恋人、という響きはくすぐったい。好きな人と一緒にいて、一緒に時間を過ごして、なんて甘いものを経験したことが無い俺は初めての恋人を前に常にヘタレなチキン野郎だった。



急いで靴を履いて、帰っていく生徒とは逆の方向へ走り出す。人が殆ど通らない裏門で、待っていてくれている臨也の姿を見つけた。
「掃除、終わった?」
「…おう」
一週間で一日くらいの頻度で、喧嘩を一度もふっかけられない日がある。そんな日は、必ずこうして俺と一緒に帰宅しようと待っていてくれるのだ。

きっかけは、臨也からの告白だった。さんざん暴れ回って、俺も臨也も傷だらけの状態で屋上に寝転がっている時に一言だけ、好き、と言われた。その時は俺も気が立っていたし、またからかわれているのだろうと、わけのわからないこと呟くな!と止めの一発を入れてしまった―――今、あの告白が本物だったことを思うと、かなり最低な行為であったが、新羅やセルティの手助けもあって、この関係に落ち着いた。だが、つき合った後も喧嘩をやめない俺たちを見て文句を言っていたので、新羅の真意は純粋なものでは無かったみたいだが。

ただ、恋人らしいことは一つも出来ていない。一緒に帰ったりするだげが不満なわけじゃない。でも、ほら、色々したいと思うのが男の性であって。…ただ、言動に移すには俺の覚悟や、力など、問題が山積みなのも事実だ。


「そういえば、あの先生、」
「昨日のドラマの幽くん、」
「前の、あのプロレスの、」
のろのろと、帰路を長い影を引っ付けながら歩く。口下手な俺はただただ臨也の話を聞く側に徹していた。次から次へと変わる話題に耳を傾けつつ、適当なところで「へぇ」とか「ああ」とか、相づちを入れる。すると、ちょっとだけ臨也が嬉しそうな顔をする。満面の笑み、というわけでは無いがはにかんだようなこの笑顔を見ると、ぎゅっと抱きしめたくなる。でも、それをするには俺の力はあまりにも危険すぎた。基本的に、キレている時以外なら手加減もできるし、触れた物を全て壊すような魔の能力は持っていない。だが、今の俺は一種の興奮状態にあるわけだから、どうなるかわからない。触れようとする度に、怖くなってしまう。

「…どうかした?」
顔をのぞきこまれ、ハッと我に返る。何でもねぇ、と言うと不服そうな顔をした。本人は隠しているつもりなのか、無意識なのか、どちらかは分からないが、気に入らないことがあると少しだけ眉を寄せる癖がある。かといって、臨也が話してる途中に全然別のこと考えてました!など言えるわけもない。
罪悪感をかき消すようにちょっとだけ歩幅を広めて歩く。歩くスピードが早くなった俺に、臨也はまた口を動かしながら着いてくる。ぴょこぴょこと臨也の前髪が揺れる。間抜けで可愛らしいなー、と観察していると、コツンと手と手が触れた。意識して腕をできるだけ自分の体側に近づけても、またぶつかる。なんか恥ずかしいなこれ、と思っていた瞬間に手の内側に臨也の手が滑り込んで込んできた。緩く握り込まれ、驚いて腕を動かすとするりと簡単に臨也の手は離れた。結果的に、握られた手を自らふりほどくことになってしまった。

「い、いざや…」
「あ、ごめん。」
そういってにこっと笑うと、何もなかったかのように話を続ける。臨也に触れられた箇所がひりひりする。なんで振り払った!と数秒前の俺を滅茶苦茶に殴りたくなった。恋人の手を振り払うという前代未聞の振る舞いをした張本人の俺には、さっきと変わらない表情で話かけてくれるにも関わらず、さっきより開いた二人の距離に何も言えなかった。


それからの話だが、学校の中で会っても、用事があるからとかドタチンが!とか、何かにつけて避けられる。でも、顔には出さない。ふっかけてくるチンピラについても、お愛想程度で、高見の見物をしている臨也はどこを探してもいない。しかしそれだけでは、馬鹿な俺は全く気づかなかった。最近ちゃんと会ってないなーくらいで。でも、決定的なことがあった。暴れずに終わったとある日のこと、いつものように裏門に行ったが誰もいなかったのだ。これで、俺は気づいた。臨也に避けられている、と。


