MHA短編 | ナノ



言い逃げヒーロー

「僕は か、神憑(かみがかり)と言います」

どことなくオドオドとした雰囲気があいつを彷彿とさせる。突然現れたそいつは突然俺にそう告げた。
だからなんだ? とばかりに少し睨んでやればビクッと軽く肩を震わせる。だが意を決したように俺の目をじっと見つめてくる、そいつ。それがさらに気に障る。

「お前が何者かとか俺には関係ないし、興味もない」
「僕には貴方が轟焦凍さんでなければいけないんです」

轟焦凍さんに、用事があるんです とそいつは言う。だから少し落ち着いて話せるところに行きましょう と誘導しようとする。何がなんだかわからない状態で、おそらく年下と思われるそいつに案内されるがまま俺たちは人気の少ない小さな喫茶店に入った。
俺にはそいつに用など無い。なのになぜついていったかは、自分でもよくわからない。ただ自分よりそいつが強いとは思えないから襲われても倒せる自信があったし、俺の中でどこか自棄になっていたところがあったからなのかもしれない。

***

「轟くんはもう事務所決まってるんだよね」
「それは緑谷もだろう」

焦凍の記憶のいつかの帰り道。そんな話をしながら帰路を行く彼らの背を友人たちは好奇の目と、そしてキラキラと期待の混じった視線で送った(後者は特に女子によるものである)。
雄英高校の3年間で各々力をつけた彼らを、ヒーローを探す事務所が黙っているはずもなく、スカウトの嵐の中から焦凍と出久はそれぞれの事務所に引き抜かれた。
雄英高校の卒業生は大抵ヒーローの相棒(サイド・キック)としてヒーロー事務所へ就職する。卒業してすぐ独立したヒーローになるというのは極めて成績の優秀な者だけだった。

「ヴィランとの実践経験もあるし、轟くんならすぐに人気ヒーローになれるね、きっと」
「それも緑谷自身に言えることだと思うが。 少しは自分の事をしっかり主張できるようになったと思ったがそうでもなかったか」
「そ、んなこと……んん、ある、かな」

頑張らないとなぁ と出久は握りこんだ未だに傷の残った拳を見る。
その拳を横目で見ながら焦凍は なぁ、と声をかけた。
どうしたの? と出久は自分よりも少しだけ高い位置にある焦凍の顔を覗く。焦凍は口を小さく開き、閉じた。
出久に主張できないのを咎めたばかりだというのに自分もたいして変わらないものだと頭をガリガリと掻いた。

「お前ならすぐにいいヒーローになれる」
「そ、そんなの轟くんの方が! ……いや、そうなれるように、頑張るよ」
「そうだな、俺もお前に負けないように頑張らないとな」

結局一番言いたい言葉を出せないまま誤魔化すように焦凍は小さく笑った。出久は出久で謙遜の意を込めて 頑張る、と言ったがその胸のうちは誰にも負けないヒーローになると決意を新たにしていた。
まだまだ発展途上の少年と青年の狭間にある二人に夕日の眩しすぎる光が降り注ぐ。日光こそ強いがまだまだ肌寒い時期である。
これから暖かくなる頃には と思うと彼らの胸に締め付けるような小さな痛みが走った。

「そういえば、緑谷はなんでヒーローになろうと思ったんだ? 並大抵の決意と努力じゃ雄英で上位にはいるなんて」
「運命に屈したくないと思ったのかな……」
「……?」
「オールマイト……笑顔で人を助けるヒーローってすごくかっこいいなって思ったんだ」

オールマイトのデビュー戦の動画を何度も見たんだ と興奮混じりに言う出久を見て焦凍は微笑んだ。俺もだ、と。

「オールマイトみたいな ううん、オールマイト以上のヒーローになりたい。 轟くんがヒーローになりたい理由は知ってるけど、僕も負けられない。色んな人に支えて貰っちゃったから」

出久はニッと強気な笑顔を見せた。

***

「緑谷出久、さんを知っていますよね」

ああ勿論知ってるとも とすぐには答えられなかった。緑谷は俺の中で重要で、特別な位置にいる存在だったから。
目の前にいるこいつが緑谷とどんな関係なのかは知らないが、素直に答えてやれるほど今その名前を聞いて余裕がなかった。ましてや、確信めいた言い方をされれば尚更だ。こいつが何を考えているのか全く読めないせいもあるかもしれない。
何も答えずじっと様子を伺っていると、無言を肯定と受け取ったのかこいつは 大丈夫ですから、とまるで感情むき出しのガキをあやすような優しい声で言った。
ああ、気に入らない。

