Always


 朝起きたら枕元にプレゼントがあるなんて、一体いつ以来だろう。
 大小さまざまな星が散りばめられた緑色の包装紙に包まれた、一辺がだいたい五センチくらいの立方体が、金色に縁取られた赤いリボンで装飾され、小さなブーツの中に入っている。
 それから目を離せないまま二、三度瞬きをして、起きぬけの脳がようやく、それをクリスマスプレゼントだと認識したと同時に贈り主にも思い至った。
 いつの間に用意したんだろう、とか。
 わざわざブーツの中に入っているなんて、演出が凝っているな、とか。
 そういえば小さい頃、こんな風に紙でできたブーツの中にお菓子がたくさん詰められているものが欲しくて、クリスマスになるとねだって必ず買ってもらったよな、とか。
 どうでもいいことばかり考えてしまうのは、この箱の「中身」について、脳が考えることを拒否しているから。
 否。
 自分に都合のいい想像ばかりしてしまいそうで、――怖いから。
 中身を見たい。でも、見たくない。
 何が入っているのか知りたい。でも、知るのが怖い。
 葛藤の末、たっぷり時間を掛けて、ブーツの中から小箱を取り出す。散々躊躇って、震える指で赤いリボンを解く。
 ひとつ、大きく息を吸ってから、次に、包装紙に貼られたシールやテープを外していく。緊張しすぎて、心臓がどうにかなってしまいそうだ。
 出てきた白い箱の、被せ蓋をそっと持ち上げる。上質な手触りの外装となめらかなカーブを描く上蓋は、予想が外れていないことを匂わせる。
 ――でも、違うかもしれない。
 こういう箱に入っているからといって、中身が俺の想像通りとは限らない。
 変に期待して違っていたらショックが大きいから、違う、違うと自分に言い聞かせる。入っているのはきっと、俺が想像しているような、そんな代物じゃない。
 そうやって自己防衛しながら、小箱を手に取り、そっと手のひらの上に乗せてみる。時間が経てば立つほど、緊張が高まっていく。
 ごくりと唾を飲み下して、俺は、どくどくと大きく脈打つ心臓の鼓動がそのまま伝わる指先で、そっと上蓋を押し上げた。
 つややかな光沢と、想像と違わない形状を目にして思わず息を飲む。

「――ッ!」

 自然と、目頭が熱くなる。
 こんなものを貰える価値が、果たして俺にあるのだろうか?

「泰裕……!」

 小箱の蓋を閉じそれを左手に持ったまま、隣にある泰裕の部屋とを隔てる間仕切りに駆け寄る。
 俺が使わせてもらっているこの部屋は、元々は隣の部屋とひと続きの広い部屋だったらしい。それを、泰裕の両親が子供の成長に合わせて間仕切りをして二つの部屋に分けたから、間にあるのは壁ではなくて上吊式の引き戸。
 その取っ手に手を掛け、そっと戸を開ける。泰裕はすでに起きていて、ベッドの上に座っていた。

「那津」

 気づいてすぐに俺に向けられる、いつの日も変わらない、柔らかい微笑み。
 同じように柔らかく穏やかな声がもう一度俺を呼ぶ。

「那津、おはよう」
「……お、は、よ……」

 吸い寄せられるように足を動かし、俺は泰裕の胸へと飛び込んだ。
 背中に腕を回してぎゅっと抱きつく。
 泰裕の体温を感じたら余計、涙があふれそうになった。

「那津、どうしたの?」
「……プレゼント……」

 小さな声を絞り出して何とかそれだけ伝えると、泰裕は「ああ」と頷いて、俺の頬を両手で挟んだ。
 そのまま顔を上げさせられて、そっと唇が触れ合う。

「ちょっと、ベタかな、とか思ったんだけど」

 苦く笑う泰裕に、一生懸命首を横に振ることで答える。
 そんなことはない。
 男女間でなら定番かもしれないけれど、俺は、自分がこういう品物をもらえるなんて思ってなかったから。
 ただ嬉しくて。
 だから泰裕がそんな顔をする必要はないんだって。
 心の中にはいくつも言葉があるのに、胸がつまって、何ひとつ音にならない。
 泰裕の胸に頭を押し付けるようにしてただひたすら首を振る俺を宥めるように、泰裕は何度も何度も俺の背中を撫でてくれている。
 この手の優しさを、ぬくもりを、疑う余地などどこにもないのに。
 それなのに、弱い俺はどうしても確かめたくなる。

「……いいの?」
「なにが?」

 こんなものを贈られたら、俺は。
 この先の未来を、過剰に期待してしまう。
 ずっと一緒にいてくれるんじゃないかって、ずっとそばにいてくれるんじゃないかって。

「俺、で」

 期待と不安に震える声でそう問うと、泰裕の手が俺の髪をそっと撫で、少し伸びた横髪を耳に掛けた。
 そのまま耳朶を擽った指先は、頬を滑って唇へとたどり着く。
 人差し指でつー、と撫でられて、思わず目を瞑った。

「俺はね、那津」
「?」

 聞こえてきた優しい声色にうっすらと目を開け泰裕を伺い見ると、泰裕は声と同じ、ひどく優しい顔で俺を見つめていた。
 唇が動いて、静かに言葉が紡がれる。

「愛してるって言葉を確かなものにするために、俺が那津にあげられるものって、これくらいしか、思い浮かばなかったんだ」

 泰裕は「これくらい」って言うけれど、俺にとってはこれ以上ない代物。
 俺が閉めた上蓋を押し上げ、泰裕の指がその中に収まっているリングを取り出す。
 左手を取られて、俺は思わず泰裕の顔を凝視してしまった。

「泰裕……!」
「那津がご両親やお祖父さん、お祖母さん、家族の皆に愛されて育ってきたっていうこと、よくわかるよ。たくさんの愛情が、愛された記憶が今の那津を守っているんだって、支えているんだって、すごくよくわかる。だからもしも」

 そこで泰裕が少しだけ悲しそうな顔を見せたから、俺は思わず、泰裕に握られていないほうの手で、その頬に触れていた。
 表情を緩めた泰裕が、ゆっくりとリングをはめていく。――左手の、薬指に。

「那津はこんな話、聞きたくないかもしれないけど、もしも俺が那津を置いて逝くようなことがあったとしても、俺もそんな風に、那津の支えになれるように。俺との思い出が、記憶が、那津を守ってくれるように。俺の心が、気持ちが、少しでも那津の中に残りますように……って。これは、誓いっていうよりも、そんな、願いを込めて」

 俺の瞳からは、知らず知らずのうちに涙が溢れ出していた。
 俺が怖がっているものに、泰裕は気がついていた。その上であえてこんなたとえ話をすることで、この先の未来を約束してくれようとしている。
 こんなに幸せなことがあってもいいんだろうか?
 ぴたりと納まったリングを抱くように胸の前で手を重ね合わせる。
 そこから温かさが溢れ出して、俺の胸に染み込んでくるようだった。

「那津」
「ヤ、スヒロ……」

 泰裕の唇が涙を舐め取るように頬から目尻を辿って、それから俺の唇に触れる。

「那津、愛してる」

 これは悲しい涙じゃなくて、嬉しい涙。
 だけど、こんなにも深い愛情を示してくれる泰裕に、嬉し涙といえども泣き顔ばかりを見せてはいられない。
 涙をこらえて、最高の朝にふさわしい精一杯の笑顔を作る。そんな俺に、泰裕はいつもと同じように、優しく微笑みかけてくれた。

END

2011/01/02


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