「で、俺のところに来たわけか」
「わりぃな門田…」
翌日、どうしていいか分からなかった俺は昼飯ついでに門田に相談しにきたわけだ。新羅でも良かったが、アイツの言葉はたまに訳がわからないし、臨也が懐いている門田に白羽の矢が立ったのだ。

「そうだな…。単刀直入に言うと、」
ゴクリ、と生唾を飲む音が響いた気がした。死刑宣告だって、これほど怖くない。何か勘違いしている奴もいるが、俺はきちんと臨也が好きだ。そして、別れたくないと思ってる。さぁ、言ってくれ!!

「臨也は落ち込んでる」
…こんな表現は臨也に失礼だが、拍子抜けした。怒ってるとか、そんなところだろうと思っていた。でもよく考えてみれば、もし怒っていたのだとしたらもっと分かりやすかったはずだ。チンピラを倍にするとか、陰湿なイタズラをするとか、真っ向から向かってくるはずだった。臨也が落ち込んでるのだとしたら、俺は何をすればいいのか…。

「門田、どうすりゃいいんだよ…」
「あのなぁ…普通は謝るしか無いだろ」
ハァーッと大きな溜息をつくと、携帯でどこかに連絡し始めた。すぐに返事が来て、屋上にいるんだとよ、と伝えられた。礼を言うと「がんばれよ」と、肩をキツめに叩かれてしまった。たぶん、何馬鹿なことしてるんだ、という戒めも入っていたと思う。
門田の厚意を無駄にしないためにも、言うまでもなく自分自身のためにも覚悟を決めて俺は屋上に向かった。



俺が屋上に行くと、新羅が丁度出てきたところだった。やれやれという顔で肩に手を置かれて、何だか怖くなってきた。門田も新羅も二人そろって…。新羅が開けたままの扉を通って外に出て、臨也の姿を探す。でも何故か、いくら探しても見あたらない。もしかして逃げられた?と思い、探しにいこうと踵を返す。
…あ、居た。さっき俺が出てきたところの真上だ。梯子を上らないといけないような高いところに、背中を丸めて座っているのを見つけた。


「おい!」
「…」
「そっち行っていいか!?」
「…ドーゾ」
こっちを見ることなく、不愛想に返事をされた。間違えても梯子を潰してしまわないように細心の注意を払って登る。俺が来ると、かいていた胡座をやめて膝を抱えて丸まってしまった。その横に、少しだけ空間を開けて座る。

「あのな…えっと…」
ついモゴモゴと口ごもってしまう。罵倒する言葉は何でも出てくるのに、本当の気持ちを伝えようとすると上手く動いてくれない。

「悪かった」
「…別に、謝ってもらうことは無いよ」
「いや、でも」
やっと出てきた言葉も否定されてしまった。でも、拗ねてるのではなく、本当に謝罪の言葉は要らなかったという様子だ。

「俺が勝手に落ち込んでるだけ。気にしなくていい」
「気にしなくていい、ってテメェなぁー…」
「ごめん、すぐ本調子戻るはずだから。もうちょっとだけ、待ってて。今、踏ん切りつけてる真っ最中だから」
踏ん切り、という言葉に背中がゾッとした。もしかして、別れる準備という意味か?と思って、俺が悪いという事実も忘れて声を荒げてしまった。

「テメェ別れるつもりなのか!?」
「違うけど。ただ、俺の中の問題」
「…言え」
「は?」
「その『俺の問題』とやらを言え」
ぽかーんとしたあと、困ったという顔をして視線を逸らした。

「あまり、言いたくないんだけどなぁ」と眉を下げて苦笑する。なんだ?お前をそんな顔にさせる原因は。

「俺が、シズちゃんに触りたい、っていう問題だよ」
「えー、っと、それは問題なのか?」
予想外過ぎた。いや、予想なんて最初からついていなかったけど、もっと深刻な悩みかと思っていた。

