約束のキスだけ残して


 甘やかなぬめりを纏った切っ先が、ゆっくり俺の中へと押し入ってくる。

「あ……、は……」

 泰裕の手によって、柔らかく拓かれていく体。それでもなかなか慣れない重苦しい感覚に細く息を吐きながら耐えていると、泰裕が俺を見下ろしながら、片手で額にかかった前髪を軽く払った。
 そのまま顔が近づいてきて、額に、頬に、小さなキスが降ってくる。

「キツい?」
「だい、じょ、ぶ……」

 無理してるわけじゃない。
 わかってほしくて何とか微笑を返せば、泰裕の唇がそっと、労るように俺の唇へと触れてきた。
 感触を確かめるように、柔らかく押し当てては、音もなく離れていく。
 その心地よさに自然と体が緩む。その隙を逃すことなく、泰裕のは、泰裕以外誰も知らない最奥へと到達した。

「は、あ……ン……」

 ぴたりと合わさる肌と肌。愛しい人のすべてを受け止めているという事実に、体がふるりと震える。
 手を伸ばして泰裕の首をかき抱く。それを合図に、泰裕が動き始めた。
 最初は、俺を気遣うようにゆっくりと。奥まで押し付けられたそれが鈍い快感を呼び起こし、引き抜くときには甘い痺れを連れてくる。

「あっ、あ……、ン、んんっ……」
「……っは、那津……」

 真上から俺を見下ろす泰裕の、瞳の奥に隠された情欲が、徐々に顕になってくる。
 俺を呼ぶ声も、熱く掠れて、それを耳にすると、ぞくぞくと背筋が震えた。

「泰裕――……」

 不意に胸の奥から熱いものが込み上げてきて、きゅっと目を瞑る。
 閉じた瞼の上に、微かに触れる唇。優しい感触にそっと目を開ければ、キスは、頬骨の辺りで少し寄り道をしてから、俺の唇へとたどり着いた。
 まずは、唇を触れ合わせるだけの幼いキス。そしてキスは次第に深くなる。
 その存在を確かめるように舌先を擦り合わせる。くちゅくちゅと、唾液が混ざり合う水音が響いて、そんなつもりじゃないのに、鼻から抜けるような甘ったるい声が漏れた。

「ンふ、ん……、ん……」

 合わせた肌から、唇から、俺の内へとじんわり沁み込んでくる、泰裕の温もり。
 体が、心が、ゆるゆると解け合って。
 気持ちいいと。
 ただそれだけしか、感じられなくなる。

「泰裕っ、俺、俺……」

 それでも緩い刺激の連続は、じれったくて、たまらなくて。
 懇願するように名前を呼べば泰裕は、俺の左肩のあたりに顔を埋め、律動を徐々に早いものへと変えていった。

「あ……、泰裕、あっ、あっ」
「那津……」

 肌に触れる熱い吐息が、尚更に熱情を煽っていく。
 それを逃す術は見つからなくて、ただひたすらに甘く、高い声を上げ続け、合間に泰裕の名前を呼んだ。

「あっ、泰裕、あっ、んっ、ん……」

 泰裕の腰の動きが、激しく、早くなっていく。つられるように、俺の身の内にこもる熱がどんどん上がっていく。

「泰、裕……」
「那津」

 確認するように。存在を確かめるように。
 名前を、呼んで。

「ヤ、スヒロ……、泰裕っ……!」
「那津……!」

 一緒に、同じ高みへと昇りつめる。
 やがて、泰裕が力を失ったものを俺の中から引き抜くと、慈しむように俺の体を優しく抱きしめてくれた。
 その体を抱きしめ返しながら、心の中で呟く。

 明日も俺のそばにいて。
 明日も俺を好きでいて。

 甘い余韻に浸りながら、与えられる優しいくちづけを、目を閉じて受け止める。
 情欲を煽ることなく、ただただ静かに触れる唇。
 唇が触れるたびに、口には出さずに、心の中で呟く。

 明日も俺のそばにいて。
 明日も俺を好きでいて。

 これは、約束のキス。
 今日サヨナラしてもまた会える、約束のキス。
 言葉に出さなくても、必ず守られると信じて交わす、約束の、キス。

END

2008/12/02


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