たとえば恋人がいたとして、「寂しいから会いたい」と素直に言える人間は存外少ない。いや、俺が知らないだけでたくさんいるのかもしれない。ちなみに俺の恋人は「寂しいから会いたい」も「会いたい」も言えない奴である。自分の弱みを見せることが苦手で、相手の下にたってしまうようなことはいっさい言わない。誰にでも対等に接するかわりに、特定の誰かに愛されることも誰かを愛することもなかった。…というのは、そいつの友人から聞いた話で、もっとも、そんな奴を変えてしまったのは俺自身だったらしいから、俺は知る由もない。そんなことはどうでもよくて、重要なのは、俺のカワイイ恋人の誕生日が目の前に迫っている、ということだ。

ちなみに俺は今、その恋人とやらのために某貴金属店にきている。誕生日プレゼントといえばアクセサリーだろう、という固定概念だったが、幽に相談しても「それがいいと思う」と言っていたからたぶんいいのだろう。それにしても、普段こういうのはつけないから全くわからない。ちゃんと幽に聞けばよかった。だが、以前、ホワイトデーのお返しにあげたチョコレートに喜んでいた臨也が「なんでこれにしたの?」と聞くので「幽がいいって言ってたから」と答えたときの悲劇を思いだし、首を振った。そのとき、いつものようにナイフを投げつけるでもなく、悪口雑言のかぎりをつくすでもなく、「そっか」と微笑んだ臨也が怒っているとは気づくはずもなく、一週間エッチをやんわりと断られ続け、キスどころか触ることもできなかった。もちろん、なぜそんなことをされるかも分からなかった俺はブチキレるわけで、キレた俺に臨也はやっぱりきれいに微笑んだままで「じゃあ、別れようか」と言い放った。そんなことは困る、と全力で止めてわけをなんとか聞き出して、「それの何がいけないのか」と言うと笑みを深めて「君がそういうなら」と言って突然許してくれた。根本的な解決には至ってないものの、避けられることは無くなった。それでも様子はやっぱりおかしかったので、そのことを新羅に相談すると、臨也は悲しかったんじゃないの?と言われた。自分が気持ちをこめてあげたもののお返しが、何も考えずに他人任せに買ったもので悲しかったのだろう、と。アイツがそんな可愛いやつなわけあるか、と思いつつも改めて謝りにいくと「うん、別にいいよ」と言って珍しく自分から抱きついてきた。正直、可愛かった。ぎくしゃくした雰囲気も消えた。そして俺は悟った。「こいつは俺に弱みを見せることは意地でもしない」ということを。臨也が最初からこういうことをされたら傷つくと言えばいいのに、それをしなかったのはそういうことなのだろう。まぁ、その天邪鬼なところもかわいいんだが。

「お客様、何かお探しですか?」
「え、あー、誕生日プレゼントを…」
「彼女さんですか?」
にこにこと愛想のいい店員の質問に少したじろぐ。たしかにあいつは彼女ではあるがここでそう答えて女性ものを紹介されてもなぁ…、と頭を抱えたとき、ふとシルバーの男性もののネックレスを見つけた。臨也の薄っぺらい胸板にそれがかかってるのを想像して、これだ!と思った。

「これ、ください」


がらにもなく、アクセサリー店のオシャレな紙袋を持って、珍しく連絡をして部屋を訪れた俺を、臨也はいつもどおりに出迎えた。

「晩ご飯は?」
「まだ食べてねぇ」
「じゃあ、今から作るけど食べるよね。」
「いや、俺が作る」
きょとんとしたあとに、ああ、じゃあドーゾ、と言って、いつも身につけていた黒いエプロンを俺に手渡した。キッチンが見える場所に陣取り、後ろ手にエプロンの紐をくくるのをまじまじと見つめている。それは料理をはじめてからも変わらない。

「シズちゃん、エプロン似合うね」
ふと、思いついたように臨也が呟いた。

「SIZUO'S KITCHENとかいって番組でも始めたら今より儲かるんじゃない?ほら、今みたいに牛乳を見境なしにどぼどぼやるのを売りにしたら?世間の女性に『きゃー素敵ー!』って言ってもらえるよ、きっと」
「それは幽の仕事だろ、それに」
「…それに?」
「いや、なんでもねぇ」
空になった牛乳パックを置いた。冷蔵庫の中にはまだたくさんあるが、流石にカレーが白くなるまで入れるわけにもいかない。

「おら、できたぞ」
「またカレーなんだ」
「文句あんのか?カレーはカレーでも今日のは牛乳入りだぞ」
「さいですか」
皿を出したりスプーンを並べたりちょこまかと動き回る臨也を見てなんだか幸せな気分になった。結婚して、嫁ができて、家族ができたらこんな風になるのだろう、と思うと自然と頬が緩む。それを伝えると、臨也はいつになく邪気のない顔で笑った。

「いただきます」
「おう」
目を伏せて綺麗な手つきでカレーを食べる臨也に毎度ながら感心する。こいつが食べると、俺が作った素人(材料は臨也のだから安っぽいとはいえない)料理でも、高級で美味しそうな料理に見える。

