朝方の青い空、青い海。そんな穏やかな海岸線を走る真っ黒な車。
日の光が反射しキラキラと光る海面が実に夏らしい。ただ、日差しが入り込まないよう暗いシートが張られている車内から見えるのは茶色い空と海。
そんな車の後部座席で 外は日差しが強いんだろうな、と思いながら私は大きなキャリーバッグから日焼け止めクリームを取り出した。
「凛子、もうすぐ着くけ。たちまち父さんらは――組の方に挨拶してくるけ凛子は先に新しい家を見に行っときんちゃい」
「うん」
7月末、今私は地元広島から東京へ引っ越す為、車に揺られている。中学2年生の2学期から東京に実質一人暮らしをする。実質一人暮らし、というのは誰も何も言わないが、恐らくボディガードが私の家、マンションの隣や上下の部屋に住み込むことになる事を知っているからだ。
東京での家は海の近くを父さんたちが選んでくれた。これは広島でも海沿いに住んでいたからだった。海に行ったこと自体はないのだけど。
そして私がこれから転校する中学校というのが……
「凛子、伏せえ!」
突然の父さんの大声にビクッと体が震え、反射的に手さげバッグで頭を隠し伏せた。
キキーッというブレーキやアクセルで体が前に後ろに大きく揺さぶられる。うっすらだがバァン、バァンという音も聞こえる気がする。
父さんの怒鳴り声が響いた。
暫く車が揺れ続けた後、急にピタリと止まった。
「凛子、外に出え」
黙って従う。
「父さんらはちょっと野暮用が出来たけえ、凛子はここに隠れときんさい。大丈夫、すぐ迎えに来るけえの」
見渡すとそこは港だった。たくさんのコンテナが積み上げられており、大きな客船から小さなボートまで様々な船が停泊している。
私が下りた車から父さん以外の黒いスーツを着た男の人が降りてきて、私のキャリーバッグを丁寧かつ急いで下してくれた。
「自衛はできる。父さんこそやりすぎちゃだめだよ」
私がそう言うと、父さんは私の頭をクシャッと撫でた。そして大きな声で いくぞ!と車に再び乗りこんだ。すぐに車は発車し、その場には私と、手さげバッグとキャリーバッグだけが残った。
「一応、隠れとこうかな。物陰は多いしどっかで大人しくしとこ」
キャリーバッグから上着とストール、帽子を取り出し、それぞれ装着した。
ガラガラとキャリーバッグを転がしながら辺りを見渡す。朝特有の涼しい風が吹き抜ける。その風に乗って大きな音が響いた気がした。
「……隠れんと」
嫌な感じがする。物陰とかそういうものではなくちゃんと隠れなければ。
どこか開いているコンテナはないかと虱潰しに開けようと試みるがなかなかない。そりゃそうだ、ともう一度周りを見渡す。あまり、いやかなり気は進まないが船に少しだけ身を隠そうか。でも船着き場はかなり見晴らしが良い。ちょっとだけ賭けになりそうだ。
「あの――組の身内の車が、この港に停まってたらしい」
「わざわざこんなところに来るってことは何かあるかもしれない。警戒しつつ辺りを探索するぞ」
ビクッと体が震えた。
かなり近くから声がした。続けてチャキ、という金属音も聞こえた。
足音を極力鳴らさないようその場から急ぎ足で逃げ出した。 だめだ、このままだと見つかるかもしれない。どうにかしなければ。
迷っている暇なんてない。
「せめて警備員とかがおりそうな大きな客船に助けを求めよう」
キャリーバッグを担いで急いで客船に近づいた。入り口になりそうなところは……
「ランプウェイは開いてない。側面の階段は」
船体の側面には階段がかかっていた。入られないように一応のロープがしてあったがくぐり、階段の先の扉が開いているかはわからないがとにかく登ってみる。
キャリーバッグと手さげバッグを持ったまま階段を上るのはかなり辛い。いつも重い荷物はあまり持たないし運動もあまりしないからすぐに息があがる。
「開いてて」
お願い、と階段を登り切りノブに手をかける。ゆっくりひねると抵抗なく回った。
「すみません……!」
不法侵入なのは後でいくらでも怒られます!と小さく呟いてこっそりと中に侵入した。
息を潜めて船内を歩く。出来れば話の分かる警備員の方に会いたい。
「あの、すみません……」
適当に部屋に入ってみるが誰もいない。別の部屋に行こうか、と振り返る前に窓に目がいった。
そういえば先ほどの声の人たちはまだ探しているのだろうか。車が停まっているはずだからそれを確認できればいいのだが。そう思って窓から外を見た。
「黒い車が2台……父さんの車じゃなさそうだな。黒い服の人が5、6人もいる……どうしよう……」
ここから確認できるのが5、6人ってだけで多分もっと人数はいそうだ。ここの警備員の人に言ってももしかしたら対処してくれないかもしれない。これは大人しく隠れている方が得策かも。
幸いこの船は客船のようで(しかもかなり大きな)、まだお客さんは来ていないようだった。これは暫く出港しないだろう。お客さんが乗ってきた辺りで、いかにも私はお客さんですってフリをして出よう。お願いだからそれまでにあの黒い服の人たちが帰ってくれますように。
私はストールや帽子、上着を脱いでキャリーバッグに収めた。
***
「人が入ってきたけど、あれは中学生……?」
ずらずらと色とりどりのジャージを着た中学生(もしかしたら高校生かもしれない)が船内へと入っていった。黒い服の人たちはコンテナの陰からこそこそとその様子を伺っている。
部活の遠征か何かかな。まずい、これじゃあお客さんのフリして出られないし、黒い服の人たちもなんだか怪しんでるみたい。どうしよう。
「誰か、責任者の人に話して……船外に出よう」
下手したらこの船の人が関係していると思われてしまうかもしれない。そうしたら折角の遠征なのに、彼らに迷惑がかかってしまう。この船の構造に詳しい人に目立たない出口を教えてもらおう。
決意して様子を伺うために潜んでいた部屋を出た。
「誰か、すみません。誰かいませんか」
キャリーバッグをカラカラと引いて声をかけてみる。声が吸収されていく。くそう、良い材質で出来てそうだ。
すみませーん!と何度か呼び掛けながら歩いていくと、突然声をかけられた。
「アーン、お前、何者だ?」
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