「あなたに危害を加える気はありません。僕は話をしに来ただけなんです」
「……何が言いたい」
「轟さんはこの前の超高層ビル、ヴィラン籠城倒壊事件の救助にあたっていましたよね。 まだ学生の身でありながら、誰に頼まれたわけではないのに」

確かにそうだ。学校からの帰り道、たまたまその現場に出くわした。
そのときにはすでにビルは倒壊をはじめていた。だが幸いなことにヴィランは捕まっており、あとは被害者たちを救助するだけだった。
学生といえどヒーローの卵。売名を狙った訳じゃないがたくさんのヒーローが集い苦戦している中、本能的なのかもしれない、体がその現場に向かっていた。

「そのお陰か、一般人は負傷者は多数居れど、死者行方不明者はゼロだそうで……」
「ああ、そうだな」
「あなたによって救われた人もいらっしゃるとか、」
「お前がさっきから何をいっているかわからない」

なぜかいちいち刺のある言い方をされている気がする。誰の言葉を代弁しに来たかは知らないがそいつは人選を間違えたようだ。
飲んでいたコーヒー分の代金を置き もういい、とこの場を去ろうと立ち上がった。

「あっ……待って轟くん」
「!」
「……あ! し、失礼しました」

足を止めたのは仕方ないことだと思いたい。
何となくタイミングを逃したような気がして仕方なく椅子を引き再び椅子に座り直す。

「……話だけは聞いてやる。 ただしたいした内容じゃないと思ったらすぐにでも帰る」
「それで結構です」

俺は足を組み、背もたれに大袈裟に寄りかかった。

***

黒煙を視界にとらえ、二人は現場へ向かっていた。ざわざわと騒ぐ野次馬が見えそこだとわかる。
全力で走ってきたためか軽く息を乱しながら事件現場に着くと数人のヒーロー達がいた。

「な、何があったんですか?!」

すぐに出久は野次馬に噛みつくように聞き出す。聞かれた野次馬Aは大きく驚きながらも全容を話した。
町中で突然ヴィランが暴れだし超高層ビルに立て籠ってしまったのだと言う。ビルはヴィランが暴れたせいで着実に倒壊を始め、今ではほぼ崩壊したと言っていいほど原型を留めてはいなかった。幸いヴィランはすでに捕まえられており、あとは被害者を救い出すだけだった。
たくさんのヒーローがその場に集合しており、事の甚大さがひしひしと伝わってくる。

「なな……みっ……奈並……!!」

突然二人の耳に甲高い女性の、悲痛な声が響いた。
その声の発信源は彼らの思ったより近く、そこには野次馬の壁に阻まれながらも倒壊中のビルにボロボロと大粒の涙を流しながら叫ぶ女性の姿があった。

「だ、大丈夫ですか?! なにが……」
「うちの娘が!娘がまだ中に……!! ま、まだあの子は6歳で……!わた、わたしは先にヒーローに外へ連れ出されてしまって……」

元々なのかそれとも叫び疲れたのかすっかりガラガラになってしまった声で話しかけてきた出久に女性はそう告げた。そしてふらりと力が抜けたように地面に膝をついた。

「今ヒーロー達が懸命に救助作業をしている。 あんたの娘ももうだめだと決まった訳じゃないだろ。しっかり気を保て」
「……あなた達の制服……雄英の制服ね、それ」

ギロリと二人に向けられた視線は恨むような、だがどこか羨むような妬ましいような、そんな視線。

「それにあなたたちの顔も見たことあるわ。……私も娘と体育祭を楽しみにしてたから」
「あなたは、何を言って」
「恵まれたあなた達にはにはわからないでしょうね!娘の、」

