終焉説 世界の終焉はあちこちでまことしやかに囁かれ、むしろ本当に終わってしまえばいいとさえ願っているように見えた。関口も終焉説の支持者のひとりで、世界が終わるからといって自暴自棄になったりはしなかったけれど、世界の滅亡を信じて疑わなかった。 「なんだか騙された気分だ」 「きみが勝手に信じたんじゃないか。なんだっけ? マヤ文明の暦がどうとか」 ノストラダムス、と関口は不機嫌に答えた。机に頬杖をついて退屈そうにしている関口の隣で、中禅寺は相も変わらず本を読んでいる。今日のそれは「実録!呪われた家特集」と銘打たれたもので、胡散臭いことこの上ない。 「予言なんて偶然当たる以外は外れるものだ。信じる方が馬鹿なんだよ」 「オカルトマニアのくせに、ひとつも信じていないきみはオカシイ」 関口は毒づき、机に突っ伏す。ゴンと鈍い音がした。額を打ったらしい。 「今頃僕は死んでいるはずだったんだ。今ここにいる僕は、死んでいるはずなのにここにいるという意味で、つまり幽霊みたいなものなんだ」 自称幽霊はでこが痛いと愚痴る。幽霊のくせに痛いのかいとからかってやろうと思ったが、幽霊は伏したまま動かないのでやめた。 「不思議な気分なんだ」 腕を枕代わりにして関口は窓の外に視線を向けた。陽光に眩しそうに目を細める。 「世界中で終焉が信じられてた。きみは信じてなかったかもしれないけど、僕は信じてた。だから――本当ならこの世界は終わってるはずなのにさ」 中禅寺は相槌を打つでもなく、関口が語るのに任せている。 「終わったはずの世界が、平然と続いているのがさ。僕は生きていて、きみがいて、今日も授業があって。当たり前の日常は、世界が終わってもずっと続く。続いてしまうんだと思って」 終わればいいんだ、こんな世界。そう呟いて関口はゆるゆると瞼を閉じた。その頭を柔らかく撫でながら、中禅寺はくすりと笑う。膝の上の本は閉じられている。 「要するにきみは退屈なんだな」 「はあ?! 違うよ、そうじゃなくて、僕は――」 中禅寺の言葉に関口は跳ね起きた。立ち上がって反論しようとして、頭の中で言葉を探すうちにそれが事実だと気づいて椅子に座り直す。 「きみは退屈でたまらないから、世界の滅亡なんていう一大エンターテインメントの予感に期待していただけなのさ。だから今のきみの憂鬱を解決するのは簡単だ」 「解決って、僕は感謝しないぞ」 頼んでもいないことで感謝なんかしない、と関口はそっぽを向く。「感謝なんかいらないよ」と言いながら中禅寺は関口の頬に手を添え、自分の方を向かせると片手で関口の目を覆った。 「僕に恋をしたまえ。退屈だなんて思えなくしてやる」 太陽の光が中禅寺のてのひらに透けて、関口の視界は赤い。唇に何か柔らかいものが当たる感触。それがどういう意味なのか、――目隠しが外れて、至近距離で中禅寺のほんのり色づいた笑顔を見たときにやっと気づいた。 「ちゅ、うぜ、」 「それとも、こう考えるのはどうだね? 平穏な日常が続いていると思っているのはきみだけなのさ。この学校の外は戦争が始まっていて、平和の崩壊はすぐそこまで来ている。どうだ、退屈しないだろう?」 遠くから、どおおおん、と地鳴りのようなものが聞こえた。それもいいな、と思う。一歩踏み出せば死に満ちた荒野。予想していた終焉とは違うけど、それも世界の終わりなのだろう。 「……そんなたとえ話は不謹慎だ」 でも、そんな話は、たぶん、どうでもよくて。きっと中禅寺なりの照れ隠しなのだ。 関口はしきりに背後を気にする中禅寺の顔を自分がされたようにつかまえて、ぐっと引き寄せた。唇を肌に押し当てる。 「きみと恋をしたいよ。退屈させたら承知しないぞ。僕を騙したらきみもノストラダムスだ」 ぽかんとした中禅寺に、関口は赤い顔で笑ってみせた。世界が終わらなくたって、退屈しない方法はいくらでもあるのだ。 2015/06/21 [*prev] [next#] |