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星とはいずれ、離れていくものである

 セルフィオード・セレリヴェル・アーシェイラ――私の友人であり、親友であり、そして隣国セレスティーダの国王――がその座に就いてから数年が経った。未だ神帝領内には東方人差別が満ち、また神官による異端狩りも横行している。セルフィオード――セフィオはそれらの問題を解消すべく奔走していたが、とうとう心労が祟って病に伏しているのだと知らせが来た。友人として見舞いに行きたい気持ちはあったが、セフィオ本人から来るな、来なくていいから己の義務を果たせ、という内容の書簡が届いたので、公務を放り出してまで駆けつけるわけにもいかなかった。それにセフィオが滅多なことで死ぬはずがないと、私は信じていた。それよりも私は私の為すべきことをせねばならなかった。私の治めるエスウェンガルドはセレティスの数倍の領土があり、またそれに見合うだけの領主がいる。加えてこの国は神帝領国の中で唯一、十神帝の一柱、軍神リーヴァイスの血を引く王を戴いている誇りがあり、祖神と同じ黒目黒髪を持つ東方人への差別は他国に比べて一層激しい。東西交流に熱心なセレティスを疎ましく思い、私兵を動かす輩がいないとも限らぬ。彼らをいかにして失脚させるか。それが目下最大の問題だった。

「陛下、火急の使いがセレティスから」
「何があった」
 宰相のクーレオンが短い羊皮紙を手に血相を変えて駆けてくる。それを受け取りさっと目を通す。そこには衝撃的な言葉が並んでいた。
『セルフィオード陛下、危篤』
 我が目を疑った。セフィオが危篤? 何故? つい先日までは命に別条はないと診断を受けていたはずではないのか。羊皮紙の末尾には詳細は軽率には明かせないという内容の走り書きがあった。私にも見覚えのある字だ。長年セフィオの教育係を務めていたユマ元帥(サリオル・ユマ)の筆跡。いつも飄々として余裕ぶっている彼がこれほどまでに焦燥感を露わにしている――それほどセフィオの容体は危うい、ということか。
「クーレオン、あとはすべてお前に任せる」
 そう言い残し、羊皮紙をぐしゃりと握りつぶすと、私は愛馬を繋いでいる厩舎に急いだ。
 ユマ元帥の走り書き。その内容から推察されるのは、セフィオの容体の突然の悪化は病によるものではない――つまり人為的に引き起こされたということだ。エスウェン各地の領主の何れかが動いた様子は無かった。だが東方文化を厭う者はエスウェンの民だけではない。異文化交流を推し進めるセフィオを疎ましく思う者がセレティスにいないとどうして言い切れる? 完全に失策だった。ユマ元帥と医神メルヴィルの加護を受けるセフィオの妻・ユツキがいれば滅多なことは起こるまいと過信していた。やはり私が――俺が傍にいて守らなければいけなかったのだ。

 セレティスの首都、セレスティーダまでは馬で飛ばし続けても二日を要した。その間に親友の容体が急変してはいないかと気が気ではなかったが、幸い私が着いた時には既に何とか快方に向かおうかという頃だった。寝室は医者が作業しやすいようにと余分な装飾は取り去られ、やけに閑散としていた。私は寝台の枕元に腰掛け、セフィオの苦しげな寝顔を見つめる。随分と久しぶりに見る顔は、いつも笑顔しか知らないだけにまるで知らない人間に見えた。思えば私は親友を気取りながら彼の苦悩について何も知らぬ。過去の神帝剣を求めて共に旅をした彼なら知っている。王としての彼なら知っている。それは――今の彼自身のことは何もわからないということに他ならなかった。これで親友などとよく言えたものだ。
「……ジェラルド?」
 セフィオが目を覚ました。私を認識した途端に苦しげな表情を押し隠し、無理に笑顔を作ってみせる。
「わざわざ見舞いに来てくれたのか……心配をかけて悪いな。お前のところも大変なのに」
 私は肚の内に沸々と怒りが湧くのを感じた。まるで――まるでお前には関わりのないことだと突き放されたような気がした。否、実際、突き放されたのだろう。そして客観的な事実を言えば、セフィオの容体などエスウェンの王としての私が深く関わる理由のないことで、セフィオの対応は公人として間違ってはいない。だからこそ私は余計に苛立った。身勝手な苛立ちだとわかってはいても彼にぶつけずにはいられなかった。
「俺はお前の親友なのだと思っていたが、違うのか」
「親友、だろう。おれもそう思っている」
 ふ、とセフィオが暗い顔をして目を伏せた。これはつまり、そういう意味ではないのか。私の思い違いであってくれればよかったのにと歯噛みしたい気持ちで掛布を握る。
「ならばもっと俺を頼れ。俺には自分を頼れといったくせに、なぜお前は俺に頼ろうとしない」
「……お前は、全然変わらないな。変わらなさすぎて不安になるよ」
「どういう意味だ」
 低く問う。セフィオは迷いなく答えた。
「そのままの意味だよ。ジェラルド、おれたちはあの頃のままでいるべきじゃないんだ。大人に、ならなくちゃ」
 大人になる? それがどういうことなのか、私にはわからなかった。大人というのがどういう存在を指すのかもわからない。私の世界にはセフィオと、亡き父――基、祖神リーヴァイスしかいない。守るべき友と、すべてを奪う父、それだけしか知らない。
 私が「大人」ではないから――だからセフィオは私から離れて行ってしまうのか。そんなことを許したくはなかった。私にはもうセフィオしかいないのだ。
「こうして距離をとることがお前の言う『大人になる』ということなのか。他人行儀に振る舞えば大人なのか」
「ジェラルド」
「違う、俺は」
 セフィオが何か言いたげに口を開きかけて、黙った。私は彼の上に覆いかぶさるような姿勢で真っ直ぐに彼の顔を見据える。
「俺は」
 そうだ。私は。いつだって彼の前では。
「俺は、アディスだ」
 父の操り人形であるアルカディスではなく、エスウェンの王であるジェラルドでもなく。軍神リーヴァイスの末裔であるウィンスリーグ家の一員でもなく。ただ一個の存在であるアディスでしかない。
 俺にはセフィオしかいない。セフィオだけは絶対に失ってなるものかと――だから俺は、この手を二度と離さないと決めたのだ。たとえその手をセフィオ自身が振りほどこうとしたとしても。
「俺を離さないで――独りにしないでくれ。セフィオ」
 自分の声が震えているのがわかった。セフィオの返答など怖くて聞けなかった。口をセフィオの唇に押し付けて言葉を塞ぐ。そして彼が目を白黒させて狼狽えている隙に俺は部屋を飛び出した。
 寝室の扉を閉めて、封をするように背中で押さえ込んで、漸く、あれは接吻というものではないかと気付く。いくら親友でも友人同士で接吻はしないものらしい。セフィオはどう思っただろう。友情が裏切られたと思わないで親友でいてくれるだろうか。
 散々逡巡して、俺はこの問題を解決に導いてくれるであろう人、テュリアーク・サリオル・ユマに助言を求めよう、と決めた。


H25.8.27


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