2012/07/31 21:42 友人のところへ向かっていた筈だったのだが、気付けば取り囲む風景は見たこともない街並み。 一歩を踏み出して、目指した先の、地面はなかった。 ───落ちる。 そう思った瞬間、身体が重くなり、抗えない重力に私の四肢は引き裂かれそうだった。 ───痛い痛い痛い痛い痛い痛い 救けて、と呟いたのかも知れない。或いは友人の名を呼んだのかも知れなかった。 ただ、冷たい手に掴まれた感触だけがやけに明瞭(はっきり)していた。 「……君はまた、こんなところで何をしているのかね。」 後ろから頭を突かれて前のめった。天から降る声は訪ねる心算だった友人のもの。 振り返って見上げると、友人の顔は逆光で黒い。私は目を細めて顔に手を翳す。友人は私の動作に気付き、手にしていた番傘を開いて肩に凭れかけさせた。日射しが遮断され、まともに友人の顔が見えた。 「……あ」 ぎゅっと目を瞑り、再び開く。視界に映る友人は相変わらずの仏頂面だったが、表情は少し柔らかくなったように見えた。 「さて、目は醒めたようだな。何処へ行く気だったんだい。」 「ああ……」 君のところだとは云い難くて、私は辺りを見回した。 見覚えのない景色である。私が蹲っているのは、どうやら住宅街の一角のようだった。 「まあいいや。どうせ君のことだ。出掛ける前に考えていたことなど忘れているだろう。そもそも行き先もないのかも知れないな。」 「……余計なお世話だ。」 それ以上は云い返す意味も気力もないので、私は黙る。 「行く場所もないのだし、此処が何処かも解っていないのだ。一緒に来るかね?君さえ良ければ、だが。」 京極堂の誘いは有難かった。元々彼に会いに行く為に家を出たのである。目的を果たした今、これから何処へ行こうが構わなかった。 「ああ、行くよ。」 「まあ立ちたまえ。」 ほら、と手を出されて、未だ地面に尻をつけていたことを思い出す。ぎこちなく(おそらく不自然にぎこちなく)京極堂の手を握ると勢い良く引き上げられた。 「あ、有難う。」 少し吃りながらも礼を云う。京極堂は気にしなくていい、君の面倒をみるのも僕の役目さ、と厭味たらしく笑った。 番傘の中で、私と二人、肩を寄せるようにして京極堂は歩き出す。手は離してくれていない。掌の温度差がゆるゆると融解していく。軈て境界は曖昧になり、何方のものか判らない心音だけがやけに明瞭だった。 「おい、京極堂、手……」 「手がどうかしたかね。」 晴天下、二人の男が一つの番傘に入って、しかも手を繋いで歩いていては奇異の目を集める。しかし離してくれと云うのは躊躇われた。 「……いや、何でもない。」 見知らぬ町だからなのか、それとも傘があるからか。気が大きくなったのだろう、京極堂の手を握ったまま歩くことに抵抗はなかった。 「何処へ行くんだい。」 「何処へだって行くさ。」 まるで恋人同士のように寄り添って歩く。 出来るだけ長く、この瞬間が続けばいいと思うのに。 さぁ、手を繋いで (何処へ行こうか) (何処まででも行くさ) *120911 *強制終了 |