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愛情を伝達する物質
2013/02/03 00:08

 そう簡単に愛の告白を出来るような性格でも間柄でもない。私と彼は友人でも恋人でもなく、その関係に名前はなかった。否、名付けたくなどなかった。
 愛しているのに告げられない。愛しているのに触れられない。愛しているのに、接唇さえ叶わない。
 彼と私が愛し合っていることは明白であった。私が彼を見詰めると同じだけの熱をもって彼も私を見詰めた。その瞳の中に揺らめく炎(ほむら)に、幾度己を失いかけたか。美しく犯し難い闇に、幾度囚われたいと願ったか。仮令狂気であったとて、それを罪業と呼べようか?
 言葉ほど淡く儚い、それでいて強いものはない。私はよく解っている。だが己の心だからこそ、簡単に口には出来ぬ。言葉にしてしまえば───全てを失いかねぬのだ。
 だから私は。


「関口巽君」
「な、何だ急に改まって。気色悪い」
 酷い云われ様だ、と苦笑する。慥かにこうしてフルネームに敬称をつけて呼ぶのは、一高の寮に入寮して以来初めてだった。
 関口、巽、と彼の名を口の中で咀嚼する。繰り返し。何度も。その度関口が何か云いたげに此方を見た。その頬が微かに赤らんで見えるのは気の所為か。否、彼も気付いているのだ。私が彼の名を呼ぶ理由を。
「関口巽」
───愛している。


君の名前を愛と読む



*120804



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