「今日はデッサンだ」と言って教師が連れてきたのは、男だった。しかも、なぜか麻袋を被り、白いバスローブを身に纏った男。教室には十人いるかいないかで、その全員が揃いも揃って笑いながら隣の奴と話している。俺はその中のどれにも交じらなかったが、その姿が滑稽だというのは同感だった。
裸体を書け、と教師は麻袋の男が羽織っていたバスローブを取っ払った。その瞬間、この空間にいるおそらく全員が生唾を飲み込んだ。空気が固まったのは一瞬で、すぐにみんなが真剣な顔をして手を動かし始めた。でも、なんとなくいつもの授業とは雰囲気が違うな、というのはひしひしと感じた。男の裸なんて書かせる教師は殆どいないし、今までみてきたのも、かいてきたのも女体ばかりだったのだから、仕方ない。俺はというと、何も考えずにその体に見入ってしまっていた。綺麗だ、と今まで人間に対して持ったこともない感情を抱いた。誰だったか、俺の知り合いは「女の裸は綺麗だが、男の裸は間抜けで汚い」と言ったヤツがいたが、そいつもこの男を見れば考えを改めるかもしれない。
しなやかで薄く筋肉のついた両腕も、細くて肋骨がすこし浮いて見える胴体も、均等のとれた長い足もすべてが計算しつくされたような美しさだった。無心で、スケッチブックに今、目に映るそれを描き出そうと鉛筆を動かす。日に焼けていない白い肌は今にでも透き通ってしまいそうだ。いくら描いたとしても、肌を示す場所の紙は無愛想に白いままでそれがなんとももどかしい。どうにかして、あの美しさを残したい。コンテ?鉛筆?絵の具?そんなものじゃ足りない。だからといって俺はカラーの写真で満足できるわけじゃない。そこまで考えて、ふと気付いた。俺が手元に残したいと願うのは、あの人間そのものなのだと。
手を止めて、顔を隠す麻袋を見つめる。彼は何を考えているのか、と分かるわけ無いことに思いを巡らす。見つめてる間に、視線が合ったような気がして焦って目をそらした。


教師が手を叩いてタイムリミットを告げた。あっと言う間に時間は過ぎて、俺の手には殆ど真っ白なままのページが開きっぱなしのスケッチブック。俺の視線を遮るように教師がモデルの男に先ほどのバスローブを着せ、耳元で何かを囁いてから奥の準備室へと彼の背中を押す。麻袋を被っていても視界はあるらしく、確かな足取りで部屋の方に向かい、扉が閉まって姿が見えなくなってしまった。他の奴らが今の課題を提出しているのを横目に、何も残せなかったスケッチブックを抱えて教室を出た。




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