無個性として生まれた娘の気持ちが。

その言葉が後か先か、それすら他人に認知される前に出久は突如、彼の持つ“個性”によって風と共に消えていた。
風の先には、倒壊中のビルがあった。

***

“個性”には得手不得手がある。
ヒーロー向きの派手で強力な“個性”があれば、生活や何かをするとき、ああそういうときちょっと便利だよね と言うだけの地味な“個性”もある。ヒーロー向きの“個性”だって攻撃や防御やそれこそ得意不得意が大抵別れる。万能な“個性”もあるにはあるのだが。まあ、使いようだと20年弱生きてきて思った。
自分の“個性”はかなり戦闘向きだと思っている。決して望んで得た“個性”ではないが。
人は生まれながらにして平等でないことを知ったのは、おそらく誰よりも早かったのではないかと思う。それこそ物心ついた頃には。
それと同時に人生の指針が決まった。それは暴走した父親を全否定すること。

“個性”は両親のどちらか、または両親の“個性”の複合的な“個性”が発現する。
俺は兄たちとは違い、あの男の目論み通りの“個性”を発現させた所謂成功品。俺にとっては迷惑きわまりない話だ。あの男の“個性”が、いやあの男自身が俺の左側にまつわりついているようでこの上なく許せない。
あの男が自分の父親でなければ良かったと何度思ったことだろう。あの男以外が俺の父親だったらきっと全く違った生活をしていただろう。
本当に人は生まれながらにして平等でない。

緑谷はよく人に恵まれた、支えられた と言っていた。以前あいつのヒーロースーツは母親のお手製だと嬉しそうに話していたことを覚えている。きっと優しい親に恵まれ愛情一杯注がれて育ったのだろう。
それに緑谷自身人を惹き付ける能力があると思う。あんなにすごい“個性”を持ちながらどんな相手にも尊敬の念を持つし、腰は低め、のくせにここぞというときは頼りになるし、自分達は良きライバルとして互いを高めあえていると思う。
あれほどの“個性”があるくせに極端な話爆豪のようにならなかったのが、あんなに低姿勢で人の何倍もの努力をしようとするのが少しだけ不思議だった。俺でさえ一応それなりの自信を持っているというのに。
なのに緑谷は周りに恵まれただとか運が良かっただとか、自分の努力のためだろうに謙遜が過ぎる気がする。それが前からずっと気になっていた。
“個性”は強ければ強いほど驕りを生み、弱ければ弱いほどこの世界では肩身の狭い思いをする。そう思っていた。しかし緑谷は完全に真逆。
そういえば一年の最初の頃はまだ“個性”を使うと体にダメージを受けるようだったし、そのせいかもしれない。“個性”をちゃんと操れないのが自信のなさを生んだのだろうか……。

「あの、考え事……ですか」
「……なんでもない」

目の前のこいつも緑谷のようにおどおどしているがその緑谷は強力な“個性”を持っている。どんな“個性”を持っているかなんて全く検討もつかない。なにも考えず無闇についてきたのは間違いだっただろうか。
こいつの“個性”は一体どんなものなんだろう、と物思いにふけりながら右手で頬杖をついてみた。

***

警察の包囲網を抜けて焦凍は倒壊中のビルに潜り込んだ。目的はもちろん人命救助、もあるが、それよりも先に行ってしまった出久を無意識に追いかけてしまったということが大きい。
大体俺の“個性”は事故現場での人命救助はあまり向いていないんだ、などとぼやきながら慎重に足を進める。

「おい、そこの子!」
「!」

焦凍は警察でも追ってきたのか、と構えたが、そこにいたのは救助活動中のヒーローだった。どうやら焦凍を被害者だと思っているようだ。

「もう大丈夫だ、俺が外につれてってやるからな」

そう言いながら焦凍に手を差し出すが焦凍は いらない、と一蹴した。

「俺は雄英高校3年の轟焦凍。 既に免許も持ってる。微力ながらこの救助活動に協力させて」
「ああ!エンデヴァーさんとこの子か!」

焦凍の言葉が終わるより早くヒーローの顔が明るくなった。
その言葉に焦凍の眉がピクリと動く。

「いや助かる。 こちらも作業が難航していて人手がほしかったところだ。是非頼む」

頼むぞ、とそのヒーローは元来た場所へ戻っていった。焦凍は瓦礫に埋もれた行く先を見る。

「(こういうときだけはあの男の『ブランド』も悪くない)」

焦凍にとっての父親、というのは(彼にとっては父親と思いたくもないだろうが)とにかく重荷だ。エンデヴァーの息子だからできて当然だ と過度な期待されたり、ヒーローには父親を目標にしてるなんて根も歯もない話が一人歩きしていたり。そんな状態では焦凍でなくてもヘソを曲げたくもなる。もちろん焦凍の『反抗期』はそんな簡単なものではないのだが。

