Leis | ナノ



03

「先輩、名前と見た目と性格(なかみ)が合ってないってよく言われません?」
「多分お前程じゃないな」
 なんすかそれ、と俺は口を尖らせた。節ばった太い指で毛糸を編む、いやに目つきの鋭いこの雨置 出雲(アマオキ イヅモ)とかいう先輩には言われたくない。
「中禅寺秋彦って、知ってますよね」
「ああ、あの教師の好き嫌いが分かれそうな奴な。どうした、彼奴に興味でもあるのか?」
「何をパパくさいこと言ってんスか。まあ興味はありますけどね───中禅寺の恋人、関口っているでしょ」
 誰がパパだと言いながら、出雲の手はうさぎを編むことを辞めない。淡いピンク色の毛糸の玉が、徐々に小さくなっていく。
「関口……巽?」
「そう、その人。中禅寺より寧ろそっちが気になって。何か知ってます?」
 俺は言いながら、机の上に並べられた幾体もの編みぐるみの中から、数体つまみ上げ、鞄の中に入れた。
「関口ねぇ……文芸部に入ってる筈だ。中禅寺も一緒。中禅寺とは同クラスで同じ部活、寮でも同室らしい。それから、高校からの一般入試組。それなりに成績は良いと聞くが、」
「ちょっ待っ待ってよ、待って」
「何だ。早かったか?」
 そういう問題ではない。
 この学校はどこまでも格差を生み出すシステムで、予想以上の事実に頭が痛い。まさか私立公立戦争だけでなく、推薦一般対立まで起こりかねないとは。とんだ格差社会だ。
「"日本の未来を担う新しい人材"がこれで良いのか!」
 良い訳が無かろう馬鹿者め、と突如響いた声に出雲の背筋が一気に伸びた。編み棒を持つ手が心なしか震えて見える。それでもピンク色のうさぎは完成目指して着々と形を整えつつある、寧ろ製作スピードが三倍速になったように思えるのは何なのか。
 俺の一人言に罵声を返してきたその人は、俺を見て嫌悪感を露にした。
「雨置、席を外せ」
 応と答えて出雲は少し離れた場所でまたうさぎ製作を再開する。二人きりで残された俺は、何故これ程白地(あからさま)に嫌悪を剥き出しにされているのか全く解らない。毛利元就は俺の正面を避けて座ると、慣れた様子で勝手にお茶を淹れて飲み始めた。
「あんた───何しに来たんですか」
「交渉だ」
「交渉?誰と……俺、か?」
「貴様以外に誰が居る。回転の鈍(のろ)い頭だ、油でも注せ」
 錆びてねぇよ!という心の叫びはさておき、毛利の言葉は気に掛かる。
「正確に言うなら"救済"だな。貴様に救済をやろう」
「は?何、新手の宗教勧誘?」
 毛利が太陽信仰の信者なのは衆知の事実だ。噂ではこの学校の周辺で妙な新興宗教が流行っているとも聞く。
 毛利はいかにも「苛立っています」という顔をして、出雲を呼び寄せた。
「雨置……此奴は安悟の肉親であろう。説明はしておらぬのか」
「一応安悟の弟ってことにはなってますけど、流石に俺の口からは言えませんよ」
「もう良い。足利───貴様は己の立場を全く理解していなかったようだな」
 意味が解らない。俺の知らないところで、俺を取り巻く世界は大きく変わってしまったらしい。薄々感付いてはいたことだが。
 出雲から毛利に渡され、毛利から俺に示された数冊のノート。それは。
「安悟の日記だ」
「ア〇ネの日記みたいスね」
「黙れ雨置。良いか、この日記には足利安悟の五年間が記されている。これを読めば解るが、貴様は"足利安悟"を"継ぐ"ことになる───我はそれから救ってやっても良い、と言っている」
 パラパラと目を通してみた兄の日記には、こういうことをされた、言われた、という内容の記述が連なっていた。確かにいじめを受けていたようだが、書かれている内容が些か偏執狂的に思う。精神を病んだ人間の文章はこんなものなのだろうか。
「……どうだっていいよ。俺は、どうなったって構わない。もう慣れてるし、それに興味が湧いた」
 出雲は何を心配しているのか、俺に毛利の庇護下に入れと執拗に言う。だが俺としては何の心配も不要と言ってやりたい気分だった。俺は他人に護られて安心できる性質(たち)ではない。
「それで良いのか」
「良い悪いじゃないな。俺がそうしたいんですよ」
 毛利はそうかと頷いて席を立ち、俺を見下ろし───いや、見下した。俺は毛利の目を見て、笑う。
「結局のところ、あんたは俺になんか興味ないでしょう」
「悪人面だなお前」
「黙 れ 雨 置」
 空気読め。
 毛利はずっと浮かべていた嫌悪の表情を和らげて、無言で部屋を出ていった。途端に出雲の手が止まる。
「後悔するぞ。きっと、どんな拷問より辛い」
「しないよ。後悔なんてしない。俺は先輩が思ってるより、遥かに強いんすよ」
 ぐ、と拳を作って見せる。出雲は何か言いたそうな顔で目を逸らすと、うさぎに目を縫い付けて俺の頭に載せた。これで完成らしい。手に取って眺める。
 ピンク色の身体に水色の模様。不恰好に折れ曲がった片耳。黒くて円らな瞳が一つ。
 とてもじゃないが、可愛くなんてなかった。

「だといいな」


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