触れるだけのキスが、好き


 まさしく反動なんだと思う。
 試験が終わってから俺は、毎日のように泰裕の家を訪ねては、勉強に追われて触れ合えなかった時間を取り戻す勢いで、泰裕と唇を、体を触れ合わせていた。

「那津」
「んっ……」

 仕掛けるのはいつも、泰裕から。
 他愛もない会話の間に訪れる沈黙。絡み合った視線でがらりと変わる空気。
 伸びてきた手が片頬に添えられ、徐々に速まる鼓動を宥めながら、続く行為を予測して少しだけ顔を持ち上げる。泰裕との距離が詰まり、音も立てずに唇が触れてくる。いつだって、最初はただ触れるだけ。しっとりと、感触を確かめるように押し当て、やがて静かに離れていく。
 目を閉じて、幾度となく経験のあるそれを甘受する。意図的に視覚を遮断し、唇だけで泰裕を感じる。
 そうして触れるだけのキスを何度も交わしていると、その先を知っている体は、次第にそれだけでは物足りなくなってくる。すると、泰裕にはそれがわかっているのか、頃合を見計らって舌先を侵入させてきた。
 最初は遠慮がちに唇の輪郭をゆっくりとなぞり、俺が受け入れる意思を示して薄く唇を開いたところで、その隙間から舌を差し入れ、唇の裏側をくるりと撫でる。
 生暖かい体温と唾液を纏い、徐々に奥へと侵入してくる舌。応えるように自らも舌を差し出せば、ざらついた表面と引き攣れた裏側とを交互に舐められた。
 そのまま、硬く尖らせた互いの舌を擦り合わせ、時々舌の先で頬の内側の柔らかい粘膜を擽られ、届く限り、舐められる限り奥を探られる。

「っ、は……」

 長い、長いキス。
 息苦しくなって、少しだけ唇を離して隙間から酸素を取り込む。吐き出す息に、知らず熱情の滲んだ声が混じる。
 飲み込めなかった唾液が口端から溢れ、顎を伝い落ちる感触にぶるりと背筋が震える。ぎゅっと閉じていた目を薄く開いて泰裕を伺えば、泰裕は細めた目で同じように俺を見ていた。

「んっ、ヤ、ス、ヒロ……」

 胸の奥が、心の奥が、きゅっとなる。
 まるで心臓を素手で掴まれ、ぎゅっと引き絞られているような、痛みにも似た感覚。
 たまらなくなって泰裕の名を呼べば、泰裕はいつもと同じ、愛しみを込めた優しい声で俺の名を呼んだ。

「那津」

 頬に触れていた手はいつの間にか首を、肩を、繰り返し撫でている。
 逆の手は俺の後頭部に置かれ、さりげなく俺を引き寄せたまま支えている。
 角度を変えながら、浅く、深く、何度も何度もキスを交わす。
 けれども泰裕は、何か思うところがあるのか、もしくは何かに遠慮しているのか、そこまで与えておきながら、決してその先に進むことはなかった。
 キスをして、抱きしめあって、それだけ。いつも、それで、終わり。
 もっと泰裕に触れたい。もっと泰裕を感じたい。もっと泰裕が――欲しい。
 その「もっと」を口に出してしまいそうになる一歩手前で、いつだって泰裕はそれまでの激しさが嘘のようにあっさりと俺から離れていく。
 熱く触れ合わせていた唇は、最初に触れてきたときと同じように静かに遠ざかり、愛撫にも似た手つきで頬や首筋に触れていた手は、労るようにそっと背中に回される。
 本当はこんなんじゃ足りない。だけど、いつだって泰裕に身を任せっぱなしで、受身一辺倒だった俺には、こんなときどうしていいかわからなかった。
 唇で感じた泰裕の熱を名残惜しく思いながらも、結局俺にできたのは、泰裕と同じように泰裕の背中に手を回し、泰裕を抱きしめ返すことだけ。
 そうして、なにもせずただひたすらお互いを抱きしめあっているうちに、高ぶっていた体は次第に落ち着きを取り戻した。

「那津」
「うん……」

 胸の奥に、さまざまな感情が湧き出でて、出口を求めて複雑に渦巻いている。
 泰裕のことは本当に好きだし、泰裕に求められるなら、深いキスも、セックスも、なんだって応えたいと思う。
 けど、体と心を奥の奥まで暴くような激しいキスは、背筋が粟立って、腰が熱く疼いて、足の力が抜けてきて、どうしていいかわからなくなる。
 先へ進むための予備動作としてなら、それも簡単に受け入れられる。だけど今日のような行為は、俺を戸惑わせるだけ。
 本当は。

 触れるだけのキスが――、一番好き。

 ただ唇と唇を触れ合わせるだけ。たったそれだけでも、俺が泰裕に愛されてるって、俺を愛してくれる人がここにちゃんといるって確認できるから。
 嫌じゃない。だけど、俺の顔にはきっと、それに近い感情が浮かんでいたのかもしれない。
 俺から体を離した泰裕は、少し悲しそうな表情で俺を見、最初と同じように、俺の頬に手を添えた。

「那津」
「うん」
「好きだよ」
「俺、も……」

 惜しみない愛情をくれる泰裕。名前を呼ぶ声が、まっすぐに気持ちを表す言葉が、触れ合う体温が。
 すべてが、俺を安心させてくれる。

「那津」
「………うん」

 そしてもう一度、ただ触れるだけのキスを交わす。
 願うのはただひとつ。
 もう二度と、大切な人が俺のそばからいなくならないように、と――。

END

2009/06/16(初)
2009/09/04(改)


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