「臨也」
「なに」
「…なんでもねぇ」

ゲラゲラと下品な笑い声がテレビから流れる。真っ昼間から下ネタなんていい気なもんだ。幽が出るから、と言ってテレビをつけたものの、一向にそんな雰囲気はない。いつになったら出てくるんだ。

「暑いんだけどシズちゃん」
「我慢しろ。節電だ」
「じゃあテレビ消して、せめて扇風機つけよう」
「その暑苦しいコートを脱いでから言え」
「あ」
「バカかテメェ…」

バサッとコートを投げられて視界が真っ暗になる。くさい。汗くさいとかじゃなくて、ノミ蟲くさい。顔をおしつけて匂いを嗅いでいると、臨也が持っていた団扇の角で頭を殴られた。

「きもい」
「だまれ」
「俺の脱いだ服に顔押しつけてるのを見て、キモい以外になんて感想を言えばいいわけ?ついでにハンガーにかけといて」
「自分でやれ」とかなんとか言いながらも、皺にならないようにしてカーテンレールに引っかけた。

「……」
「………」
パタパタパタと臨也が団扇でひたすら扇ぐ。もっていた団扇にかわいくないイルカの絵が描いてあり、しかもそれが臨也の私物だということがさらに笑えた。俺が「節電するから冷房なし!」と以前来たときに言ったので、律儀に自分の団扇をもってきたのだ。あの臨也が。とはいえ、見た目によらずコイツはかなり庶民的である。俺が近所のスーパーで買ってきた一玉1円の中華麺で作った焼きそばを旨い旨いと誉めたたえ、風呂上がりはバスローブにシャンパンかと思っていたら、ハーフパンツにパーカーで牛乳を飲んでいるのを見たときは、正直かわいいと思った。トムさん曰くギャップ萌えというものらしい。余談だが、風呂上がりに牛乳を飲むのは「シズちゃんなんかより背が小さいのは屈辱だから」と言っていた。やっぱりノミ蟲のくせにかわいい。ノミ蟲だからか?

「なにニヤニヤしてるの?きもい」
「仮にも彼氏に向かってキモいはねぇだろ」
「なにが彼氏だよ。じゃあ俺だって彼氏だから、立場は対等だろ。」

おお、デレた。いつもは恋人だ彼氏だ彼女だ言っていたら喚くのに今日はあっさり認めた。ついニヤニヤしていると、手の甲を団扇の持ち手でぐりぐりされた。

「あのさ、幽くん出てこないよ。日にち間違えてるんじゃない?」
「いや、そんなことは…あ」
「なんですか」
「…明日だ」
メールを確認したところ、明日だった。そういえば寝る前にこのメールを見たから、間違えて覚えていたのだろう。臨也がはぁああー、とこれみよがしにため息をついて床に寝転がった。よっぽど暑いのか、シャツが汗で体にへばりついている。

「お前も汗かくんだな」
「当たり前だろ…。それにこっち日が当たってあっついの!シズちゃんがテレビ見ようぜ!とか言うから我慢して座ってたのにさぁ…」
そう言われればそうだった。俺はいつものクセで快適な場所に座り込むが、俺がそこに座ると臨也は今まで座っていた場所か、俺にぴったりひっつくかしか選択肢はない。

「じゃあ、ズボンも脱げばいいだろ」
俺みたいにパンツとシャツ一枚になればいい。さらに暑くなればシャツを脱いでほぼ全裸になって我慢すれば夏も乗り切られる。

「それは俺の中の俺が許さない」
「なんだそりゃ」

俺の方にごろごろと寝た状態で転がってくると、こてんと軽く膝に頭をのせられた。髪の毛が直に肌に当たってくすぐったい。

「俺たちってさぁ」
「なんだ」
「熟年夫婦みたいだよね」
「…ゴホッ」
何も口に入れてないのに噎せた。タバコ吸ってたらもっと酷いことになってた。今日はやたらデレるな。

「夫婦って…」
「照れるな馬鹿シズ。夫婦じゃなくて、熟年夫婦。ここ、重要!」
「どっちにしろ夫婦だ」
「死ね単細胞。俺が言いたいのは、このぬるぬるした雰囲気はなんだ、って言いたいんだよ。パンツ一丁で二人一緒に昼のワイドショーってなんだ。このオダヤカーな雰囲気はなんだ。若者のくせにこのアッサリ感」
「いいじゃねぇか。俺の理想にぴったんこかんかんだ」
「あー、まぁいいけどさー…」

そう言って臨也は目を閉じた。ここで昼寝するつもりか。確実に足が痺れる。こっそりクッションと入れ替えようとすると、ふくらはぎを抓られた。諦めて小一時間はこの体勢でいることを覚悟した。甘えられるのもたまにはいい。
手持ちぶさたなので、丁度いいところにある臨也の頭を撫でる。根本は汗で濡れていて、先の方はワックスでベタベタしている。つまりどっちみちベタベタしている。こんな直毛で綺麗な髪になぜわざわざワックスなんかつけるのか。もったいない。朝起きた直後の触り心地が恋しい。

「お」
一本、白い髪を見つけた。気になるので引き抜くと、臨也が飛び起きた。

「いたい!」
「ほらよ、白髪」
「もう…なんだよ…」
眉を八の字にして、情けない声で呻いた。馬鹿とか死ねとかアイアンゴレームとか死ねとか、いつになく面倒くさそうに呟くので、ちょっと罪悪感が沸いてきた。俺から離れて落ちていたクッションを拾うとそれを枕にして再び寝転がってしまった。

「臨也ー。なんで俺の膝で寝ないんだよ」
「…」
「おいこら、無視するな」
「…」
「拗ねるなよ。」
「…拗ねてないし」
「拗ねてるだろ。なぁ、こっち来いよ」
膝を叩いて呼び寄せるとのろのろと戻ってきて、俺の前に座った。そこは俺の膝に座るべきだろ。

「呼んだからには何か用があるんだよね。特に意味は無いとか言ったら今日はカレー辛口にしてやるからな」
「用はある。」

なに、と顔を上げた臨也に近づいて鼻にキスをおとす。

「なっ、んだよ!で、用件は!?」
「もっとこっち来い。お望み通りイチャイチャしようじゃねぇか」
「お望みってなんだ。俺は望んでない」
「へー、さいですかー。さっきから不服そうにしてただろ」
「べつに…!し、仕方ないから、付き合ってあげてもいいよ…!」

ほんのり赤くなった頬に手を添えて、さっきから触れたくてたまらなかった唇を塞ぐ。馬鹿みたいに体温が上がっていって、臨也といるならクーラーは必要だな、と俺は思い直した。






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夏なのにコイツらのせいでさらに暑いですね
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