「俺は、シズちゃんとつき合えただけで満足する予定だったんだよ。だから、いつかシズちゃんが離れていく前に俺は色々したいと思ってた。でもまぁ、それは俺の中の願望であって、その対象がシズちゃんである以上、シズちゃんが同じことを願わない限りは叶うことはないわけだ。そして俺は男で、シズちゃんも男で、性別なんて関係無い!なんていうのは美論であって。それを踏まえて考えると、俺が少しでも長くシズちゃんの恋人でいるためには、シズちゃんの意志を尊重すること、つまりは君に触れないこと。でも、それはちょっと寂しいから、今、現在進行形で踏ん切りつけてる」
「…」
今の話を聞いて思ったことは、正直、「コイツ、本気で俺のこと好きだな」だった。でも、この臨也がそんなしょうもないことで頭を悩ませていたのだとしたら、それは俺のせいである。俺は頭の中で好き好き考えても、そういうことは言ってこなかったからだろう。最初から俺が離れていくこと前提で話しているのは気に食わないが、「俺の意志を尊重」とか言ってるあたりやっぱり俺が手を振り払ったのがいけなかった。本当は、俺だって触りたいのに。
俺は腹を決めて、自分で開けた空間を自分で埋めた。そして、力を入れないように頭を撫でる。

「えっ、ちょっと、」
「あのな、それは勘違いだ」
「え?」
「俺だって触りたい。けど、怖い。って言ったらわかるだろ?」
普段はとりすましたような面ばっかり貼りつけているのに、今だけは素顔の臨也だ。こんな間抜けた顔のほうが俺は好きだ。俺の見間違いかもしれないけれど、赤い目がいつもより赤く、濡れていた気がした。
臨也は、頭の上にある俺の手を取って自分の指を絡めた。触れた手が驚くほど冷たくて、今まで「寒い寒い」と騒いでいるときに手を繋いでやらなかったことを後悔した。

「俺は馬鹿力だから、いろいろ壊しちまう。でも、壊したくないものもある。だから、触るのが怖かった」
「…普段、さんざん凶器投げつけてる男がよく言うよね」
「うるせぇ。てめぇだって『意志を尊重』とか言って俺の嫌いな喧嘩しかけてくるくせに。」
「はいはい、すみませんでしたぁー。…あれにだって意味があるんだけどなー」
「ああ?」
何もない!と言って笑う臨也は、俺の嫌いなニヤニヤ笑いではあったが、いつも通りに戻ってくれたようだった。

帰りは、久しぶりに一緒に帰った。さっきみたいに勇気を出して手を繋ぐべきか迷ってる間に、臨也が細い指で掴んできた。でも臨也も恐る恐るだったようで、ふわりと申し訳程度に添えるだけ。それに答えるように、俺より華奢な手を柔らかく包んだ。



「へぇーそれはよかったねー」
「まぁな。で、ところであの野郎『喧嘩にも意味がある』とか言ってやがったんだが」
「あーそれはね、『保険』なんだってさ」
「へ?」
「『シズちゃんと別れても、たぶん喧嘩は止めたりしないだろうから。形は歪でも、俺の最後の命綱』とかサムいこと言ってた」
新羅がした臨也の口調のモノマネが果てしなくウザかったので、臨也の俺への疑い深さとか愛の深さとか、そもそも俺がそんなに浮気しそうな男に見えるのか、というイライラなど色んな感情を込めて一発デコピンをお見舞いしておいた。失神していたが、俺の知ったところじゃない。
俺は負けず嫌いなので、臨也がわざわざかけたその保険を掛けた分無駄だった!と後悔させてやろうと思う。




―――――
ベッタベタ!よくワカンナイところは脳内補完もよろしくです。
ちなみに最初の臨也さんの話ですがシズちゃんの興味あることばっk…おっと誰か来たようだ。
臨也が乙女くさくてすみません。臨也本人はそうでもないはずが、シズちゃんから見たら乙女に見えるんだきっとそうだ決して作者が話を見失ったとかじゃない、そうだシズちゃんが臨也を溺愛してるだけなんだ。
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