「(緑谷ならこんなとき笑うんだろうか)」

彼自身オールマイトに強く影響されていると公言している。恐れ知らずの笑顔で人を救うオールマイトに憧れたのだ とそう言って。
自分には笑顔で人を助けられないと焦凍は思った。顔を意図的に作れるほどまだ短い人生の中で笑い慣れていなかったのもあるが、なによりヒーローになる理由が不純であったからだ。
エンデヴァーを、父親を否定する。その為だけにヒーローを目指す上で笑顔など必要ないのだと焦凍は自分に言い聞かせていたのかもしれない。
だが親とは違うと言い聞かせながらも実は似た者同士なのかもしれないと言うことに焦凍は未だに気づいていない。

瓦礫を避けながら捜索していると、何やら分かりやすい鉄の臭いが焦凍の鼻をついた。気になり回りを見ればそこには血溜まりがあった。
プロヒーローになる上で必ずこういう場面は目撃するとは思いつつも、いくら背伸びをしようとまだ学生。まだ子供。焦凍はピタリと動きを止めた。
恐怖心かもしれないが焦凍が一番に思ったのは、嫌悪。
雨上がりの後の水溜まりのように広がる血が気持ち悪いと、自分にも同じように流れる血が外に流出している様が気持ち悪いと、自然とそう思った。

「(こんなときでも、笑えるのか)」

焦凍はグッと足に力を込め、血溜まりの方へ歩き出した。被害者は と探す中、引きずられたような血の跡が残っているのを見つけた。
引きずられると言うより這いずっているようにも見えるその血の痕跡を追うと微かに、幼い子が泣くような声が焦凍の耳に聞こえた。

***

「あの子は無事ですか?」
「……あの子?」
「なんと言えば良いのか……あの無個性の子です」

どんな個性を持っているのか考えているともじもじしながらもそいつは聞いてきた。緑谷の話題から変えてきたということは向こうもなにかこちらの気配を察したのかもしれない。
一応少し白を切って、だから誰だ? と聞けば答えるのが難しいのか小さく うう、と唸った。

「先の事件の被害者、です。あなたが助けたはずですが、覚えていませんか?」
「……どうしてそれを知りたい?」
「どうして…… 安心したいからかもしれない」
「お前今自分で言ったよな。『一般人は負傷者は多数居れど、死者行方不明者はゼロだそうで』って。 それじゃ安心できないのか?」

何となくこいつの“個性”を読心とかかと勝手に考えていたが、どうやら違うらしい。俺の考えていることが読み取れるとしたらそんなことは聞かないだろうから。
本人もどう言えばいいかわからないのか困ったように小さく笑った。 あ、似てるな。

「そいつなら無事だ。大事をとって1日くらい入院していたらしいが、元気だそうだ。 どうやって突き止めたのか、事務所にファンレターが届いた」

らしい とは言わなかった。
話を聞いてそいつは よかった、と胸を撫で下ろした。

「用はそれだけか」
「……もう少しだけお話が」

俺は再びあからさまにため息を吐いた。

「す、すみません。お時間をとらせて……」
「今更だ」

今日はさしたる用もない。ただこれから暫くは忙しくなる。だからこいつは本当にちょうどいいタイミングで話しかけてきたと思う。

「すみません……もう、二度はないですから」
「そうだな、何度も呼び止められても困る」

すみません ともう一度そいつは謝った。そこでも困ったように笑っているから呆れる。謝る態度じゃないだろうに。
それでも何も言えないのはそいつの事を心のどこかで許してしまっているからだろうか。

「その、緑谷出久さんの事なんですけど……」

そいつがとうとう口にした。おずおずといったように。
なんだ と促してやればそれでも言い出しにくそうに、えっと、あの と言葉に詰まっていた。

「率直に、言うと、彼から伝言を預かっているんです」

***

むせ返るような血の臭いの中、焦凍は漸く一歩前に出た。一歩目が出ると気づけば足は自然と前へ出始め、か細い声のもとへ到着できた。だがその目の前には高くつまれた瓦礫が山を成していた。