「ところで今日は珍しいね」
「あ?」
「連絡入れて来るなんて殆どなかったのに。いつもいつも俺の予定なんてサクッと無視して押し入っては好き勝手してたジャイアニズムの権化が、今日はどういう風のふきまわし?」
「あー、今日は、」
「なに?」
部屋に入って隅っこに隠すようにおいておいた紙袋を持ち上げて、包装紙にくるまれた箱を手渡す。臨也は素で驚いたという顔をして受け取った。

「まさか、君が俺に身につけるような物をくれるとは思わなかったよ」
「金には困ってるが、貴金属買えないってほど困ってるわけじゃない」
包装紙を開いて、黒い革の小さめの箱を開ける。すると、困ったように笑って銀色のネックレスを取り出した。

「シズちゃん、これドッグタグって言うんだけど、知ってた?」
「ドッグタグ?なんだそれ。知らねぇよ」
「アメリカの軍隊が使ってるものだよ。犬につける札に似てるから皮肉っぽくそう言ってるけど、実際、これには自分の名前などの情報を刻んで、戦地で亡くなって死体を持って帰られないときや誰か分からなくなった時のために使うものらしいよ」
「…そうなのか」
見た目がかっこいいから、と買ったが由来がそうであると聞いたらなんだかむずむずする。そういうものをプレゼントする俺をこいつはどう思っているのか。

「そんな顔しないでよ。今はどちらかと言えば装飾品としてのほうが知られているし、それに俺にぴったりだ」
自分でドッグタグを首につけて俺の方を見て笑った。よかった、喜んで…
「首輪みたいで」
「は!?」
…いるわけでもなかった。

「そもそもシズちゃん、これに書いてある『Je t'aimerai toute ma vie』ってどういう意味か知ってるの?どうせ知らないんだろ?」
「しらねーよ!んなもんどうでもいいだろ!」
「だよねぇ!そう思ったよ。今回ばかりは君が選んだプレゼントだと思うけど、君は弟くんと違って無頓着だからね。」
「じゃあ、なんだよ、意味教えろ!」
そう怒鳴ると、ぺらぺらと機械のように動いていた口が止まって眉間にしわをよせた。そして、拗ねたようにつぶやいた。

「君がそれを実行することは、地球の自転が逆になるくらいありえないこと」
「は?意味わかんねぇよ」
「『永遠の愛を君に』」
「は?え?」
「『君を一生愛する』」

まるで臨也に告白されたみたいに思えて、顔に血が上る。ちがう、いやいや、まて、なんつった?

「アリエナイコト?」
「そう」
肯定の返事が返ってきたと同時に食卓の向こうにいる臨也の腕を掴んだ。

「てめぇ、本気で言ってんのか?」
「本気だよ。むしろ、永遠の愛を信じてるほうが正気じゃない」
臨也はつめたい表情でそう言い放って俺の手を振り払うと、小さくごちそうさま、と言って空になった食器を台所まで運んだ。手が食器から離れた瞬間に腰のあたりを掴んでソファーまで運ぶ。いつもだったら意味のない抵抗をするのにいつになく大人しい。
逃げられると困るので、腰に腕をまわしたまま座る。臨也はこちらを向いているものの、俺と目を合わそうとはしない。

「なぁ、どういう意味だ?俺なんかしたか?」
「別に。ありのままの意味だよ」
「俺の目見ろ」
そっと俺の目をのぞき込んだ臨也の瞳はいつもどおり赤かった。その美しさに俺はいつも狂わされる。

「…事実だ。君の理想の未来の設定に俺は組み込まれていない。」
「そんなこといったか?」
「『結婚すればこんなのだろうな』とうっとりした顔で君はほんの数十分前に言い放ったよ。」
「ああ…」
思い当たる節がありすぎる。こういう些細なことでこんなに不機嫌になるのだから困る。そしてかわいい。お前と結婚したい、って意味とは思わなかったのか。

「俺は君にすでに負けてるんだ。愛しすぎた方が負けなんだよ。食欲も睡眠欲も性欲も、どんな欲も限りがある。愛されたいという欲求も愛され続けたらいつか満たされる。そうなった時に捨てられるのは俺の方だ。犬みたいに、飽きたら無責任に捨てられて名も無いものとして忘れられてしまう。君はいつでも俺の飼い主で、俺を捨てられる。捨てられた俺は君を夢に見て死んでいくんだ。そして君はどこかで幸せな家庭を築く」
「ご大層な話だな」
「…好きなんだよ、君が」
頭がおかしくなるくらいに。泣き出しそうな声で発せられた言葉にこっちの頭がおかしくなりそうだった。衝動にまかせて目の前の体を抱きしめると、ぐえ、と雰囲気に似合わない声が聞こえた。

「てめー本当にかわいいな」
「は?話聞いてたの?バカじゃないの?こんなネガティブ野郎がかわいいとか頭大丈夫?」
「安心しろ、俺が一生可愛がってやる。あと、普段から今みたいに本音言え。そんでその度に可愛がってやる。つまりエロいことしてやる」
「え、えろいこととかいらないから!っ、いったそばからどこさわってるんだよ!ちょ、あ、」


その後はご想像のとおりだ。ひとつ、朝起きて昨日「誕生日おめでとう」を言うのを忘れていたことに気づいて、また臨也が拗ねて面倒になったことも付け足しておこう。俺の愛を勘違いしてやがるので、そこらへんは後々じっくり教えてやる。

そして、俺は来年の誕生日には、指輪を買おうと決意した。



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