「はじめまして、」
繰り返したこれは幾度目か、考えることをやめた頭では回数など意味もないものだとわかっていた。
こちらも薄っすらと笑みを刷いてはじめまして、と彼に返す。
名前を言う前に彼の名前を呼んでやれば、少し不思議そうに小首を傾げたものの、自分のなかで納得したのだろう、なにも言わずに連れ添って歩いた。
今回も、彼と地道に距離を縮めた。彼が警戒心を抱かないよう、僅かに、少しづつ。じりじりと進むが、縮まないように思える長い距離をようやく縮めて、
ああ、ほら、また。

泣きそうな顔で、彼は絞り出すように告白する。泣かないのはきっと最後の俺へのいたみなのだろう。泣いてくれさえしたら、こんな未練など持たなかったものを。
そこから眠るたびに少しづつ記憶を失って行く彼。眠るたびではないのかもしれない、と憶測が出来たのはいつからだっただろう。それを忘れるくらい、気の遠くなる回数を繰り返した。

「はじめまして、」
なんてことのない、幾度目かのくそったれな朝。隣で眠っていた俺を不審げに見下ろして、お決まりのセリフを零した。
誰だ、なんて無味乾燥な言葉でない分、少しは最初の方の繰り返しよりは彼のどこかで覚えているのかもしれない。
そんなわずかな希望なんて、すぐ潰えてしまうのだけれど。

「はじめまして、」
本当は何度目なのだろう、繰り返しの始まりの声。初めて、声が揺れた気が、した。覚えていないのか、本当に。揺さぶり、問い詰めたい気持ちを抑えこんで、いつもの通り。

「はじめまして」
「はじめまして」
そろそろ繰り返しにも辟易して終わりにしようと何度も思った。けれど、最後の所で手が動かないから、仕方なく続けた。


「はじめまして」
「はじめまして」
「はじめまして、」
もう繰り返しにも飽いたが、俺は根気良く続けた。
「…あんた、前に会ったことあるか?」
半分意地で続けていた繰り返しの中、初めて、泣いた。見ず知らずの男が目の前で泣いたというのに、彼は不器用にハンカチを差し出してくれた。今までの苦労が報われたと思った。次の始まりには無に帰したけれど。

「はじめまして」
「はじめまして」
「はじめまして」
「はじめまして」
「はじめまして」
「はじめまして」
「はじめまして……」

………
……



「おい、」

滲んだ視界に不機嫌そうな彼の顔。不機嫌そう?いや、これは心配をしている顔、だ。

「大丈夫か、魘されていたが」

膝をついて、額に手を当てられる。じっとりと湿って冷えた感覚の中、暖かい手の感覚は現実離れしていた。衝動的に彼に抱きついて、肩に顔を埋める。ああ、彼のにおいだ。俺の手がかすかに震えていたのを感じたのだろう、なにも言わず背に手を添えてくれたのが、無性にいとおしい、と思った。

「怖い、夢でも見たのか」
「…あぁ、とても。…とても、こわいゆめ、だった。ゆめだった、んだ」
「そうか」

そう、あれは夢だったのだ。いつか、繰り返した悪夢。
(今も繰り返している、)

「ゆめであればよかったのに、」


残念ですが現実です
130729







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