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追悼のルビー

ふと思い立ち、普段の行動範囲を越え、橋を渡って冬木市の一角に聳える洋館、遠坂邸を訪れていた。あえて霊体化せず、正面から入る。ろくな防壁もない無防備な状態。鍵すらかけていないのは、侵入者などいないと高を括っているのか。
思えば、こんな軽装でこの廊下を歩くことなどなかった(そもそも廊下を歩くことなどしなかったのだけど)。言峰に与えられた現代の服は薄く、動きやすいが、この館の重厚で優美な内装にはそぐわない。そのチープさで館を辱めるように歩く。
館のかつての主、遠坂時臣はもういない。ギルガメッシュが言峰綺礼と共に謀殺したのだ。
遠坂時臣。サーヴァントとしてギルガメッシュを召喚した男。あまりに魔術師らしく、魔術師でしかなかった男。
つまらない男だった、とギルガメッシュは評している。死に際さえも。今やその顔さえ思い出せないほど。
用などない。普段ならば絶対に此処を訪れないから、命日くらいは弔いでも、と言峰に請われた結果だった。言峰は言峰なりに思惑があってのことだろう。共謀したことといえ、直接手を下したのは言峰なのだ。罪悪感からそんなことを言い出すほど殊勝な男ではない。あるいは遠坂の娘とバッティングでもさせるつもりかとも思ったが、そうでもないようだ。どうせ召喚されるなら娘の方が良かったと思う。そちらの方が素質、相性共に文句はないように感じる。それに髭の生えた男に諂われるより、小生意気でも少女に傅かれる方が楽しい。
聖杯戦争とは関わりのないところで時臣をいびったり、無理難題を言いつけて遊んだりもしていたが、やはりつまらないものはつまらない。好意があったわけではなかったが、取り立てて嫌いというものでもなかった。嫌うほどの思い入れもない。言うならば好奇心だった。あの慇懃な男の表情を変えさせてみたかったのかもしれない。王が臣下の忠誠心を試すような、神が信徒の信仰心を試すような、――夫が妻の愛情を試すような、そんなお遊びだ。この国では「いじめ」と呼ばれる行為にあたるだろうか。しかし、なんだかんだ言って、ギルガメッシュにしてはサーヴァントらしく振る舞ってやっただろう。
あの男は従順なようで、決して思い通りにはならなかった。挙句、令呪の縛りとはいえ、此方が言うことを聞かされる始末。それだけでも充分な献身だろう。ギルガメッシュすらも聖杯の贄に捧げる心づもりだと言峰から聞かされたときは、どうやら見くびりすぎたらしいと愉快に思えた程だった。その肚の内に蓄えた野心を、欲望を、もっとどろどろと煮え滾らせればよかったものを。
――ふと、つまらないことばかり考えている己に気がつく。
柄にもなく過去の男のことばかり、我がことながら――何をやっているのだか。
過去を悼んで何になろう。あの男には死を嘆くほどの価値もない。
しかし、――真っ青なルビー。あの瞳だけは、惜しむに値した。

「来ていたのか」
言峰が顔を出した。行けと言ったのはそちらだろうに。
いや、現在のマスターである言峰が何を言おうが、ギルガメッシュが従うはずはない。ここに来たのはギルガメッシュの意思である。何故?
なんだかひどく厭な結論に辿り着いてしまう予感がして、ギルガメッシュは思考を止めた。あの青だけは、いつまでも忘れられはしないのだろうから。


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