memo | ナノ



現実を食べるおとこ
2012/07/31 21:37

 沈む。
 沈む。
 沈む。

 私は。
 沈んでいる。


「……あ」
 ゆるりと目を開ける。柔らかな陽射し。鼻を掠める紙とインクの匂い。その中に混じった、花の香。
───もう、春が終わる。
 不安定な季節が終わり、力強い生命の季節が始まる。例えば、そう、私は終わり、榎木津が始まる。そんなイメージを持つ。秋は、安直だが、京極堂のイメージである。木場は冬、若しくは夏───とすれば私は春だ。寒くなり暖かくなり、かと思えば暑くもなり、実際のところ過ごし易い日は少ない。そして春は短い。
 思考の中で、また瞼が徐々に重くなる。毛細血管を透かした赤い世界に、黒い人影が映った。


 男は私の首に手をかける。どん、と強く壁に叩きつける。一瞬、息が詰まり、呼吸が出来なくなる。喉の中で大気が凝固した。
 男の唇が動く。何かを云っている。私には聞こえない。騒(ざわ)。酷いノイズ。何も聞こえない。男は私を絵の中にぐい、と押し込んで、胸をどん、と押した。
 気道に解放感。大気の氾濫。一瞬の浮遊、そして遠ざかる黒い影。


「───は、」
 吸い込んだ空気の冷たさに目を覚ました。未だ沈み続けているような感覚。くらり。くらり。世界が揺れる。
 夢の内容は微かに思い出せた。

───京極堂に。

 京極堂に行こう。そう思った。


*120521
*黒衣の男
*殺して欲しいのです



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