「そこに、誰かいるのか?! 大丈夫か、今すぐそっちに」
「轟くん……?」

瓦礫の向こうに声をかけると泣き声の他に弱りきった小さい声が聞こえた。

「緑谷?!」
「やっぱり……轟くん、なんだね。 僕ら、この瓦礫……に、埋まって…る訳じゃないんだ……こっち側にね、女の子が一人いる……んだ、はやく……助けてあげて……」

焦凍はすぐにただならぬ状況だと理解し瓦礫が崩れないよう氷でガチガチに固めた。もちろん向こう側にいるであろう出久や少女が巻き添えにならないよう細心の注意をはらって。
焦凍は慎重に瓦礫の山を越えると、その目の前には先程とは比べ物にならない大きな血溜まりと、その上に横たわる口やら腹部やらから血を流す出久、そしてその傍らに泣きながら出久の頭を撫でる少女の姿があった。

「緑……!」
「あ、へへ……ちょっと……失敗しちゃって」

そういう出久の身体はどう見てもボロボロ。誰の目から見てももう自力で動かす事は困難な状態だということは明らかだった。

「おっおにいちゃんっ……だれぇ?」

大粒の涙を絶え間なく流す少女にそう聞かれ焦凍は漸く目の前の状況が飲み込めた。この少女は見たところ目立った外傷はない。出久はこの少女を守ったのだと。

「……もう大丈夫だ。俺が外に連れていってやるからな」
「この、おにいちゃんっがっ、しんじゃう〜〜っ」
「轟くん、僕は後で……いいから、はやく」
「やだぁ!いずくおにいちゃんもいっしょなの!」

焦凍も出久の状態は下手に動かしては余計危険だということはわかっていた。だが容態は一刻を争うことも。明らかに血を流しすぎているし、急いで少女を外へ連れ出して再び戻ってくるのは……いや、時間がかかりすぎる。そんな頭の中の問答を繰り返すがそれすら焦凍には時間の無駄に思えた。
ギリ、と歯を食いしばり少女を抱き上げ先程の瓦礫の山を登り出した。

「すぐに戻ってくるっ……!!」

その目にはうっすら涙が浮かんでいた。
後ろの方で小さく呟かれた、ありがとう と言う声は焦凍の耳に届いたのだろうか。

***

「伝言……?」
「はい、そうです。緑谷出久、から貴方に」

少し考え込んだ後、組んでいた足をほどいた。俺のその行動に聞く意思を持っていると受け取ったのか、こいつは少しだけこちらに近づいた。

「轟くん、僕は君に言ってなかったことがある。これはいつかの君の質問の返答になるかもしれないけど、とっても重大な秘密なんだ」

妙な話し方だ。伝言と言う割りにはメモなど見ている素振りもないし、一言一言考えながら言っているように感じる。考えているようには見えるが、どうにも思い出しながら、と言うようではなさそうだ。なぜか、とても引き込まれる。

「かっちゃんは知ってるんだけど、僕は本当は無個性だったんだ。本当だったら僕はヒーローになるどころか、雄英に入ることも、君に会うこともなかったと思う。でもどんな運命か、いろんな偶然が重なって、いろんな出会いがあって僕たちは出会えた。それを僕は何よりも感謝してる。ヒーローになれたことも心から嬉しいと思ってる。僕は本当に恵まれ過ぎてる……。 ああ、それも伝えたいんだけど、違う違う。僕が無個性だってさっき言ったでしょ。僕が君の、皆の前で使っていた“個性”、あれはオールマイトから引き継いだものなんだ。オールマイトの“個性”自体、代々受け継がれてきたものらしくて、本当に名誉のある“個性”だと僕は思う。僕は幸運なことに、オールマイトの後継者に選ばれて、“個性”を受け継いだんだ。 体育祭のとき、君は僕にオールマイトの“個性”に似てるから隠し子かって聞いてきたでしょ、これでその答えになったかな。 今まで騙してきて、ごめんなさい。でも、この“個性”を受け継げて僕は後悔してない。 ……今、何でこの話をしているかって言うと、君にオールマイトへ会いに行ってほしいからなんだ。事情を知っているって。そして僕の行動についても、説明して、聞いてきてほしいんだ。でもこの“個性”のことはオールマイトの意向もあって、最低限の人にしか話さない約束だから。他言は、避けてほしい。あと、その、たくさん要求して悪いけど、オールマイトに言っておいて欲しいことがあるんだ。 ……ごめんなさいって」

