でしであ帰りの記憶の話。78。




(……何か忘れたのだろうか)

降雪で白くけぶる視界の中、ふと通り過ぎた風に既視感を感じてスコールはそう、思考を馳せた。
そして、その思考を払うように頭を振った。今はトラビアの地で任務中だ。それを無事に遂行してから、考えても遅くない。
そう、スコールは結論付けて思考を切り替える。それでも冷たく傍らを通り抜ける雪混じりの風が吹く度に気が逸れることにスコールは苛立った。
強く目を瞑り、目の前に垂れる髪を掻き上げ前方を睨む。その視線の先に歩く、腐れ縁の見慣れた、見慣れ切った金色。

(……大丈夫か?)

視界に被さるかのように、チョコボを思わせる逆立ったそれが振り返って随分と素っ気なくも心配する言葉をかけてきた。……違う、これは幻想で、幻覚で、現実ではない。

(……頭が、痛い)

スコールは自分がなんと返したのか覚えていなかった。代わりに酷い頭痛がする。
白く白く、雪が降る人の気配のしない、モンスターの気配すらしない、トラビアではないどこかで、自分は何をしていたのだろう。とスコールは浅く思考を遊ばせるが、思い出すなと言っているかのような頭痛に邪魔をされる。

(酷い顔色だ、少し休むか)
(……うるさい、黙れ)

妄想にすら思えるそれは確かに記憶だ。スコールの脳が創り上げた都合のいい妄想などではなく、確かに、いつか、どこかで確かに在ったと確信できる記憶。雪の中で冷え、赤く染まるでもない白く整った彼……彼?の顔はどこか人外めいて不気味に思える。
けれど、確かにスコールはその彼に慕わしい感情を感じていたのだ。

(意味不明……なんなんだこれは)

スコールは強く目頭を押さえ、目を閉じて頭を一度振る。こんな思い出し方をスコールは一度も体験したことがなかった。どちらかというと、ラグナへとジャンクションしその生き様を見ていた体験に似ている。
相も変わらず逆立った金色の髪の彼は横殴りの雪の中を先導しつつ、スコールを心配するような言葉をかけ続けている。その悉くを強がりで叩き落としたのだろう、とは想像出来ても実際にどう返したのか覚えていないスコールは段々苛立ちを募らせていった。

「おい、スコール」

眉間に凶悪な皺を寄せたスコールに負けず劣らず不機嫌な声が聞こえてきて、スコールはふと意識を現実へと戻した。

「……なんだよ」
「さっきから何ボーッとしてやがる」

スコールがサイファーへと向きなおった。しかし、一瞬問われている内容が理解できずに思考に空白が開く。その一瞬で元々トラビアの悪天候で良くはなかったサイファーの機嫌は更に悪化した。

「集中できないなら帰れ。邪魔だ」

サイファーの苛立ちを隠さないその言葉は業腹だが正論だ。スコールは唇を噛んだ。今は、トラビアでモンスター殲滅のための任務中である。
少なくともスコールやサイファーがトラビアのモンスターに負けるとは思えないが、油断は禁物だ。月の涙の影響で全般的にモンスターは気が立ち、活発に、そして凶暴になっているのだから。エスタ周辺では一部のモンスターが、本来生息していない地域にも存在が確認されているとの報告もある。気を逸らすにしてはいささか危うい状況だった。
スコールにしてもその理屈はわかっていた。けれど頭に走る雑音が任務に意識を向けることを拒む。……拒まれる。

「ーー、ーーーー?」

響くノイズで目の前のサイファーの言葉すら聞き取れない。脳裏でざりざりと脳が、記憶が、削られていくような音がする。
いつか、確かにどこかで在った、幽かに香った記憶がおぞましく咀嚼され奪われていく。それはあの場所にいたものの摂理で、それは覆せない世界の理で、それは確かにスコールがあの世界で生きたという証拠であった。

(……あの、世界?)

ふと疑問が浮かび、痛みで歪んで白む視界の中、スコールは無意識に目の前の金色に手を伸ばす。


「ーー、……」

そのまま何か言葉を口にしようとして、その一言も削り取られたように思い出せないことを自覚した。
その時、スコールは正しく誰かを亡くしたのだ、と感じた。もう何を思い出そうとしたのかすらも思い出せないが、疑いようもなく自らの中で何かを殺したのだと。
SeeDとして生きるということは記憶を、思い出を、殺し続けることだと今のスコールは痛いほどに理解していた。いつか、確実に抜け落ちていく記憶は、殺すことでしか生きる方法を知らないスコールには日常で、どうしようもないほどに身近で、ある意味諦念で折り合いをつけている。
ただ、普段であれば感じることすらできない喪失感がスコールの胸を埋めた。

「……ああ、気がついたのか」

いつの間にか頭痛に負けて体勢を崩したのだろう、スコールは雪の上に座り込んでいた。そこにサイファーがまた一つ呼びかけてくる。
スコールは答える余裕すらなく、力なく首を横に振って見せた。呆れたように溜息をついたサイファーは、それでもいつものような傍若無人な態度は取らなかった。代わりに、辺りを警戒するように背を向けている。
サイファーがからかってすら来ないことを不気味にすら思いながらも、このひどい顔を見られずに済むならば、むしろありがたいとばかりにスコールは顔を伏せた。
名も知らぬ、顔もわからなくなった喪失感を悼むのは今この時だけだ。
ぽたり、と落ちた冷たい雫には気付かないふりをして、自分らしくもないと理解しながらも、つい先ほどスコールが殺した、誰とも知れない存在の幸福を祈った。

170222




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