01
兄が死んだ。
そう聞かされたとき、胸には何の感情も湧いては来なかった。
自殺だったと言われても、「よくある話」程度にしか思えなかった。
"死"という言葉は、余りにも現実離れしていた。
そして、×自身も───。
兄亡き後、先ず狂ったのは母だった。母は俺を兄として扱うようになり、軈て俺は着慣れなかった兄の制服にも慣れた。俺が通った学校は制服がブレザーの学校ばかりだったから、学ランは案外楽なのだとその頃初めて知った。
兄を自殺に追いやったのはどうやら学校での人間関係らしいと気付いたのは、編入してから直ぐ、文月も半ばのことだ。この高校は半私半公のモデル校と言うのだろうか、数年前に中高一貫の私立校と公立校が中途半端な合併をして、二つの学校が一つの施設を使用する形になっているんだとか。
しかし人は醜いもので、常に他者を見下さずにはいられないらしい。私立側の生徒は公立側の生徒に「貧乏人に施設を使わせてやっている」と上から目線で接し、公立側は公立側で、私立の生徒を「理解の悪い金持ちのボンボン」と心中で貶している(私立側の授業は、公立側のよりも進度が遅い)。当然折り合いは良い筈もなく、僅かな例外を除いて双方の生徒が結託することは極めて珍しい。
その僅かな例外というのが、例に漏れず「異端者(アウトサイダー)」に対するいじめなのだった。いかにもテンプレな話だが、事実なのだから仕方ない。
今の専らの標的は一組のカップルらしく、校内恋愛なんかしてる奴はたくさんいるだろうと話を聞けば、そのカップルは二人とも男だという。今時同性愛なぞ珍しくもなかろうにとは思うのだが、両校共に格式高く伝統ある学校で、常、識、人、の集まりなので仕方のないことだろう。
今の日本社会は、ホモフォビアが強い、というより多数派(マジョリティ)からの逸脱を恐れているだけのようにも思える。肝心の多数派は(或いは大国は)、同性愛や少数派(マイノリティ)も認める方向に流れつつあるというのに。
それは兎も角、つまるところ、俺はこの学校に根ざす歪み、とでも言えるものが兄を追いつめたのかも知れない、と考えたのだった。
復讐など端(はな)から考えてはいない。ただ真実を知りたいと思った。
120305
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