京極堂→←関口 お題:絶望の淵で愛を叫ぶ 中禅寺が、私に縋っていた。 救って欲しかった。悲痛な叫びが耳朶を打つ。だが私にはどうすることもできない。 彼以外には誰も私を救えない。私は彼を救えない。 「君はいつも、そうだ」 冷酷な瞳で、言葉もなく、優しく私を突き放す。沈黙を以て拒絶する。それが彼だ。私の知る彼だ。 「何故、僕を、見ない。京極堂」 「───」 見ていないのは何方だ、と中禅寺の唇が動いた。その意味を私は理解できない。 私は中禅寺を見ていた。いつだって。いつだって。だから。彼が結婚すると云ったあの時だって。今、この時だって。私は。 「僕を選ばなかったのは、君だ」 中禅寺が云う。選んだのは中禅寺ではないか。彼女を選んだのは中禅寺自身だ。私を選ばなかったのも。 何故、今になって、彼は彼女との決別を選んだのか。彼は決して、私の為とは口にしないだろう。それも私の為に。私を守る為に。 中禅寺は酷く、哀しいほど酷く、優しい男だ。そして酷く正しい男でもある。だから、彼のこの選択は解せなかった。 「僕は君を見ていたのに。こんなに君を、」 云いながら、中禅寺は私の肩に触れる。体温の重なったところから熱が溢れ私に流れ込む。流れ出す。私は中禅寺の強い瞳に向き合えない。 中禅寺は私の肩に手を置いたが抱き寄せる意思はないようで、少々間抜けにも思える体勢のまま、何かぼそぼそと云った。私にそれは聞こえなかったが、聞こえない方が良かったのかもしれない。聞こえなかった方が。私は、私を守れたのだ。私の中の彼を守れたのだ。 「きみを、あいしているのだよ、せきぐちくん」 その言葉を直ぐには理解できなかった。私は顔を上げて彼の瞳を覗き込む。 「愛している、と。云ったのかい?」 どうして、などと問える筈はなかった。饒舌な彼の普段は寡黙な瞳が、激情を語る。その瞳に射抜かれる、それだけで私は動けなくなる。私はすべての言葉を放棄する。 「君を、愛しているのだよ、関口君。」 中禅寺はもう一度云った。 その言葉は酷く私を抉った。 私に何を云えたというのか。言葉を失った私に、中禅寺は、狂ったように、壊れたレコードのように、「愛している」と囁き続けた。 「……もう、止めてくれ」 私の言葉は拒絶される。きっと彼は、私の答えを予測している。中禅寺は絶望の淵で愛を叫んでいる。されど。 その絶望は。 *120518 *key-words 『瞳』『酷く』『選ぶ』『救い』『言葉』 *その絶望は |