こいつは何をいっているんだ。
目の前の少年が一方的に話すのを俺はじっと聞いていることしかできなかった。オールマイトの“個性”だとか緑谷が無個性だったとか、信じられないことだらけだ。
だが確かに、こいつは俺と緑谷が秘密裏にしていた話を知っている。信じられないことだが、信じるしか、ないのだろうか。
この少年はいったい何者なのだろうか。

***

「とど、ろ……きく……」
「緑谷、大丈夫だ、もう大丈夫だから待ってろ。すぐ外に」
「あ…の子は」
「救出した。 今は他人より自分の心配をしろ」

そっか、と出久は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「……轟くん、お願いと、受け取ってほしい、ものが…あるん…だ」

血を流しすぎたのだろう真っ青な顔で出久は焦凍に言った。言葉を発することも辛いはずなのに。

「今すべきことじゃない。脱出して怪我を治してからでいいだろう。しゃべるな」
「だめ。 そこ、瓦礫の下にヴィランが……埋まってる。ヴィランは、単独犯じゃ、なかった……女の子が、襲われてて」
「わかった、警察に明け渡すから。 外へ出たとき救助を求めたからもうすぐ来るはずだ、お前に負荷のかからないようにここから出せる“個性”の奴が……」
「じゃ、尚更……急がなくちゃ」

出久はよれよれと右手をあげた。そして焦凍の後頭部へ持っていくとぐい、と引き寄せた。焦凍はなにがなんだかわからないまま、だが出久の望むことなら、と出久がやりたいようにさせた。

「受け取って、」

出久は焦凍を引き寄せると、そのまま焦凍の唇へ自分のそれを押し付けた。そしてぬるりとした感触と同時に焦凍の口内に出久の血だか唾液だかで濡れた舌が侵入した。
焦凍は驚いたが下手に動くこともできない。出久が怪我人だから、という理由もあるが、それよりは。
だが理由など今はどうでもいい。
焦凍は気付けばほほを涙で濡らしながら、ぐったりと力の抜けた出久の体を懸命に抱き、そして口付けを続けていた。



翌日の新聞の一面に大きく特集がとられていた。

『ヒーローの卵、命懸けの救出劇!!』

焦凍は駆け付けたプロヒーローに連れられるようにして瓦礫の下敷きとなっていたヴィランと崩壊したビルから脱出した。脱出後、沢山の報道陣から囲まれ、焦凍はヴィラン捕縛の活躍のことを追求されたが、すべて出久が一人で成したこと、彼は命がけで少女を守り抜いたことを説明した。それ以外はどんなことを聞かれても答える気にはなれなかった。
お陰で新聞には出久のことで持ちきりだ。
当の本人がこれを見ていれば真っ赤になって喜んだだろうに、などと普段は現実を見据えている焦凍もこの状態では考えられないほど自棄になっていた。

***

「トップヒーローは学生時から逸話を残している、か」
「……?」

緑谷の葬式が終わったあとでも、緑谷のいない俺たちの卒業式が終わったあとでも、あの血の味は忘れられない。忘れられるはずもない。

「緑谷は俺にとって、大切な存在だ。 良きライバルで、良き友人だ」
「彼も貴方をそう思っているでしょう」
「そうだと、いいな。 あいつはあの事件で世間の目を一身に受けた」

緑谷はあの事件で後世に語り継がれるべき伝説のヒーローとなった。
暫くはヒーローの卵が命をとして活動をしたと涙を流すものも少なくないだろうし、緑谷を目標とするものも、いるだろう。もしかしたらいい教材になるかもしれないと、教科書に載ったりもするかもしれない。
緑谷は俺の同期でありながら、一瞬にして俺よりはるか遠い存在となってしまった。
そして同時に、一生追い付けない存在となった。

