んだらの話だ。もしあんな風に小物に囲まれてテメーが死んだら、『あいつらに倒せた折原をいつまでも倒せなかった平和島はクソ弱い』って話になる。」
「いいんじゃないの?暴力で名を馳せたいんじゃないんだから。」
「ちげーよ、あれだ、それから、小物が蝿みたいにぶんぶん集ってきたらウゼェだろ。それに自分の手で殺さなきゃ気がすまねぇ。知らないところで死なれても確認できない。だからテメーは俺が殺す」
「じゃあ今殺せばいいじゃないか。」
「あ」
本当にびっくりした、という顔をされてこちらがびっくりした。なぜいつもコロスコロスといっている人物を助けたのか。どうやら理由はないのかもしれない。まぁいいか、と俺は呟く。

「シズちゃん酔ってるね。俺もだけど」
「…かもな」
「うん、眠たくなってきた」
「寝るな。つーか、そんだけ喋れるなら自分で歩けるんじゃねぇの」
「ゴホッゴホッ!おえっ!」
「…黙って大人しくしてろ」
宥めるように背中を撫でる手が心地いいのは気のせいだと思う。シズちゃんが素面なのもこの際不問にしよう。せっかくなので、本日のところは喧嘩はお休みして、いつもは憎らしい腕力を俺のために行使してもらうことにする。首すじに頭を寄せて静かに目を閉じた。

…もちろん、シャツに血を付ける嫌がらせを、俺は忘れていない。

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