「緑谷は、俺のヒーローでもあり、俺の憧れだ。 これからも切磋琢磨したかったが……もう追い付けないな」
「そんなこと、ない」
「……?」
「轟くんなら、最高のヒーローになれる。僕なんかより、ずっと。 僕はただ救助活動中にヴィランにやられただけ。君ならそんなへまはしないだろう」
「……お前は、一体……」

誰なんだ、と言いかけたとき、そいつはガタッと席を立った。

「すみません、お時間をとらせて。 貴方のヒーローとしての活躍をこれからも楽しみにしていますね」
「ま、待て!お前は一体」
「あと、これだけは、言わせてください」
「誰なん」
「轟くん、今までありがとう。 君のことが誰よりも好きだ」
「緑谷なのか……?!」

そう言った途端、そいつの体からガクリと力が抜けたように倒れた。
突然のことに驚き近付くと うーん、と唸りながら目を擦っていた。何ともないようだ。

「緑谷、緑谷!俺も、お前のことが」
「あれ……あ、そうか。 確信したんですね」

んー!と伸びをしながら状態を起こす。明らかに緑谷とは違う言動に俺は言葉がでなかった。

「ちゃんと、聞いて、伝えられましたか。貴方の思い、彼の思い」
「お前は一体何者なんだ」
「いえ、大した“個性”じゃないですよ。 僕の名前は神憑 霊威(かみがかり れいい)。“個性”は霊言です。簡単に言えば、幽霊を体に宿してその声を伝えるって感じですかね」

そうか、だから、と今までのこいつの言動を思い返して納得してしまった。最初から最後まで緑谷だったのだ。似ている、とかではなく本人が俺に伝えたいと願って俺の元へ来ていたのだ。

「一応体に霊を宿しますから少なからず緑谷さんの気持ちは伝わってきます。彼はちゃんと言いきったようですね。 貴方は、ちゃんと伝えられましたか?」
「そ、そうだ。悪いがもう一度“個性”で緑谷を呼んでくれないか。まだ伝えられてないことが」
「ちょちょちょっと、落ち着いてください! あの、もう少し僕の“個性”の説明をさせてもらってもいいですか……?」

なぜか嫌な予感がするが頷くと、あの、と話始めた。

「僕の“個性”の効果が切れるには二つ。まずは霊自身の意思で出ていくこと。僕から外に追い出すことはできません。もう一つは、誰かが僕の中に入っている霊が誰か特定し、確信すること」

疑うくらいならセーフみたいなんですが、と続けるが全く頭に入ってこない。要するに、あれか。俺が緑谷が来る、と思っていればもう“個性”は切れるのか。
二度と緑谷にこの思いは伝えられないのか。

「言い逃げ、かよ」
「伝えきれない言葉があったんですね」
「ああ」

伝えられると期待させておいてこんな仕打ちはない。胸が締め付けられるように苦しく、俺は声を押し殺して涙を流した。
酷いことをする、マイヒーロー。

***

それからオールマイトや緑谷の母に会ったが、どうやら緑谷は来ていなかったようだ。俺にだけ来たのか、と思うと嬉しくもあり、そして余計に伝えられる機会が得られたのに、と悲しくもあった。
オールマイトには緑谷から伝言もあったため伝えておいた。彼はいつもの笑顔を剥いで、ただただ泣いていた。あの、大馬鹿野郎め、などと言いながら。
そしてあの時の緑谷の言動についても伝えると、オールマイトは静かに言った。

「ワンフォーオールは君に継承されたようだ。 緑谷少年の、形見だな。有効活用してやってくれ」

レクチャーは惜しまない、と言ってくれたがもう少し待ってほしい、とのことだった。贔屓にしていたわけではないだろうがどうやら弟子のような存在だったらしい。
そうでなくてもあの葬式の皆の悲しみようを見たら、緑谷がどれだけ愛されていたか、どれだけ大切にされていたかがよく伝わった。
あのプライドの塊の幼馴染みでさえ、馬鹿が、クソナードがヒーローに憧れやがって、などと言っていた。怒りと悲しみで顔を歪ませながら。

緑谷はもういない。だが俺の中には確かに新たな力が宿っているようだ。この力がある限り、緑谷のヒーローへの思いも、俺の緑谷への思いも風化させることはないだろう。

愛しい俺の言い逃げヒーロー。
お前のいう最高のヒーローに、お前と共に。


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